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幕間 剣精霊ノーレ②





 私は何度も彼女と契約した事を後悔した。


 最初に後悔をしたのは、契約をしたまさにその日。


 迷宮に潜った時の事だ。


 彼女は歴代の契約者達の中でも、もっとも私の力を使いこなせない『精霊遣い』だった。契約する前からそれはわかっていた事だし、覚悟もしていたつもりだったが、想像以上の物を目の当たりにしてしまい我が目を疑ってしまった。


 ……まさか『剣精霊(わたし)』の力をもってして、ゴブリンの1匹をも倒す事が出来ないだなんて。


「やっ、ひゃっ、うわっ!」


『何しているんですか! ただ一撃当てれば良いだけの事ですよ! ふざけてるんですか!?』


 剣の姿になった私はそう思念を飛ばす。


 そんな風に声を荒げてしまったのは、この世に生を受けて以来初めての事だった。


「わかってる! わかってるけど! ……うわっ! ちょっ!」


 まさか彼女が剣すらまともに振るう事の出来ないニンゲンだったなんて。流石にそれを知っていれば、いくら彼女や『精霊の指輪』に興味を持っていたとしても、契約を交わす事などなかっただろう。


 結局その日、彼女はゴブリンを1匹も仕留める事が出来なかった。


 見かねた他の『小精霊』達が、彼女を護る為に力を合わせて追い払ったのだ。


「はぁ……はぁ……」


 たった1匹のゴブリンも倒せなかったにも関わらず、彼女は息も絶え絶えと言った様子だった。


「……」


 こんな酷い契約者は初めてだ。


「……いやぁ、ごめんねノーレ。まさか剣を振るうのがここまで難しいとは思わなかったよ」


「はぁ、むしろ今までどうやって生きてきたんですか……?」


 それはもう単純な疑問だった。


 呆れを通り越して、罵倒をする気にもなれない。


「基本的には簡単な依頼……『薬草収集』とかかな。あんまり戦いは得意じゃなくってね。迷宮に潜っても、大抵は『小精霊達(みんな)』に護って貰ってばっかりだったし。ノーレの力があれば、ゴブリンくらいなら私でもいけるかなとか思ったんだけど……意外と難しいね」


『まぁまぁ、主様を責めないでやってよ、ノーレ』


『ずっと私達が追い払ってたもんね!』


『戦う必要もなかったし!』


『……つってもゴブリン1匹倒せないのはやばくない?』


『剣精霊と契約しておいてそれはヤバイよね』


『ヤバイヤバイ』


 小精霊達が口々にそう声を上げる。


 確かにこれだけの『小精霊(彼女)』達と契約しているのであれば、わざわざ彼女自身が手を出さずとも、ある程度の魔物であれば()()()()事は出来るだろう。だとしても、ここまで戦闘力の無いニンゲンというのは久々に見た。並大抵の冒険者ですらなかなか居ないレベルだ。


「あー、やっぱり流石にヤバイのかぁ」


 たはは、と苦笑いをする彼女に、私は呆れてしまう。


 これでは『龍殺し』など夢のまた夢の話だろう。


「ごめんねノーレ。せっかくノーレと契約して貰ったんだし、私ももっと頑張らなくちゃね!」


「……別に、最初から貴女には期待などしていませんし」


 そう、元々最初から彼女には期待などしていないのだ。


 まさか剣精霊(わたし)の力を持ってして、下級モンスター1匹倒せない日が来るだなんて思ってもみなかった為に困惑こそしてしまったが、本来彼女には『強さ』を求めている訳ではない。彼女は他の『何か』で私を『満足』させてくれると言っていたのだ。そんな物が本当にあるかは疑問だが、今は彼女の戦闘能力には目をつむり、その『何か』に期待する事にしよう。




◇◆◇◆◇




 ……しかしそんな期待も、早速その日の夜に打ち砕かれてしまう。


「みんな、今日はお疲れ様! そしてまた明日! さぁ寝るよ! おやすみ!」


『おやすみ、主様』


『おやすみなさいマスター!』


『眠い!』


『マスター大好き!』


『明日また頑張ろう!』


『う!』


「……ちょっと、待って下さい」


 そう私は声を上げた。


「ん? どうしたの、ノーレ?」


「どうして私が、貴女達と一緒に眠らなければならないのですか?」


 私はどうしてだか、彼女に抱きしめられる形でベッドの中に入っていた。気付けば他の『小精霊』達も、同じ布団の中に潜ってきている。


 彼女の住む部屋はとても狭いが、わざわざ一箇所に集まらなければならない程ではない。どうしてこんな事をするのか解せなかった。


「私は『剣精霊』ですよ。その辺りに適当に置いて貰えれば問題ありません」


「ノーレはそれで良いかもしれないけどさ……私は寒くて寒くて困るんだよね。傍に居てくれたら嬉しいなって」


「……私は貴女の『抱き枕』になる為に契約をしたつもりはありませんよ」


「んー、でも私はこうして貰う為に、ノーレと契約したつもりなんだけどな」


「なっ……」


 言葉に詰まる。嫌な予感が私を襲う。


「それに、みんなで一緒に寝ようよ。きっと楽しいよ?」


「『楽しい』って……まさか、私を『満足』させるって言うのは、こういう事なんですか?」


「ん? そうだね。みんなで一緒に楽しもうって感じだね」


「……」


 私は思わず言葉を失った。開いた口が塞がらないとはこの事か。まさか彼女は、こんな事で私を満足させようとしていただなんて。彼女と契約をした事を、本格的に後悔し初めていた。


(……失敗だ)


 彼女と契約をしたのは間違いなく失敗だ。私はなぜ一時の気の迷いとはいえ、彼女に期待など持ってしまったのだろうか。


『いいじゃん、ノーレ、減るものじゃないし』


『あったかいよ?』


『気持ち良いし!』


『マスター大好き!』


『お布団はいいぞ!』


『ぞ!』


 そう『小精霊』達は口々に声をあげる。


「……」


 思わず『小精霊(彼女)』達の正気を疑ってしまう。どうして『精霊』がわざわざヒトの形をとり、ニンゲンと一緒に眠る必要などあるのか。そのような意味不明な行動をする精霊達など私は初めて見た。


「ノーレ、皆もこう言ってることだし、ね? 一緒に寝ようよ」


「……」


 きっとこの様子では、逃げようとしたところで、彼女は一緒に眠る事を諦めてはくれないだろう。契約上私は彼女からそう離れる事も出来ないし、隠れたところで彼女は私を簡単に見つけてしまうだろうから。


 ならいっその事、今すぐ剣の姿になって、だんまりを決めてしまおうか。それなら彼女は私を放置してくれるだろうか。


 ……我ながら良い案だとは思うものの、彼女なら、それでも私を布団の中に持ち込みそうな気がする。


 剣の状態だと、うっかり彼女に傷をつけてしまうかもしれない。


 別に、彼女がどうなろうと私は知った事ではない……そう言いたいところなのだが、契約を交わした以上、私は彼女を殺す事は勿論、傷つける事も出来なくなっている。そうした契約違反を起こせば、最悪の場合、私は精霊としての能力をほとんど失ってしまう程の傷を負う事になってしまう。


 後々の事を考えると、それだけはどうしても避けなければならない。


「……はぁ」


 仕方なく、私は大人しく、彼女に抱きしめられる形になる。


 まさか私がニンゲンに抱きしめられる日が来るとは。このような屈辱的な時間が、これから契約が切れるまで毎日続くのかと思うと、気が重くなってくる。こんな馬鹿馬鹿しい事をする集団と一緒にいるなんて。自分まで彼らに感化され、腐っていくのではないかと心配になってくる。


 しかし、他に手の打ち様が無いのも事実だ。


 それもこれも少しの間だけの事だ、と割り切り我慢するしかない。どうせ剣すらまともに振るえないニンゲンなのだ。この街ではそう長くは生きられないだろう。少しの間だけ我慢。今は雌伏の時だと我慢するしかないだろう。


「……どう、ノーレ? こうしていると気持ち良くなってくるんじゃない?」


「……」


 ぎゅっと抱きしめてくる彼女に、私は何も答えない。


 『ニンゲン』如きに抱きしめられ、『小精霊』達ともこうも密着し続けるなど、不愉快極まりないに決まっているだろうに。


 ……と言いたいところなのだが、悔しいが、彼女の言う通り、これが意外と温かく、気持ち良いのだ。


 おそらく『精霊の指輪』のせいだ。


 彼女の左手の薬指にはまり続けている『精霊の指輪』が、私にとって、とても気持ちの良い波長の魔力を放ち続けている。だからこうして彼女に抱きしめられていると、指輪が近くなって、温かく、気持ちが良くなってきてしまうのだ。


(不思議な『指輪』……)


 この『指輪』は一体なんなのだろうか。


 本当に不思議なアイテムだ。


 ニンゲンに抱きしめられるなど、本当は許せない事のはずなのに。彼女との契約は今すぐにでも破棄してしまいたい物のはずなのに。こうされていると、快適なまどろみと温かさが、私を包んでいく。


「おやすみ、ノーレ」


「……」


 彼女の言葉に、口がもう開かず、私は何も答えられないままに眠りに落ちていく。まさかこの私が、ニンゲンの腕の中で眠るなんて。屈辱だ。




◆◇◆◇◆




「――ひゃっ! わっ!」


『何逃げてるんですか! もっと前に出てください!』


「そんな事したら当たるって!」


『当たる前に当てれば良いんですよ!』


 彼女と契約を交わして1月が経とうとしていた。1ヶ月が経つというのに、彼女は未だにゴブリン1匹を倒す事も出来ずにいた。


 元々期待してはいなかったとはいえども、流石にこのまま『子鬼ゴブリン殺し』すら出来ないままだと、私の沽券にも関わってくる。


 『剣精霊』と契約したにも関わらず、子鬼ゴブリン1匹倒せない『精霊遣い』など聞いた事が無い。


 これでは彼女だけでなく、私の方にも何か問題があるのではないかと疑われてしまうではないか。


 もしこんなところを他の精霊達に見られでもすれば、笑い者にされる。いや、もう既に何度か笑われている。このままでは、あらぬ誤解が飛び交い、私の名前に傷がつき、次の契約者探しにも支障が出てくるかもしれない。


 ……なんとかしなければいけない。




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