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34 隠し洞窟と脱出条件②





「……契約、ですか」


「はい、私とリュシアンが契約さえすれば、きっとここから抜け出す事も出来るでしょうから」


 淡々とした、無機質な声で彼女はそう言った。


 どうやら聞き間違えではないらしい。


 ――教えてやろう。貴様は余に、貴様の道具に成り下がれと言っているのだ。


 アルカさんに契約を持ちかけた時の事を思い出す。彼女の言葉を元にするなら、今目の前にいる精霊は、『自分は貴方の道具になろう』と、初対面の人間相手に申し出ている事になる。


「私も1人ではここから出て行く事も出来ませんし、リュシアン以外のニンゲンがこの場所へ来るという事もありません。貴方は他の精霊も認めている事ですし、器としても問題ないと思います。なのでここはお互いに協力しあうのが一番だと思いました」


「……」


 ノーレさんの言葉に、俺は少し考える。


 いや、あれば考えるまでもなく、今の状況ではそれしか方法が無いというのはわかる。彼女が嘘を吐いているとも思えない。力を貸してくれるというのなら、とても有難い事だ。


 ……だが、契約(それ)には不安な点があった。


「俺は、ノーレさんを(さわ)れるのでしょうか」


「……どういう事でしょう?」


「言ったとおり、俺は既に別の剣精霊と精霊契約してます。彼女の説明では、他の剣に触れれば剣はすぐにでも壊れてしまうと聞いています。実際、今朝も2本駄目にしました。ノーレさんに触った時点で、ノーレさんは壊れてしまうんじゃないでしょうか」


「それは大丈夫だと思います」


 そう彼女は答えた。


「以前の契約者は、同種類の精霊を2柱契約していましたが問題は起きませんでした。リュシアンはあくまで契約をしていない剣に触れたのでしょう。私と契約さえしてしまえば、問題は無いと思います」


 ――ご主人もまた契約をした剣以外を振るう事は出来ないのだ。


 確かにアルカさんのあの言い方だと、契約さえしていれば複数本の剣を所持していても問題ないように思える。


 なら、俺がノーレさんに触れるという点に関しての問題は消える。


 ……だとしても、もう1つ問題は残る。かなり大きな問題だ。


「ただ、私は水底にいる為に、どうしてもあの『ヌシ』が障害となってしまいます」


 それは彼女も重々承知しているようで、俺よりも先に彼女は口を開いた。


「……」


 彼女と契約する為には、あの巨大魚をどうにかしなければならない。彼女を拾う為に水中に潜るという事は、『ヌシ』の前に姿を晒すと言うことだ。次アレに追われれば、逃げ切れるという自信は無いというのは、先程アルカさんと話した時に思った事だ。


 加えて――


 ――私や他の精霊達はこの水に落ちたせいで、力を遣えなくなってしまったのです。


 ――おそらくその水中では、余は力をほぼ出せなくなるだろう。


「……それに、ノーレさんと契約をしても、水中では精霊の力は使えない」


「はい。そういう事です。本来であれば、あのような魚は私の力が出せれば赤子も同然でしょうが、水中になるとどうしても難しいです」


 ノーレさんは頷く。


「物理的に()を振るう事は出来るでしょうが、本来の力を発揮する事は出来そうにないです。魔法もほとんど遣えませんし……水中での私が出来るのは、せいぜいこの程度の事です」


 彼女はそう言って、水面へと目を向ける。


 すると間も無くして、水の中から1つのバックパックが浮かびあがってきた。


 『ヌシ』から逃げている間に脱ぎ捨てていた俺のものだ。


 どうやらソレは『ヌシ』の胃袋に放り込まれることなく、水中を漂い続けていたようだった。バックパックはノーレさんの足元まで、まるでひとりでに泳いでくるかのように近づいてきた。


「簡単な『水流操作』です。本当はこの力で、私自身を動かす事が出来れば良いのですが自分の身体は『鉛』のように重く感じてしまい、どうにも駄目みたいです。……これ、リュシアンのですよね」


「ああ、はい。……ありがとうございます」


 俺はそう言って、そのバックパックを水中から拾い上げる。水を大量に含んでしまっている為に、それはひどく重くなっていた。


 そういえば初めてアルカさんに会った時も、彼女は水を操り、水浴びをしていた。あれもきっと『水流操作』だったのだろう。


「私も久々にニンゲンの役に立てて嬉しいです」


 とそこで初めて彼女はその無表情を崩し、少しだけ笑った。


「この400年、この力は、ただ海草をヌシにぶつけて嫌がらせをするくらいの物でしかありませんでしたから」


(……本当にこの400年、何もする事がなく暇だったのだろうな)


 ともあれ、バックパックが返って来たというのは助かった。一度は捨てた物だとはいえども、中には金や『討伐数計測(カウント)表』が入っている。出来ればなくしたくない物だ。


 ……もっとも、それらも、この場所から出られなければ意味を失ってしまうのだが。


「……」


 思考を戻す。


 つまり、もし彼女と契約をするのであれば、俺は一度水底まで降りてノーレさん本体を拾い上げ、そこからまた水上にあがってくるまで、あの巨大魚から逃げ続けなければならないという事だ。


 水底までの片道だけなら、運が良ければ行く事は出来るかもしれない。


 だけど往復となると、どうなるだろうか。


「難しいというのはわかっています。しかし『お互い』にそれしか手段が無いのも事実だと思っています。それは貴方だけでなく、私にとっても」


「……」


「この400年、私が話す事が出来たのはリュシアン、貴方だけになります。もし貴方がやってくれなければ、次に誰かが来るまで、いえ、もしかすると私は寿命が尽きるまで、私はこの水底に沈んだままかもしれません。そう思うと、とても怖いです。……ですからリュシアン、私と契約して下さい。私をここから出して下さい」


 そう言って、彼女は頭を下げる。まさかたった数日で精霊に2度も頭を下げられるなどとは思いもせず、俺は言葉を失う。


 しかし、それだけ彼女達が必死だという事でもある。


 俺は400年という年月をこの暗い洞窟の水底で過ごす事、そしてこれから先もここで過ごさなければならないかもしれないという彼女の事を考えようとしたが……どうにも上手く考える事が出来なかった。それだけの年月を想像するにはあまりに人間は短命すぎた。


 だけどそれでも、彼女の気持ちを察する事くらいは出来る。


「……」


 水に潜れば死ぬかもしれない。しかし、このまま時間が経つのを待っていても、確実に死ぬのだ。


 どちらにせよ、やるしかない、と覚悟を決める。 


「……わかりました。こちらこそ、ノーレさんの力を貸して欲しいです」


 そう俺は彼女に言った。




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