28 好事に魔
8匹の群れを見つけた時こそどうなる物かと肝を冷やしたが、それ以降は順調に事は進んだ。
レドリーが曲がり角から覗いて様子を伺う。そこにリザードマンが4匹以上いるようであれば、そそくさと退却して別の道を探す。3匹以下であれば、隙を見計らいながら襲い掛かる。何もいなければ次の角まで急ぐ。その繰り返し。
4匹以上の魔物と鉢合わせになった場合は、煙玉を巻いて逃げる。幸いにも今日は挟まれる事はなかったので助かった。
先程のように奇襲が出来るのであれば、俺がまずは無防備な状態の1匹を切り捨て、残りを俺とレドリーでそれぞれ1匹づつ始末するという単純な流れを取る。
互いに1匹づつであれば負ける事はなかった。大抵は俺が先に1匹を始末し、レドリーに加勢するという流れになるが、それがなくとも、1対1ならレドリーもまず負けない。それでも手を出してしまうのは、何かがあった時が怖いからだ。
リザードマンもまたゴブリン達と同じように、黒赤の剣を振るえば簡単に切り捨てる事が出来た。
一撃さえ入れば、たとえ鎧を着ていても鎧ごと断ち斬る事が出来てしまう。
さすがは剣精霊といったところだろうか。一角獣すら簡単に斬り落としてしまったこの剣は、いったいどれ程の魔物まで通用するのか、非常に気になるところだ。
勿論、リザードマン達も刃物を持っている以上、こちらも一撃喰らえば痛いでは済まない。防具を着けているといえども、刺さりどころが悪ければ、いくらHPが高かろうが即死する事もありえてしまう。
加えて彼らはゴブリンに比べて筋肉もある上に、剣の腕も立つ。やはりブランクがある為か、以前よりAGIがあがっているとは言え、時々まごついてしまう部分があり、簡単に懐に入らせては貰えず少し苦労した。勘を取り戻すにはもう少し時間がかかりそうだ。
ともあれ、3匹程度を相手にするなら、それなりの余裕を持てた。最後にはレドリーがどうしてもと言うので、4体を相手する事になった。
『討伐数計測表』は1人が1度に2枚所持した所で効力を発揮せず、またとどめを刺した場合にしか計測数が進まない。前衛1人補助1人であるなら、『討伐数計測表』を交換して前衛に倒して貰えば良いだけだが、前衛2人だとそうも行かない。
俺だけでなく、どうしてもレドリーにもとどめを刺して貰わなければいけない時がある。
黒赤の剣は確かに威力が高いが、これからも2人組を組み続ける事を考えれば、すべてを俺1人がやるという訳にもいかない。その点においても、今日の依頼は練習という意味でも良かった。
「レドリー!」
「了解っス」
俺が両脚を切り落とし、身動きが取れなくなったリザードマンの顔面に、レドリーが飛び掛って大剣を突き刺し押し倒す。差し込んだそれをぐりと捻り、傷口を広げる。突き刺した所でもう助からない状態になってはいたが、念には念を入れてだろう。
「終わりましたっスよ、兄貴」
リザードマンが絶命した事を確認してから、レドリーはそう言って嬉しそうに『討伐数計測表』を俺に見せてきた。
『8匹』、と表示されている。
俺の方も既に8匹になっていたので、これで組合に帰れば依頼完了になる。
「お疲れ」
「お疲れ様っス。でも兄貴、やっぱり自分が言ってた通り、4匹でもいけたじゃないですか」
「……確かにそうかもしれないけど、お前、足切られてんじゃないか」
「これくらいならよくある事っスよ」
「いいから。……治癒術かけるから動くなよ」
「ありがとうございますっス。……なら甘えまス。正直痛かったんスよね」
俺はレドリーの傍で屈み、脚の傷に治癒術をかけて止血を始める。
今日のレドリーは動きやすさを優先している為に、昨日の重装備からうってかわって、かなりの軽装備となっていた。仕方ないとはいえども、腿がむき出しになっている。
「……お前、カレンと2人の時はどうしてたんだ?」
俺はソレを意識しないようにしながら、そう話題を作った。
「今と似た感じっスね。だいたいどっかのパーティーに入れてもらってましたけど、2人で来る時はカレンに剣持って前に出て来て貰いながらーって感じっス。4匹以上には絶対手を出さない感じで、やばくなったら即、煙巻いて退散っスね。大抵はさっさと逃げながら上の階層に行ってしまうか、蜥蜴の出てこない洞窟にいきます」
「……なるほどな。前が実質お前1人なら、怪我とか凄かったんじゃないのか?」
「カレンがいくらMPと煙玉があっても足りないーって嘆いてましたっスよ」
苦笑いしながらレドリーは返した。
「だからそれに比べれば、剣士が2人いると、ここでは正直かなり楽っスね」
「……そっか」
俺が過去に2人組でこういった場所に潜っていた時は、大抵前衛が2人だったので本職治癒術師が欲しいと思ったが、それはそれで大変らしい。
パーティーは多すぎると分配などで問題は出てくるのだが、これくらいの難易度の依頼であればやはり3人くらいが安定する。
もっとも、3人分の依頼、となるとリザードマンを24匹も狩らなければならない。流石にそれは時間的にも集中力的にも現実的でない数字だ。2人分の依頼を受けて3人で分配、となると報酬が減ってしまう。
だからこそ、レドリーと2人でやれるというのはかなり助かる事だった。
これを1人でやるのは、どれだけ労力がいるところか。ソロで5万を稼ぐのは、わかってはいたが本当に難しそうだ。
「……でも兄貴の剣、やっぱり凄い切れ味っスね。ほとんどあっさりじゃないっスか。……なんだか自分、兄貴に『寄生』してるみたいで悪いっスね」
「いや、そんな事ない。かなり助かってるよ」
そう俺は言った。それは本心だ。
「ひきつけてくれるのもかなり助かってるし、感知探索系技能も俺はレドリー程持って無いしな。俺1人じゃ多分、もっと時間がかかってたろうし危なかったかもしれないし。……ほら、治癒終わったぞ」
「ありがとうございますっスよ。でも……そうっスかね。そう言って貰えるなら嬉しいっスけど。……あ、自分剥ぎ取ってきますね」
そう言いながら、レドリーはリザードマンの屍骸へと向かっていく。
先程から率先して剥ぎ取り作業をしくれているのは、その事に引け目を感じているからなのだろうか。
あまり気を遣わないで貰いたいが、それで彼女の気が晴れるのであれば素直に甘える事にする。剥ぎ取りの技能も、彼女の方が持っているので効率が良いのも確かだ。
「……」
『……ご主人』
レドリーから少し離れて見張りをしていると、ふと黒赤の剣がそんな思念を飛ばしてきた。
「どうしました? さすがに今は食事は食べられないですよ?」
『違う。そんな事ではない。何か、何か凄く嫌な感じがする』
偉く真面目な声だった。その声は妙に切迫していた為に、俺は慌てて剣を抜き、いつでも対応できるよう構える。
何か魔物が迫っているのかと思ったのだ。
「何かって、何ですか?」
『地揺れ……水……いや、これは、違うな……』
彼女がそう言うと同時に、地面が揺れ始める。ごごごごと石造りの壁達が音を立てて、動き始めた。
過去に数度、迷宮の中でこのような経験をした事がある。
迷宮が形を変えようとしているのだ。
「レドリー、備えろ! 迷宮の形が変わる!」
俺は彼女に向けて叫んだ。
地揺れであればその兆候に、獣の血を引くレドリーはあるいは気付いていたかもしれない。しかし前兆の無いそれに、彼女は気付く事は出来なかった。むしろどうして黒赤の剣がそれに気付いたのかというくらいだ。
剥ぎ取り作業をしていたレドリーはその手を止めて慌てて立ち上がろうとするが、地面の揺れに足をとられ、上手く立ち上がる事が出来なかった。
それと同時に、レドリーの周辺の床が沈み込み始めた。床が崩壊して落ちる兆候だった。
「……え?」
自分の体が地面へと沈み込み始めた事に、彼女は目を丸くする。
このままだと、彼女は下の階層へと落ちてしまうだろう。いや、落ちるだけなら良い。天井がそう高くないとは言え、身体を打てば、いや、打てれば良い。その下の階層も動いて同じく崩壊していたら。あるいはそこに魔物が待ち構えていたら?
様々な可能性が一気に頭の中に浮かび、頭の中が真っ白になる。
気付けば思わず俺は彼女に向かって走り出していた。
(間に合わない……ッ!)
本当なら彼女の手を引いて、そこから離脱したかった。しかしそうは上手くいかなかった。
いつの間にか俺は、黒赤の剣を手放してしまっていたらしい。
「……兄貴ッ!?」
レドリーの身体をその場から勢い良く突き飛ばすと共に、そう声を上げるレドリーが俺の視界から消えた。俺はレドリーに代わる形となり、床と共に自分の体が沈んでいくのを感じた。