43 合流②
「しかし、お2人共、本当に精霊なんでスよね……」
俺達の少し前を歩くノーレさん、そして俺の背中で意識を失うアルカさんを交互に見た後、レドリーはそうしみじみと呟いた。
――この先の魔物であれば、私の魔力でもなんとかなるとは思いますので。
そう提案してくれたノーレさんに頼るようにして、俺は荷物をレドリーに持って貰い、俺自身はアルカさんを背負って迷宮を進んでいた。
俺もレドリーも集中力が切れかけていて疲弊もしていた為に、彼女がそれを買ってくれるのであればとても助かった。ノーレさんも久々の事に、ヒトの姿で身体を動かしたいとの事だそうだ。
「どう見ても2人共、ヒト種の子供じゃないっスか」
「……私はこれでも、貴女よりずっと長く生きていますよ」
「わっ!」
小声で話していたはずなのに、どうにも聞こえていたらしい。先を歩いていたはずのノーレさんが、一瞬で俺達の目の前に現れた。光の粒子となり移動したのだ。
ヒト種の子供では絶対に出来ないその芸当に、レドリーは勿論、俺も驚いてしまう。
「主様、少し先から他のニンゲンの気配がします。ニンゲンの目がある時は、主様の隣に居た方が良いですか?」
「ああ、はい。そうですね。出来れば力もおさえて頂けると」
「わかりました。では魔物が出た場合、追い払う程度にします」
そう言って彼女は、俺の隣に並ぶように立つ。
「……主様、隣を歩くのであれば、手を繋ぎたいです」
「流石に無理を言わないで下さい」
意識を失っているアルカさんを背負うのは、人間を背負った時よりもずっと楽ではあったものの、それでも余裕が出来る訳ではなかった。
「……む。確かにその様子では、仕方ないですね」
「本当に、精霊なんでスよね?」
その一連のやり取りを見ていたレドリーが、ノーレさんの反対側でぼそりと口を開いた。
「……でも、兄貴が精霊と契約していたなんて、本当、びっくりっス。……どうして隠してたんスか?」
「ああ……うん。その事なんだけど、悪い。あまり精霊と契約したって事を、他人に知られたくなくて」
首を傾げるレドリーに、俺はそう答え、アルカさんが落ちないように気をつけながら左手の薬指についた『精霊の指輪』を見せる。
本来『精霊遣い』でない俺がアルカさん達と契約出来たのは、伝説級アイテムの『精霊の指輪』を俺が拾ったからに他ならない。だからこそ、契約しておらず、実体化もしていない彼女達を視認できたのだ。
しかしその事を知れば、妬む冒険者などいくらでも出てくるだろう。
妬まれ謗られるだけなら良いのだが、中には俺を殺してでも『精霊の指輪』を奪い取りたいという人間も出てくるかもしれない。伝説級アイテムなど、皆喉から手が出る程欲しいだろうし、そう言ったアイテムを得る為に迷宮に潜っている。売れば間違いなく金にもなる。
勿論、レドリーがそのような事をする人間だとは思わない。
それでも、彼女がつい口を滑らせ、そう言ったつもりでなくとも、悪意のある誰かの耳にそれを入れてしまう可能性が無いとも言い切れなかった。だからこそ俺自身も、誰にも言わずに隠していたのだ。
「まぁ、確かにそういう事なら仕方ないかもっスけど……それでもやっぱり、2人組を組む以上、教えて欲しかったっスよ。これじゃあなんだか、自分、信じられてないみたいじゃないでスか」
「信じていない訳じゃないんだけどさ……」
そうは言うものの、確かにこれでは、彼女を信じていないと言われても仕方がないかもしれない。
「自分、兄貴の剣がアルカさんに姿を変えた時、本当に驚いたんでスからね。腰抜かしそうになって、パニックのあまり幻覚が見えて頭がおかしくなったのかとびびったくらいなんスからね」
「悪かったよ」
「うー、本当に悪かったと思ってまス?」
「思ってる。反省してる。言ってなかった事は謝る。ごめん、レドリー」
唸り声を上げながらじとりとした視線を向けてくるレドリーに頭を下げた後、ずれ落ちかけていたアルカさんを軽く背負いなおす。
下手に説明をする事で、何かしらの事故にレドリーを巻き込む事になるかもしれないという不安があったのも事実だが、こうして2人組を組む以上、もう既に色々な事に巻き込んでいるような物だった。今日だってその結果がこれだ。素直に反省はしているし、罪悪感もある。
「ほんっと、大変だったんスからね。精霊との契約の事とか全然知らなかったから、なんでアルカさんが兄貴と離れて辛そうなのかとか、最初よくわからなかったでスし」
そう言って、レドリーはアルカさんの顔をもう一度見た。
「でも、ほんと、凄く無理してたんスよアルカさん。何度も休むように言ったんでスけど、それでも兄貴を助けないとって全然聞いてくれませんでしたし。リザードマンやゴブリンに遭遇した時も、辛そうなのに魔法遣ってくれて。……結局兄貴を助けるのには間に合わなかったっスけど、それでもアルカさんがいなかったら、自分がここまで来る事も難しかったと思いまス。本当に助かりました」
でも、だからそれで、疲れちゃったんだと思いまス。
レドリーはそう言って、アルカさんの頬に汗で引っ付いた髪を軽く払ってくれた。
「……」
自分の愚痴を言っていたはずなのに、いつの間にかアルカさんの事を気にかけている。俺はレドリーのそういう所が昔から嫌いでは無かった。
一方のアルカさんはまだ痛みは残るのか、時々小さく表情を歪めて呻く。
レドリーもアルカさんも、ずっと俺の為に頑張ろうとしてくれていたらしい。そう思うと、やはりなんだか申し訳なくなってくる。
「……もう、そんな暗い顔しないで下さいよ! いやそりゃ反省はするべきっスけど、アルカさんの命も別状はないんですし、なんとか助かったんスからいいじゃないでスか!」
「……ああ、うん、そうだな。ありがとな、レドリー」
「はい。それで、もう隠し事は無しにして欲しいっス。……色々とアルカさん達の事も教えて下さい。どうせ兄貴の事ですから、今まで誰にも話せず抱え込んでたんじゃないっスか?」