幕間 剣精霊ノーレ①
本編とあまり関係無い話です。
7話くらいで終わる予定です。おそらく暗い話なので、飛ばしても、続きは読めるようにする予定です。
少しだけ、私と、私の契約者達の話をする。
先代の契約者は、私が今まで契約した事のない種類の『精霊遣い』だった。
「――ノーレ! 今日こそ私と契約してくれる気になった?」
「……また今日も来たのですか?」
呆れながら私は返す。
400年以上前の事だ。
初めて会った時から、もう2ヶ月近くになるだろうか。出会って以来、彼女はほとんど毎日のように私の元にやって来ては、こうして契約を迫ってきていた。
「懲りないニンゲンですね。何度来たところで貴女とは契約するつもりなどないと言っています。今すぐここから立ち去って下さい」
……もう何度目のやり取りになるだろうか。
最近はこのやり取りすら面倒になってきて、毎日少しづつ居場所を変えているというにも関わらず、何故だか彼女は私の前に姿を見せる。本人曰く、不思議と私の居場所がわかるのだとか。本当に無駄な才能だと、当時の私は思ったものだ。
「ええ、契約してよ! ノーレは契約者が今いないんでしょ?」
「……いなかったとしても、貴女と契約する事はありえません。どうして毎日そう飽きもせずに、私の前に現れるのですか?」
「いや、もしかしたら今日は気分が変わってるかもしれないと思って。……ほら、子供って言っている事よく変わるじゃない?」
「子供って……見た目で判断しないで下さい。私は12年も生きています。それに、気分以前の問題です。貴女は私を扱うだけの『器』ではないのです」
そう言って、私は溜息をつく。
恥ずかしながら当時の私は、今よりもずっと生意気で子供っぽい性格だった。特にニンゲンに対しては良い感情など持っておらず、精霊の力を引き立てる為の『道具』程度にしか思っていなかった。
彼女、『先代の契約者』と出会ったのは、丁度『先々代』との精霊契約が終了したばかりの頃だ。
私は新しい契約者を探していた。
強い契約者だ。
『先々代』の契約者は、歴代の契約者達とまた同じように、短命で期待外れな結果に終わってしまった。
(まさか龍を相手に、手も足も出なかっただなんて……)
私は彼の最期の瞬間を思い出すと、あまりの情け無さに溜息をつきたくなる。
勿論、『彼が私を上手く使いこなせなかった』事にだ。
私の力をきちんと引き出してさえくれれば、あのような聖獣を屠る事など簡単なことのハズ。それが出来ないとは一体どういう事だろうか。あの男は、最後の瞬間まで私を御粗末に振るい続け、龍に一撃も喰らわせる事も出来ないままに絶命してしまった。
今度こそ『龍』を倒せる絶好の機会だと思ったのに、あんな機会をみすみす逃してしまうだなんて。
思い出すだけでも腹が立ってくる。
(……どうして私の契約者達は、皆、私をこうも失望させてくれるのだろうか)
私のような『武器精霊』達にとって、どのような魔物を討ち取ったかというのは一種のステータスになるし、後々の名声にも繋がる。
『龍殺しの剣精霊』ともなれば、他の精霊達からも一目置かれる存在だ。
……別に私は、そう呼ばれたいと思っているのではない。
『そう呼ばれて当然の存在』だと思っている。
自分の力量は知っているつもりだ。
だからこそ今の状況が許せない。
本来、私の力ならば『龍』どころか、条件さえ揃えば『悪魔』の類でさえ斬り捨てられるハズなのだ。『龍殺し』というのは一種の通過点に過ぎない。そのハズなのに、今の所、私はたった『1匹の龍』すら斬れていない。
……何が悪いのか。
わかっている。使い手の問題だ。私がそれだけの『力』を持った契約者を見つけられていないだけの事。
「……『器』ねぇ。そんなに駄目かな、私」
「論外ですね」
その点で言えば、彼女と契約するなど『有り得ない』事だった。
彼女からは『力』という物を一切感じられない。レベルもかなり低い上に、魔力もほぼ無いに等しい。特別目を惹く技能を持っているという訳でも無さそうだ。
唯一気になる事といえば……身に着けているその『指輪』だろうか。
『精霊の指輪』
そんな不思議なアイテムを、私は初めて見た。
ネコにとってのマタタビのような、精霊にとって妙に『心地よい魔力』を発しているそのアイテムが珍しく、そんな物を持っている彼女もまた何かしらの力を持っているのではないか。そう思い、うっかりと物珍しさに彼女に近づき、自分の名前を教えてしまったのが、そもそもの間違いの始まりだった。
伝説級の道具にもなると、効果を発揮するかどうかも『アイテム本人』の意思になる。
きっと元の持ち主の商人は『精霊の指輪』に気に入られなかったのだろう。だから何の効果も発揮しないそれを何の鑑定にもかけずにガラクタだと判断し、二束三文で店頭に並べた。
それをこの街に来たばかりの彼女は偶然にも購入してしまい、何故だかはわからないが『指輪』に気に入られてしまったという話だった。
多分、『精霊の指輪』も気まぐれを起こしたに違いない。『意思を持つアイテム』は時々よくわからない行動を起こすのだから。
「論外って……ノーレ、酷くない?」
「事実です。貴女が私を振るったところで、『龍殺し』など出来るとも思いません。……ところで、契約を持ちかけているというのに、その敬意を感じられない言葉遣いはなんなのですか?」
苛立ちながら、私はそう答えた。
「……ん? 駄目、かな? 私は普通の『精霊遣い』じゃないから、ルールとかよく知らないんだけど……何か変だった?」
「……」
呆れて言葉も出なくなる。
指摘する気にもなれない。
まさか何の能力も無いニンゲン如きに、そのような口の聞き方をされる日が来るとは思いもしなかった。ニンゲンは精霊に敬意を払うのが当然の事ではないのか。今までの無能な契約者達ですら、そのあたりの事はきちんとわきまえていた。
加えて『ノーレ』と呼び捨てにする。不敬にも程があるというものだ。
「皆はいつもこんな感じで契約してくれたから……いいかなって思ってたんだけど」
「……私は貴女の使役する『三下精霊』達とは違うのです。少しは言葉を選んで下さい」
『なんだとー!』
『誰が三下だー!』
『やっちまおうぜ!』
『ふざけんなー!』
『殺せー!』
『せー!』
私がそう言うなり、彼女の周囲に6柱のソレらが姿を現す。彼女の手のひら程の大きさしかない『小精霊』達だ。
(……ああ、本当に鬱陶しい)
そう私は思った。
私はこの知性や品性が欠片も感じられない、ただただ煩わしいだけの『小精霊』が大嫌いだった。なぜ『剣精霊』が、力も格段に劣る『小精霊』達と、『精霊』というだけで一括りにされなけばならないのか。本当に理解に苦しむ。
本来ならこんな失礼なニンゲンなど、さっさと首を刎ねてしまいたい。
だけどそれが出来ないのは『小精霊』達のせいだ。契約者の居ない今の状態では、いくら私でも『契約の力』を得た『小精霊』6柱を相手に、無傷では済まないだろう。
「……まったく」
何故何の力も持たない彼女が『小精霊』達にこうも好かれるのか。本当に理解に苦しむ。
彼女ほど『小精霊』を使役する『精霊遣い』を見た事が無い。
以前一度だけ12柱の『武器精霊』達を使役する『精霊遣い』を見た事があるが、彼だけは例外という物だろう。彼は『別格』だ。精霊達がこぞって彼に契約して欲しいと願うくらいだ。
きっと彼ほどの者であれば、私の事も満たしてくれる程に、上手く扱ってくれる事だろう。
少なくとも、私はそんなニンゲンと契約するべきである。目の前の女と契約するなど有り得ないことだ。そう思っていた。
『もういいじゃん』
『こんな奴放っておいて早く行こうよ!』
『コイツと一緒に居ても楽しくないって!』
『わざわざ時間取る必要ないよ!』
『そうだそうだー!』
『だー!』
小精霊達も小精霊達で、このニンゲンに少し馴れ馴れし過ぎるのではないだろうか。『精霊』はもう少し気高くあるべきハズではないだろうか。……まぁ、彼女達は元々品性の無い『劣等種』。私と同じ『精霊』だと思わない方が良いのかもしれないが。
「んー、でもなぁ……私、ノーレとは、どうしても契約したいんだよね」
腕を組み『小精霊』達に苦笑いをしながら、彼女は返した。
「……何故ですか?」
そう私は聞いた。
「どうしてそんなに私の力が欲しいのですか? 貴女は既に『小精霊』達を6柱も使役しているではないですか。並の『精霊遣い』としては十分すぎるでしょう。それとも『武具精霊』の力を手に入れなければならない程、貴女は何か成し遂げたい事があるとでも言うのですか?」
「んー、そういう訳でもないんだけどさ……」
彼女はそう言って、首を掻いた。
「では、どうしてですか?」
「……言っても怒らない?」と彼女は聞いた。
「内容によります」と私は返した。
「ノーレってさ……なんていうか、いっつもブスっとしてつまらなさそうな顔してるからね。ちょっと気になってね。放って置けないって言うか、なんとか出来ないかなぁって思って」
「……つまらない、顔、ですか?」
その意外な回答に、私は驚いてしまう。
「そう。初めて会った時からずーっと『私は満たされてません』って感じの顔してるからね。ノーレは多分笑った方が可愛いと思うんだよね。私の傍にいてくれるのであれば、そんなつまらなさそうな顔させないのになぁって。契約したら絶対に私が満足させてやれるって、そう思ったんだよ」
「……満足」
確かに私は現状にまったく満足していない。『龍』を1匹殺せていない現状に。私の力が十分に発揮されていないという現状に。だからつまらない顔になるのは当然の事だろう。
まさかニンゲンが私欲の為ではなく、私の事を思って契約を求めているとは思わなかった。殊勝な心がけだとは思う。
だけど――
「ですが、貴女と契約を交わしたところで、私が満たされるだなんて到底思えませんが……」
「んー、そうかな? 確かに私はノーレが言うように、『龍』を倒す力は無いかもしれないけど……満たされるっていうのは、そういう達成感以外にもあると思うんだよね」
「私は『剣精霊』ですよ。剣として振るわれる以外の幸せがあるとは思えませんが」
「『小精霊達』もさ、ノーレみたいなことを最初は言ってたんだよね。でも結局は今、なんだかんだで一緒に居て『楽しい』って言ってくれるんだ。多分、ノーレもそうなってくれると思う。実際、一緒にいたら楽しいよ。……ね、みんなもそうだよね?」
『楽しいー!』
『凄い好きー!』
『みたされてるー!』
『契約はいいぞー!』
『マスター大好き!』
『大好き!』
小精霊達が口々に声をあげる。馬鹿っぽい声だ、と私は思った。
「……でもそれは、小精霊達だからじゃないんですか?」
「そうかなぁ。精霊も小精霊もニンゲンも、変わらないと思うんだけどね」
「一緒にしないで下さい」
「ああ、ごめんね、怒った? ……でも、まぁ、一緒かどうかはやってみないとわからない事だってあるじゃない。一度くらいはその『龍殺し』ってのから離れてみて、騙されたと思って私と契約してみるってのもいいんじゃない? 私、絶対、ノーレを後悔させない」
「……」
そうは言っても、彼女が私を満たしてくれるなどとは到底思えない。
だけど、あまりにも自信たっぷりにそう言うものだから、少しだけ迷いが生じてしまったのも確かだ。そんな事はあるハズないという気持ちと、そこまで彼女が言うからには、『何か』があるのかもしれないという気持ちが生まれた。確かに『小精霊』達がここまでニンゲンに懐いて、楽しそうにしているのを見るのは初めての事だ。
それに、奇妙な魔力を放つ『精霊の指輪』の事もある。あの指輪の魔力は癖になるくらい心地よい。中毒性に似た魔力を感じる。このまま離れてしまうのは惜しい。
だから、少しくらいなら傍に居ても良いかなと思ってしまったのだ。
「……わかりました。1度、貴女の言うように騙されてやる事にしましょう」
どうせ冒険者など、冒険者でいる以上短命、そのほとんどが数年で死んでしまうのだ。現に今までの契約者達で、1年以上生き続けられた者などいない。
私は彼らと違い千年近くを生きられる存在。
もし彼女が私の思っていた通り何も無い存在だったとしても、少しの間だけ我慢すれば良いだけの話だろう。彼女が長くを生きられるとも思わない。
「……ほんと?」
「何を驚いているんですか。契約をもちかけてきたのはそちらでしょう?」
「やった! ……気分が変わってくれて良かったよ。やっぱり毎日来た甲斐があった」
そう満足気な顔をする彼女には、少しばかり思う所はあったけれども。とにかく私は、彼女と契約を交わす事にしたのだった。