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29 技能取得




 落ちている間、時間がゆっくりと流れた。


 だから滞空時間を長く感じたものの、実際には、ほんの数秒だったのかもしれない。その衝撃を受けても、生きていられたのだから。


 足元に一面の()が現れたかと思うと、俺の身体はそのまま水中に落ちた。


 身体が水平になる前に着水出来たのは助かった。お陰で身体を打ちつけずに済んだ。


(水ッ!? なんで迷宮の中に水が……ッ?)


 大きな音と共に体が水に包まれ、鎧の下に着ていた服が瞬時に水分を吸い込み体が重くなる。勢いよく落ちたせいで、周囲に大量の水泡が発生し何も見えないが、かなりの深さがあるというのは瞬時にわかった。


 一瞬で深くまで沈んだはずなのに、まったく足がつく気配がない。


(とにかく、水面にあがらないと……!)


 軽装備とは言え、金属を身に着けている。


 このままでは沈んで行くだけだろう。とにかく、今すぐ外せる部分だけでも装備を外し、身体を軽くして()()()しかない。パニックに陥りそうになりながらも、そう判断し、つとめて冷静さを保とうとする。


 しかし――


「……!」


 水泡が薄くなった所で、目の前にあったソレに絶句する。


 それは目玉だった。


 ぎょろりとしたその丸い目玉は、俺の顔くらいの大きさがあった。


 それが魚の瞳だという事はすぐにわかった。あまりにも、あまりにも大きな魚だ。眼前の魚眼に圧倒され、全身こそ見えないが、見ただけでも簡単に想像がつく。


 円形の瞳がぎょろりと動く。黒目に俺の姿が映る。


 見られている。


 体中が震えた。これは危険だと、本能が告げる。


(やばい、喰われる……!)


 あまりの事に思わず息を吐き出しかけて、慌てて口をおさえて必死に堪える。心臓の鼓動が自分の耳まで聞こえるくらい、荒く、早くなる。


 今すぐ逃げなければいけない。そして、空気も吸わなければならない。


 しかしこの状況では、そのどちら共に難しい状況、絶望的だった。


(どうする、どうするどうする……)


 加えて、息が切れかけてきたせいで頭に血がのぼりかけ、狂乱しかけた時、俺はふとある事を思い出した。


 昨夜レドリーの家から帰る時に、アルカさんと一緒に見た『取得技能(スキル)一例』。そこに書かれていた技能の事を。


 だがその取得(スキル)取得の為には、大量のスキルポイントを消費してしまう。


 しかし――


(いいや、今は迷っている場合じゃない……! 死ぬよりマシだ!)


 いくら溜めていたところで、死んでしまえばすべて無意味と化す。金も、アイテムも、スキルポイントも。


 今はもったいぶっている場合ではない。


「――」


 俺は目を閉じて、それを念じる。


 技能(スキル)を習得をする時にはいつもそうするように。


 すると、自分の中に溜まっていた、言葉では説明の出来ない『()()』が減って、その代わりに、頭の中でカチリと音を立てたように、『ソレ』の使い方が唐突に沸いてくる。技能(スキル)を習得したという事だ。


 俺はそれが頭の中に入るなり、水上に向けて()()()()()()()


 『水中歩行』


 スキルポイントを45ポイントも消費する事で取得できるその技能は、たとえ水の中であったとしても、まるで地に足がついているかのように水中を動き回れるようになるという効果を持つ。


 着ている服や持ち物ですら、水の抵抗を受ける事がなくなり、まるで陸にいるような速さで、上下左右自由自在に移動が出来るようになる。


 本来水中がないハズ(・・)の、ダラムの街の冒険者にとっては不必要な技能だが、水中においては絶大な効力を発揮する。その様はまるで何かの魔法のようだが、MP(魔力)を消費する事はない。


 俺は水の中に自在に床を作り出し、水を蹴り、水面を目指す。


 『水中歩行』は決して、呼吸が出来るようになる技能ではないのだ。息苦しいことには変わりない。


「……っつは!」


 水上に顔を出した俺は、慌てて大きく息を吸い込む。体中が必死に酸素を求めていた。


 しかし、ゆっくりと息をついている場合ではない。先程の()の事がある。


 大急ぎで周囲を見渡す。


 一面の水の中、少しだけ離れた場所に、石で出来た平坦な陸地があるのを見つける。俺はまた水中に入り、そこへ向けて即座に全速力で駆け出していた。


 そこからは本当に数秒の出来事だった。


 駆けながら、後方に目をやる。


 先程の巨大魚は、唐突に走り出した俺に反応が遅れ、その後俺の姿を見失なっていたようだった。しかし何が起きたかを理解すると、巨体をぐるりとこちらに向けて近づいてくる。


 間違いなく俺を喰らいに来ていた。


「……ッ!」


 全速力で走っているつもりなのに、一瞬でその差が縮まった。このままでは陸地に上がる前どころか、今すぐにでも追いつかれる。


 俺は即座にそれを判断し、目を閉じて、再び念じる。


「――!」


 『脚力強化:中』の技能を手に入れて、文字通り脚力を強化する。


 代償は8スキルポイント。本当は『脚力強化:大』が欲しかったが、それにはポイントが足りない。


 技能を習得した瞬間から、走る速度がヒトの速度を超えて、今までとは段違いに早くなる。足がいつも以上に早く回り、水の中を駆ける。しかしそれでも、巨大魚の速度を越すことは出来ず、その距離は詰まる。


(くそっ、あともう少しなのに……!)


 陸地が近くなり、俺は目を閉じて、三度(みたび)念じる。


「――」


 そして最後に、俺は『水中歩行』で水中に作り出した床を思い切り蹴り上げて、水上へと飛び上がる。


 『跳躍』のスキル。


 2ポイントの消費で、いつもより高く、長く、早く跳べるようになる。『脚力強化:中』と相まって、更に効果が強くなる。


 勢いよく、転がり込むようにして、水面にぽつりと浮かぶその陸地の上に逃げ込む。


 体が打ち付けられ回転するなか、水中から俺を喰らおうと顔を覗かせた魚の顔が視界に入った。


 俺など一飲みしてしまいそうな程大きな口が、本当に近くまで迫っていた。


 幸いにも、水面から顔を出す事は出来ても、陸に身体を上げるまでは出来ないようで、間一髪の所でその開かれた大口から逃れる事が出来た。あまりにも大きく鋭い牙が迫っていた。あれに捕まれば、人間のこの身など間違いなく一瞬で肉片と化していただろう。


 その巨大魚はその後、俺が転がり込んだ小さな石の平面の周囲をぐるぐると周回していたが、やがて陸の上まではあがってこれないと判断したのか、ゆっくりと離れて行った。

 

「なんだったんだ……今の、魔物……」


 息も絶え絶えになりながらそう呟く。


 全速力で走り続けた為に、体が悲鳴を上げていた。酸素を求めて大きく息を吸い続ける。しばらくは立ち上がる事も出来そうにない。


 しかし、一時はどうなるものかと思ったものの、とにかく助かったらしい。




主人公の設定を変更させて頂きました。

28歳→24歳

申し訳ありませんがよろしくお願いします。

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