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39 脱出と二度目のチュートリアル①






 それから俺は白色の剣(ノーレさん)を手に、荷物を取りに戻る。


 石質の床にあがり、濡れたバックパックを手に取る。


 迷宮に戻る以上、防具は装着したいのだが、それを着けるだけの時間の余裕も無さそうに思えた。かと言って、手荷物として持ち帰る事も難しそうだ。仕方なく、防具は諦めてこの場所に置いていく事にする。残念だが、今は命の方が惜しい。


 服については、ノーレさんが新しい物を生成してくれた。


 ほとんど裸の状態で、せめてずぶ濡れになった服を着る物なのかどうかと苦い顔をしたところ、ヒトの姿へと戻った彼女がその提案をしてくれた。


「……もしよければ、私が主様の服を生成しましょうか?」


「そんな事が出来るんですか?」


 そう俺は聞く。


 今の彼女はもう元の無表情、感情の変化が読み取りづらそうな表情に戻り、話し方も最初に会った時同様、ゆっくりとした物に戻っていた。先程は涙を流していたように見えた為に心配したのだが、それについては彼女の中で気持ちの整理は出来たように見える。少しだけ安心した。


「はい。『契約の力』を得た今の私であれば、そのくらいの事は可能です。……と言っても、私達精霊は自分達で体温調整をしている関係で、服にその機能を求めていません。ですからニンゲンからすれば、魔力で生成した服故に、防寒や防傷などはほとんど期待できないと思ってください。それでも良ければにはなりますが」


 確かに、アルカさんは自分の服を自在に生成していた。


 ノーレさんが言うには、どうやらそれは他者の服でも可能な事のようだ。


「……気休め、か」


 しかしそれでも水に濡れたままの服を着たり、裸でいるよりはマシだった。それをお願いする事にする。


「では、主様。失礼します」


 ノーレさんが俺の腹部に触れるなり、光の粒子が俺の身体を包む。次の瞬間には、俺は白地にほんのりと緑色が入ったシャツと、ミリタリーグリーン色のズボンに包まれていた。


「……おお」


 どうやら精霊は自分の属性を連想させる『色』、つまりノーレさんの場合は『光』と『風』の二属性、『白』と『緑』色以外の物は生み出せないらしい。確かにアルカさんも『赤』と『黒』の二色の服を着ているが、あれは『火』と『闇』の属性を連想させる色だ。


 服が生成されるなり、試しに身体を軽く動かしてみる。


 軽い。魔力で出来ている為か、本当に軽かった。実体はあるようで触れはするが、見た目よりずっと薄く、彼女の言うように防傷にはほとんど期待出来そうにない。とても妙な感じだ。しかし元々服に防御力を求めている訳でも無いのだ。動きやすい服装だと言うのは助かる。


 それに彼女は防寒にならないと言ったものの、裸でいるより随分と温かく感じた。きっと視覚のイメージがそう脳に伝えているせいだろう。着ているように見え、温かさがあるように見える。それはとても重要な事だった。


「よくお似合いですよ、主様。……シャツは、せっかくなので、私とお揃いの色にしてみました」


 彼女はそう言って、何故か恥ずかしそうに俺から目を逸らした。確かに今の俺の服は、彼女の纏うドレスと同じ色であった。


 感謝の言葉を述べようと、口を開こうとしたその時、軽い地響きの音がした。


 先程の崩落に比べればかなり微少な振動音。足元が実際に揺れているというよりは、むしろどこかが揺れているのが聞こえるような音だった。恐らく、これがノーレさんの言っていた、天井の穴が塞がる『前兆』なのだろう。


 確認するようにノーレさんを視線を向けると、彼女は頷いて答える。


「行きましょう、主様。折角ここまでこれたのに、脱出出来なければ意味がありません」


 差し出された彼女の小さな手を握る。


 再度彼女の身体は光の粒子となり、そうして白色の剣へとその姿を変えた。


 俺は早速(彼女)を手に、魔力を込める。


「――風よ」


 先程『握り飯』を宙に浮かせたのと同じ要領の魔法だった。その対象を自分自身に向けるというだけだ。自分1人の時は『握り飯』程度の物をふらふらと浮かばせるだけで精一杯だったというのに、今は白色の剣(ノーレさん)のお陰で、自分の身体ですら容易に浮かばせる事が出来た。


「……おお」


 精霊の力に、何度も驚いてしまう。思えば今日は驚いてばかりだ。


 だけど自分の体が宙に浮かぶ、というのは驚かずにはいられないだろう。


 おそらくこんな事は、レベルの高い魔術師でも、なかなか出来ない事だろうから。


 集中力を切らせてしまえば、その時点で魔法は切れ俺は水へと落ちてしまう。そうなればもう時間的にも2度とここから出る事も出来なくなるはずだ。慎重に、かなり慎重に、俺は自分の身体を風に乗せて運んでいく。


 そうして天井の穴を通り、無事迷宮へと戻る事に成功した。


「……戻れたん、だよな」


『はい、主様。戻れましたね。お疲れ様です』


「良かった……凄い疲れた」


 迷宮に戻るなり、俺は床に座り込んで大きく息をついた。


 緊張感から解放され、力が抜けたのだ。


 浮遊に使用したMP(魔力量)自体は大した量ではないものの、失敗してはいけないという圧力(プレッシャー)から、精神はかなり磨り減っていた。


 勿論ここは迷宮である以上まだ完全に安心する事は出来ないものの、それでもあの場所に閉じ込められるという心配はもうなくなった。あの化け物相手に、全力疾走し、そして全力の魔力を放ったばかりだと言う事もあって、今は立ち上がるだけの体力も気力も残っていない。少しだけ休ませて欲しい。




◆◇◆◇◆




 少しだけ落ち着いたところで、立ち上がる。


 先程まで開いていたハズの床の穴はもうすっかり塞がっていた。


 床が塞がっていく様は、かなり異質で珍しい光景だった。


 軽い振動と共に、少しづつ床の穴が塞がっていく。それはまるで傷がさぶたで塞がっていくかのようで、床が文字通り生えていったのだ。俺は呆然としながらそれを最後まで見届けると、おそるおそる、穴の塞がった場所に足を乗せ、体重を込めてみる。


 また崩落すれば怖いが、もしまた他の冒険者達が落ちるかもしれないという可能性も考えると、確かめずにはいられなかったのだ。幸いそこで崩れたところで、今の俺には白色の剣(ノーレさん)がいる。しかしそこはもう普通の迷宮と同じ普通の床で、びくともしなかった。軽く跳躍して崩れる様子も無い。まさかその下に洞窟があるなどとは到底思えないだろう。


 おそらくは、また同じように迷宮が形を変えない限り、穴が開く事はもうない。

 

「……レドリー達と合流しないとな」


 床の強度を一通り確かめた後、俺はそう呟く。


 迷宮に戻ってくれば、アルカさんとの回線(パス)が繋がるかとも思ったのだが……今の所何の反応も無い。呼びかけてみたものの、何も返ってこない。どうやら彼女やレドリーとの間には距離が出来てしまっているらしい。


「……」


 擦れ違いになってしまう可能性がある以上、この場所で大人しく待っていた方が良いのかもしれない。


 だが蜥蜴戦士(リザードマン)の巣窟である6層に居続けるのは危険だった。もう少しだけでも安全な階層に行くか、あるいは安全地帯である階段付近までは動いた方が良いと判断する。幸いにもこの程度の階層であれば、階段はまだ1つで済む。違う階段を使って擦れ違いになるという事もないだろう。


 そう決め、歩き出そうとしたところだった。


(まさか、このタイミングで出会うか……)


 先の角から、リザードマン達の群れと鉢合わせになる。


 8匹程の群れ。


 おそらくは、最初にこの階層に来てすぐ見つけた連中だろう。





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