04 冒険者組合①
広いダラムの街中に、いくつも存在する冒険者組合所。
10年以上街に住み続けているというのにも関わらず、俺は組合が街にいくつあるのかよく知らない。少なくとも、ダラムの全49地区に2つ以上はあるはずなので、100近くにはなると思う。どの地区に行こうが、少し歩けば大抵は見つけられる。
一応、その場所特有の個人依頼やパーティー募集があるので、数件に足を運んではいるものの、どこも似たり寄ったりなのは事実だった。組合の大元が同じなのだ。換金レートもほぼ統一されているし、どこで依頼を貰い、どこで報告しようが問題ない。なので、どの場所がお勧め、というのはそこに集まる冒険者や、職員の雰囲気に自分が合うかどうかだろう。
ここ数年俺が一番良く行きつけているのは、今住んでいる部屋のある44地区の、2番目に近い組合所だった。
「リュシアンさんどうしたんですか!? 凄い怪我ですよ!」
受付嬢の1人、タバサさんが俺を見て驚いた。
歳は二十台前半から中盤と言ったところ、詳しい年齢はよく知らない。
すらりとした体系のエルフ。ふわふわとした茶色の髪に、伸びる尖耳。眼鏡をかけて、見るからに真面目そうに見える女性だった。内面も見た目通り真面目で、人が良い。彼女には非常に色々と良くして貰っているので、俺も彼女を頼る事が多い。この組合所を使っているのは、ひとつにはタバサさんがいるからだった。
そんなタバサさんの反応は、予想していた通りの物だった。
何しろ今の俺は、体中傷だらけで、服もボロボロの状態だった。先程、鏡を見たところ、右目の上が紫色に変わっていた。
朝、いつものように『薬草収集』などという安全な依頼を貰って出て行った人間が、ものの数時間でそんな状態になって帰って来た。そんな物、驚くに決まっているだろう。
周囲に目をやる。
何度か話した事のある冒険者達も、俺の姿を見て驚いているようだった。
組合である以上、大怪我をして戻って来る冒険者はいる。しかしまさか俺が、そのような怪我をして帰ってくるとは夢にも思わなかったのだろう。無論、それは俺自身も思っていた事だ。こんな怪我をするのは、もう何年ぶりの事だろうか。
それだけ、俺がここ数年、危険な依頼をまったく受けてこなかったという事だ。
「あー……はい、それがですね」
と言って、俺は首を掻く。
これでも自分なりに、治癒魔法をかけて痛みは取ったつもりなのだ。ソロで活動する事が多い以上、簡易ではあるが治癒魔法にも『スキルポイント』を振っている。
だけどこの傷の残り具合だと、あとでその辺りにいる治癒術師に、金を払ってでも治癒して貰わなければならないだろう。組合お抱えの治癒術師は、信頼は出来るが治療費高いので、野良で安く済む人を見つけられれば嬉しいのだけど……。
「ちょっと森で魔物を追っていたら、うっかり転んで、小さなガケから落ちてしまいまして……」
そう俺は言いながら苦笑いをした。
勿論嘘だ。
それは、一角獣を相手にして出来た傷だ。奇跡的に息の根をとめる事は出来たものの、蹴られたり突進されたりと、こちらもかなりのダメージを受けていた。本当にもう死ぬかと思った。きっと、もう一度同じ事をやれと言われても、出来る自信は無い。
「ガケから落ちたって……ほんとに、生きていてよかったですね、リュシアンさん」
どうやらタバサさんはその話を信じてくれたようだった。
「でも、本当に、気をつけて下さいよ。リュシアンさんならわかっていると思いますが、死んでしまったら元も子も無いんですから」
「はい、気をつけます……」
俺は後頭部に手を当てながら、困ったようにそう言う。
「それで、どうしました? その様子ですと、残念ながら、依頼をキャンセルされる感じですかね? それだとどうしても、キャンセル料が発生してしまうんですけど……」
「ああいえ、依頼は達成してます。『青色薬草』、ちゃんと手に入れましたから」
そう俺は言って、採取物用袋の中からそれを取り出していく。
『青色薬草』
匿名の『個人依頼』の場合、誰が頼んだ物なのか知る事は出来ない。薬屋かもしれないし、上級冒険者達がわざわざ採取を面倒臭がった為に依頼したのかもしれない。あるいはバザーで更に高い値段をつけて、急ぎの冒険者相手に売る為かもしれない。
しかし、『青色薬草』は『ポーション』や『毒消し』など、様々な用途に使えるのあるアイテムであり、冒険者達の必需品とも言える物だった。年中需要は高く、依頼は絶える事は無い。
俺はよく、この手の採取依頼をこなして日銭を稼いでいた。
今日の依頼は、運良く今日の早い段階で達成していた。
本当なら、アルカさんに出会う前にはもう、街に帰っても良かったのだ。そうしなかったのは、低級の魔物を狩る為だ。依頼で得られる金だけでは、食事にありつけるのがやっとという所。それだと家賃を支払う事も出来ず、どうしても依頼に加えて、魔物を狩り、その部位を売るなどしなければ生活できないのだった。低級の魔物なら命を落とす心配もあまり無い。
そこで時間があるからと森の深い場所まで出ていたところ、冒険者の死体を見つけ、アルカさんと出会ったのだった。
「……はい、『青色薬草』確かに確認出来ました」
タバサさんはその重さを測り終えると、窓口に戻ってきた。
「余剰分はどうします? いつものようにこちらで買い取りましょうか?」
「ああはい、お願いします」
組合で売るよりも、本当はもっと、きちんと個人個人でやり取りをした方が高く売れるのはわかっている。しかし、それを探すだけの労力も商人へのコネもあまり無い。それに、余剰分などほんの少しなので、取引するまでもない。かと言って売れる量まで溜めようとした所で、薬草を枯らしてしまうのがオチだ。
「他に、買い取る魔物の部位などもありますか?」
いつも引き取ってもらっているので、タバサさんはもうわかっているのだろう。先に聞いてくれた。これも本当は組合に売らない方が良いのだが、面倒なのと時間がかかるのとで、いつもついでに買い取って貰っているのだ。
「それなんですけど、少しだけご内密に、引き取って貰いたい物がありまして……」
そう俺は声を小さくして言う。