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30 状況確認①




 床に仰向けとなり、天井を眺める。何度も大きく息を吸い込む。頭が回るようになってきたものの、体はまだかなり重く、疲労を感じていた。


 天井はそれなりの高さがあった。


 階層にして、およそ3層程度というところか。その距離を俺は落ちてしまったらしい。


(だとするとここは9層、でも……)


 地下9層にこんな場所があるという話を聞いた事が無い。そもそも、迷宮の中にこうも水があるという話を聞いた事もない。


 もっともここは43地区地下迷宮(南西角迷宮)。迷宮の最南西とされている場所だ。迷宮ではなく、何かしらの洞窟へ繋がってしまったという可能性も否定できない。それに迷宮であったとしても、そのすべてが知られているという訳もない。『隠し部屋』が存在しないとも断言は出来ないのだ。


 天井には、ここから少し離れた場所に穴が開いていた。


 おそらく俺は、あの穴から落ちてきただろう。


『――ご主人、ご主人、聞こえるか?』


「……アルカさん?」


 やがて息が整い、上半身を起こしたところで、アルカさんの声が頭の中に響いてくる。


 俺は自分の腰に手をやるが、勿論そこに彼女はいない。レドリーを突き飛ばした時には既に手放してしまっていたハズなので、黒赤の剣(彼女)は6層にあるハズだ。


『……ああ、ご主人、聞こえておるようだな。そちらの声もこちらに届いておる。どうやら我々はまだ思念の届くギリギリの範囲にいるようだ』

 

 彼女の思念はそう続いた。


 確か俺の声は、彼女が回線(パス)を開いている限り、彼女の元まで思念として届いているとは昨日聞いていた事だ。


「……すみません、今朝注意して貰ったばかりなのに、アルカさんと離れてしまいました」


『いや、構わぬ。今回ばかりはそれが正解だったようだ、余もそれで救われた』


「……どういう事ですか?」


『その話は一旦後にしよう。とにかく、こちらは無事だ。余も、犬娘もな……少し待て』


 彼女がそう言ってから、少し間があった。


 それから、その声は聞こえた。


『……あー、兄貴……兄貴、聞こえますか? 今、アルカさんの力を借りて、兄貴の頭の中に直接語りかけているらしいです。思念? と言うらしいですが、ほんとに聞こえてますかー……?』


「レドリー?」


 いつもより少しくぐもっている感じはするが、俺の頭に響くその声は聞き覚えのある声だった。そのレドリーの声に、俺は驚いてしまう。


『……おお、凄い! 本当に兄貴の声っス!』


 彼女が声を上げる。


『なんだこれ、本当に頭に響く! なにこれ凄くないっスかアルカさん!? ええ、ほんとにどうなってるんでス? というか兄貴、良かった、本当に無事だったんスね。アルカさんこれどうなって――』


『少し黙っておれ……』


 唐突にレドリーの声が途切れると、今度はまたアルカさんの思念が俺の頭の中に響く。


『ご主人、今この獣娘の声を、余が仲介してそちらに送っておる。こやつが余に触れておる間のみだがの。……すまぬ、ご主人。ご主人が余の事を隠したがっているのはわかっておったのだが、この獣娘があまりにも酷く狼狽し、取り乱しておったのでな。後を追い兼ねん様相だった為に、ヒトの姿を取り、落ち着かせて貰うた』


「そうでしたか……。いえ、仕方の無い事ですし、むしろそれだと助かりました。ありがとうございます」


 そんな事まで出来るのかと驚きながらも、俺は返す。隠していたとはいえ、背に腹は変えられない事だ。


 しかしその様子だと、2人とも今のところは6層にいて無事ならしい。少しだけ安心する。


『兄貴! アルカさんから話は聞きましたっスよ! 精霊と契約するなんて凄いじゃないでスか。どうして隠してたんスか!』


「……ごめん、色々あって」


『もう、水臭いじゃないっスか兄貴! ……まぁ、それは追々話すとしましょう。それより今、どんな感じなんでスか?』


 言われて、俺はもう一度周囲を見渡す。


 あたり一面に水が広がっていて、その中にぽつりとこの石質の小さな陸地がある。ただ、それだけだ。


 上の階層へ続く階段も見当たらなければ、その逆もない。他の足場もまったく見当たらない。光も少なく、迷宮に潜る為の必須技能『暗視』がなければ、何も見えていなかったであろう。


 もしかすると、水中に潜れば何かがわかるかもしれないが……さすがにそれは自殺行為のように思える。


 というのも、先程から、あまりにも大きな陰が水面下を蠢いているのが見えたからだ。


 間違いなく、先程の巨大魚だろう。


 どうやら今のところ、その天井の穴からしか、脱出する方法が見当たらないという事を2人に伝える。




◇◆◇◆◇





 ロープなどを垂らして貰うしか方法が無いのだが、レドリーはロープを持っていなかった。迷宮の深部に潜る冒険者ならいざしらず、この程度の階層が目的の冒険者達はこのような事態を想定などしない。それに、もしロープを垂らして貰ったとしても、その真下に行くまでには距離があった。


 そして、そこまで行くには、水中に入らねばならない。


 となると先程の巨大魚の前に姿を晒す事になる。追われれば、次こそ逃れられる自信が無い。


『――なるほど、巨大なサカナ、か』


 そうアルカさんは言った。


『余の力さえあれば、サカナなど三枚に……と言いたいところだが、どうやらそれも難しそうだ』


「……難しい?」


 彼女が自身の力をそんな風に言うのは初めての事のように思えた。俺は不思議に思いながら尋ねる。


『ご主人。余とご主人が会った泉の事は覚えておるな』


「はい。森の中の」


『ああ。どうにもその場所にある水からは、あの泉と同じ嫌な感じがするのだよ』


 そう言って彼女は続ける。


『おそらくだが、その水の中に入れば、余は本来の力をほぼ出せなくなってしまうだろう。いや、力が出せないだけならまだ良い。水中で身動きが取れなくなってしまう可能性すら高い。そうなると水底へ沈んでしまう可能性すらある』


「だから先程、手放して正解だったと」


『うむ、そういう事だ。本当は余もそちらへ行って力にはなりたいのだが、余1人でそちらに行こうとすると、どうしてもその水に引かれてしまう可能性がある。そうなるとまたご主人と会った時のように、ご主人に水底から引き上げて貰わねばならぬかもしれない』


「それは……まずいですね。そうなってしまうと今度こそ無理だと思います。巨大魚(アレ)がいる中を水底まで取りにいくのは、どうにも無謀そうです」


『ああ。だからすまない、ご主人。余はどうにもそちらに行けそうにない』


 俺にはどうもその『感覚』という物がわからないが、この水にはその効力があるらしい。




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