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幕間 剣精霊ノーレ⑤ 





「……し、死ぬかと思った」


『私も、今回ばかりは駄目かと思いました……』


 呟いた彼女に、私は思わず返していた。


 契約を交わしてから、早いものでもう2年の月日が流れていた。


 彼女は倒れて動かなくなった人面獣(マンティコア)の額から小太刀(わたし)を引き抜くと、自身の肩をおさえて表情を顰める。そこからは血が流れ出ていた。幸い傷は深くはなかったものの、もう少しでもタイミングが遅れていれば、動かなくなっていたのは人面獣(マンティコア)ではなく彼女の方だったであろう。


「……肩、大丈夫ですか。毒を貰ったのではないですか」


 私はヒトの姿に戻り、彼女に尋ねた。


「ううん、当たったのは尻尾じゃないから、多分大丈夫。……皆も大丈夫?」


『大丈夫ですか、主様』


『なんとか』


『無事だよ!』


『マスター超好き!』


『魔力減っちゃったけど、大丈夫です!』


『ぶじ!』


 彼女の呼びかけに『小精霊』達が各々声を上げる。どうやらこの様子だと、皆問題無いようだ。


(……()()()())


 と私は息をつく。


 子鬼(ゴブリン)を倒せるようになって以来、彼女は少しづつ力を付けていった。2年が経った今では、こうして人面獣(マンティコア)3匹を相手にしても、勝利を収める事が出来るようになっていた。


 ゴブリンさえ倒せたのであれば、いつ死んでくれても構わない。


 初めはそんな風に思っていたのに、なんだかんだで『力を貸して』いる内に、ここまで来てしまっていた。


 特に、彼女は上手く魔力を制御できない為に、常に私が調整してやらなければならない。


 戦況によって切れ味を変え、重さを変え、そして必要に応じて、何度も何度も私は自分の形をも変えた。あのゴブリンを倒した日以来、もう何度私は彼女の能力と、彼女のその日の体調に気を配り、自分を調整したかを覚えていない。それなのに彼女はその苦労にはあまり気付いていないようで、私はとても呆れてしまうのだけれども。


 こんなにも契約者の事を考えたのは初めての事だった。


「良かった、みんなも無事かー……」


 そう言って、彼女は力が抜けたようにその場に座り込む。


 私は彼女の鞄から即時回復薬(ポーション)と包帯を取り出し、彼女の傷の手当てしていく。肩に出来た傷が少しばかり心配だった。


「ありがと、ノーレ。……流石に疲れたや」


 処置を施した後、彼女はそう言った。


()()が見張りをしていますから、貴女は少し身体を休めていたらどうですか」


「ありがと。……んー、でも、せっかくならノーレが膝枕でもしてくれれば、回復も早くなると思うんだけどな!」


「……調子に乗らないで下さい。たかだか人面獣(マンティコア)を倒しただけではないですか」


 契約者の事を考えると言っても、それはあくまで彼女の『剣精霊』としてだ。彼女の愛人になった覚えは無い。


「む。……これでも前に比べたら、かなり凄い事をしたとは思うんだけどな。ご褒美くらいくれても良い気がするんだけどな!」


「……」


 私はそれを無視して立ち上がろうとする。


 しかしそんな私の事を、まとめ役の『小精霊』が見ていた。彼女は何か言いたげに私に笑みを送る。聞かなくてもなんとなくその笑みの意味するところはわかる。大方『見張りはこちらに任せて、彼女の面倒を見ていろ』という事だろう。私はそれに溜息をつきたくなる気持ちを抑えて、『私の契約者』へと視線を戻す。


 ……まったく、これだから『小精霊』も『ニンゲン』も()()なのだ。


「……仕方ありませんね。少しの間だけですよ」


「やった! ノーレの膝枕!」


「……」


 悔しいが、あの夜『小精霊』に言われたように、それまでの私は確かに契約者の事をあまり考えていなかったのだと思う。


 今までの契約者達にしても、きっと今の契約者のように接していれば、もっと違う結果になっていたのかもしれない。そうすれば今頃彼らは死なずに済んでいたかもしれないし、私ももっと簡単に『龍殺し』を達成出来ていたのかもしれない。


 もう遅い事ではあるが、彼らには申し訳なく思う。


 まぁ、もっとも、彼女が今日まで生きてこれた事については、私の力だけではなく、『小精霊』達の()()でもあるのだが。彼女は時々本当に危なっかしくて、見ていて心配になってしまう。今日も『小精霊』達が人面獣(マンティコア)を足止めしてくれて、彼女が常に1対1になれる状況を作りあげてくれたからこそ勝てたような物だ。


「……」


 しかし確かに、12層の人面獣(マンティコア)に、精霊(わたし)達の力を借りているとはいえ、1対3で勝ててしまうだなんて。


 2年前の子鬼(ゴブリン)一匹倒せなかった彼女から比べれば、信じられない事だ。


 どうにも魔力の才能が無い為に、相変わらず私達の姿を他者に認識させる事は出来ていないものの、それでも彼女は他のニンゲン達から見れば、一目置かれるレベルの冒険者にはなっていた。目に見えない『精霊(私達)』の力を怖がるニンゲンが多い為に、誰かとパーティーを組むという事は今でもほとんど無いけれども……それでも、他のニンゲン達と会話をする機会は格段に増えたと思う。夜に涙する事もなくなった。


「本当に、よく頑張りましたね」


 彼女を罵倒してしまった日々の事を思い出しながら、私は膝の上に満足気に頭を乗せる彼女にそう呟く。今の彼女と、あの頃の彼女を比べると、まるで別人のようだ。それが少しばかりおかしく思えてきてしまい、私は思わず――


「……あれ? もしかして、今、ノーレ、笑った?」


 膝の上に乗る顔が、目を丸くしている事に気付き、はっと我に返る。


 しまった、と思った。


「……気のせいじゃないでしょうか」


「いや、今、絶対笑ったって。……おーいみんな! ()()ノーレが笑ったぞ!」


『本当主様!?』


『ノーレ笑ったの!?』


『どう、可愛かった?』


『ノーレも好き!』


『笑った顔はいいの?』


『いいぞ!』


「う……黙りなさい、小精霊。貴女達はちゃんと見張りを続けてて下さい」


 即座に集まってくる彼女達に、私は言う。


 まったく、彼女が変な事を思い出させるからだ。




◆◇◆◇◆




「みんな、今日はお疲れ様! そしてまた明日! さぁ寝るよ! おやすみ!」


『おやすみ、主様』


『おやすみなさいマスター!』


『眠い!!』


『マスター好き好き大好き超愛してる』


『お布団はいいぞ!』


『いいぞ!』


「……おやすみなさい」


 そう言って、私はベッドの中に入っていく。


 布団に潜るなり、いつものように正面から彼女に抱きしめられる。次いで、いつもの心地よい温かさと『薬草』の匂いが私を包んだ。長年の『薬草収集』で染み付いてしまったその匂いは、簡単には取れないのだそうだ。時々彼女は、その事で凹む事がある。


 相変わらず安っぽい匂いだとは思うものの、今ではもう慣れてしまったし、別に私は構わないとも思う。


 今日だって、その『薬草』から出来た即時回復薬(ポーション)のお陰で、彼女の傷は癒えたのだから。


「……肩、大丈夫ですか?」


「ああうん。そこまで痛まないから、大丈夫。心配してくれてありがとね」


 と彼女は笑う。


「……別に、それで私を上手く振るえないなどと言われても困りますので」


「ノーレは素直じゃないな……。……ん」


「……どうしました? やはり少し痛みますか?」


 少し何かを考えるような表情をした彼女に、私は尋ねていた。


「ううん。怪我は本当に大丈夫。……いや、今日さ、人面獣(マンティコア)を倒した時に、私が変わったって話をしたでしょ」


「まぁ、そうですね。少しはマシになったんじゃないですか?」


「ノーレは厳しいな……。でも、私もだけど、ノーレも前に比べると、随分と変わったなと思って」


「……そうですか?」


 嬉しそうにそう言う彼女に、私はそう聞いた。


「うん。昔ならそんな心配もしてくれなかっただろうしね。それに今だって、こうして嫌がらずに自分からベッドの中に入ってくるようになったし」


「それは……どんなに嫌がっても、貴女が許してくれないからじゃないですか。抵抗するだけ時間の無駄だと悟りました」


 私はそう言って、寝返りを打つ。


 彼女に今の顔を見られたくないからだ。


 幸いにも他の『小精霊』達はもう眠ってくれているようで、私の今の顔は誰にも見られずに済んだ。彼女達は本当に眠りに落ちるのが早い。


「そうやって素直じゃないところだけは本当に変わらないな! ……でもまぁ、今日は遂に笑ってくれたしね。契約者の私としてはとても嬉しいぞ」


「ですから、笑ってなどいませんよ」


 ……まったく、これだからニンゲンは。


 そう呆れながら私は返した。


「ねぇ、もう一回笑ってみせてよ、ノーレ。昼間みたいにみんなに言わないからさ」


「……笑顔は催促されてするものではないと思います」


 彼女に背を向けたままそう答える。


「じゃあ、どうしたらノーレは笑ってくれる?」


「……別に、笑いたくなったら私も笑いますよ。楽しかったり、嬉しかったり、満足した時には……多分、笑います」


 そう言いながら、私は今日迷宮でついうっかり笑ってしまった事を思い出す。


 多分、あれは今自分が言った通り、楽しくて、嬉しくて、満足したからこそ出た物なのだろう。


 ――契約したら絶対に私が満足させてやれる。


 ――満たされるっていうのは、そういう達成感以外にもあると思うんだよね。


 ――なんだかんだで一緒に居て『楽しい』って言ってくれるんだ。多分、ノーレもそうなってくれると思う。


「……」


 2年前、契約する前に彼女に言われた事を思い出す。


 どうにも今の私は、彼女によって『満たされて』いるらしい。


 そう思うと、思わず顔が熱くなってくる。


 今、彼女に背を向けていて本当に良かった。


 こんな赤くなった顔を、彼女に見られたくなかった。これでは、なんだか彼女の思惑通りになってしまったみたいで、悔しいではないか。


「満足か……。んー、やっぱり、(ドラゴン)を倒さないとノーレは満足出来ない?」


 幸い、どうにも彼女はそれに気付いていないようで、見当違いの事を言ってくれた。


 思わずそれにほっとしてしまう。


「……さあ、どうでしょうね」


 と私はそれにとぼけてみせる。


 以前はあれだけ『龍殺しの剣精霊(ドラゴンスレイヤー)』と呼ばれたいが為に躍起になっていたハズなのに、今では『そんな事』程度にしか思わなくなってしまっている自分がいる。


 勿論、そんな名声が得られればきっと喜ぶだろうが……それよりも今は、彼女や、彼女達と一緒にいられるこの時間に満足している。


 私は『剣精霊』、彼女や小精霊達よりずっと長くを生きられる存在だ。長い寿命の中で、きっといつかはそんな風に呼ばれる時も来る事だろう。だから今は別にそうなれなくとも良い。彼女達との別れの日が来るなどとは、あまり考えたくは無いけれども。


(……それもこれも、この『指輪』のせいだ)


 抱きしめられた彼女の指に触れて、そう思う。


 この不思議な指輪が、妙に心地よい魔力を発しているせいだ。この魔力を近くに感じている時、私はとても幸せな気分になれる。だからこうしてニンゲンの彼女に抱きしめられているのも、悪くないと思えるし、むしろ満たされているとすら感じてしまう。この感覚をもっと味わっていたいが為に、彼女に力を貸そうとも思えるのだ。


「んー、なら絶対に龍を倒せるように、私も強くならないとな!」


 そう彼女は言った。


「そして報酬で、ぱあっとみんなでパーティーをしよう。龍を倒せば報酬も凄いだろうし、滅茶苦茶いっぱい食べるぞ!」


「食べるって……貴女しかニンゲンはいないじゃないですか」


 私は苦笑いしながら答えた。


 本当に、彼女は私達精霊を家族か何かだと勘違いしているらしい。


「それに、今のその強さだと、龍を倒すのは何年後になる事やら」


「何年かかるかな?」


「……さぁ、どうでしょうね。どちらにせよ、もう少し魔力をつけて貰わないと、龍なんて倒せませんよ」


 私は呆れるようにそう言った。


 しかし、そんな馬鹿な事を言っている内に、段々とその温かさと心地よさに、眠たくなってきてしまう。


 今日はいつも以上に魔力を多く消費した為に、どうにも疲れてしまっていた。出来れば少しだけでも良いから、彼女には自分自身の魔力で、私の事を調節して貰えるようになって欲しい。


(……ああ、でも、そうなると、それはそれで、少しばかり寂しく思ってしまうかもしれないな)


 私はその温もりの中、まどろみながらそう思った。


 寂しいだなんて、そんな感情を私が考える日が来てしまうとは。どうにも彼女達に感化されてしまったらしい。だが、そう言った色の感情を教えてくれたのも彼女だ。精霊は契約するニンゲンの事を知っていて損は無いだろう。


 彼女にはそんな色々な事を教えてくれた。本当に感謝しなければいけない。


「……それに、私はもう……」


「……ん、何が?」


 彼女は不思議そうに問う。本当に、どうしてそんな事を口にしてしまったのだろうか。きっと眠いからだろう。


「……」


 続きを口にしようと思ったが、もう眠くて上手く言葉にならない。


 思念を飛ばそうかとも思ったが……止めた。


 ……まぁ、良いだろう。


 こうして背中を向けて言うのではなく、また今度、ちゃんと向き合った時にでも言ってやろう。もしかしたら、彼女が顔を赤くしてくれるかもしれない。それはそれで珍しい物が見れるかもしれないから。ただ今日はもう眠くて、彼女の顔を見る事も出来ないから、また今度、いつか、気が向いた時にでも。


 そのいつかがいつ来るかはわからないが、いつでも機会はある。どうせこれからも毎日こうして抱きしめられながら眠るのだから。


「おやすみ、ノーレ」


(……おやすみなさい)


 彼女の腕の中で、私は心地良い眠りに落ちていく。


 だけど、私にその機会が訪れる事はもう2度となかった。どうしてあの時、私は無理をしてでも彼女に言葉を伝えなかったのか。私はそれから、ずっと後悔し続ける事になる。





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