26 南西角迷宮6層①
「――でも、組合が不良品をいくつも陳列しているなんて珍しいっスね」
あの後、銀行へ行き、再び戻った道具屋から出てきた後、レドリーはそう言った。
「あ、ああ、そうだな。俺も驚いたよ」
俺は少しうんざりしながらも、説明をする事も出来ず、そう頷く。
折れた2本の短剣を、俺は弁償せずに済んでしまった。
壊したのは間違いなく俺だ。弁償すると申し出たものの、触っただけで剣が壊れる事など普通はあり得ない、元から不良品だったと店主には言い切られてしまい、結局支払わせて貰えなかった。
(普通じゃないんだよなぁ……)
もっとも、素直に精霊契約のせいで折れてしまったと言っても、信じて貰えるかは怪しいところ。むしろ頭のおかしな奴だと思われる可能性すらある。結局最後にはその人の良さそうな店主に押し切られ、俺も甘えてしまう形になってしまった。もやとした罪悪感は残るが、少しだけ助かってしまったと思ってしまったのも事実だ。
組合関連の中古品の武器は、そのほとんどが文字通り所有者のいなくなった武器ではあるといえども、短剣は1本でそれぞれ4万ガルドした。アルカさんの1日分の食費、あわせて2日分の食費と、いつの間にか考えてしまっている俺は少し病気なのかもしれない。
「兄貴の二刀、見たかったんですけどねぇ……」
残念そうにレドリーはそう言った。
「まぁ、今は俺も、金に余裕がある訳でもないからな」
それらしい理由をつけて俺は返す。
「……下手に強い剣を手に入れて、そのせいで金が足りなくなって、無茶して怪我する。そんな事になっても困るしな」
多分、そんな事を口にしたからだと思う。
そんな事が起きてしまったのは。
◇◆◇◆◇
縦7×横7の計49地区からなるダラムの街。
その1、7、43、49地区はそれぞれ街の角にあるが故に『角地区』と呼ばれ、そこにある迷宮はそれぞれ『角迷宮』と呼ばれている。
43地区地下迷宮、つまり『南西の角迷宮』。
最『南西』にあるこの迷宮は、当たり前ではあるものの一番『南西』色の強い迷宮となっている。ここから1地区迷宮に近づくにつれて少しづつ『北西』色が強くなり、49地区に近づくにつれ少しづつ『南東』色が強くなる、という考え方をする。
5層程度までであれば、あまり深く考えなくても問題無い事ではあるが……、それ以降の深い階層になると出現する魔物の種類も変わり、大きな問題になってくる。
中には39地区地下迷宮のような特殊な迷宮もあるが、基本的にはどの角に一番近い迷宮に潜るか、どの層まで潜るかという考え方で冒険者達は装備品を変える。
どの『方角色』が自分に合っているかで住む場所を変える冒険者もいる。
となれば俺は『南西色』が合っているのかと言われれば……別にそう言う訳でも無い。
3年前までは真逆の『北東角地区』の7地区に住んでいた。『薬草収集』が出来る『森』と『初心者殺しの迷宮』に近く、また7地区から離れたいという理由で、今住む44地区に越して来たのだ。冒険者としてはあまり誇れない理由である。
「……」
巨大鶏や殺人蟻、灰色狼達の出現する1から3階層、主にゴブリンの棲家である4、5層を警戒しながら歩いていく。昨日の様子からすると、極端に多い集団に出会わない限り問題も無さそうだったが、少なくとも『行き』は、極力無駄な戦闘は避けたかった。
下手に怪我をしたり、体力を使いたくない。アイテムも消費したくはないし、装備も一応消耗品。黒赤の剣にはその必要が無いが、レドリーの方は手入れをしなければいけない。脂で切れ味が悪くなるのは困る。
角を1つ曲がるのにも、出来る限りその先に危険が無いと確認してから。
だから2時間ほどかかってしまったが、なんとか1度の戦闘だけで6層まで来る事が出来た。しかし単騎や2人組で洞窟に潜るのであれば、自然とこのような動き方になる。いくら心配しても心配しすぎという事は無い。少しの油断が致命傷になる事もあるのだから。
その辺りは、ブランクのある俺よりも、レドリーの方が慣れているようではあったけれども。
「……いるっス」
6層を歩いて十数分。曲がり角からこそりと顔を覗かせていたレドリーが俺に言う。彼女がその様子を伺っている間、俺はその反対方向を見張る。そうして前と後ろ両方に目を向けられるのは本当に助かった。単騎だと集中しすぎて背後からグサリ、という可能性が十分にあり得てしまうからだ。
「かなり先にですが、結構」
俺ではなくレドリーが顔を覗かせるのは、彼女の方が『眼』が良いからだ。
狼人間の視力は、灰色狼達とは違い人間のそれに近い。しかし魔法を覚えられない彼らは、感知や探索系の技能にスキルポイントを振る事が多い。レドリーにしてもそうだ。俺がそうするよりも、レドリーの方が確実だった。
ちなみに余談だが、黒赤の剣さんを曲がり角から突き出して覗かせてみて擬似2人組にならないかと、昨日試してみた。しかし剣になったアルカさんの視力は極端に悪くなるらしく、どうにも上手くいかなかった。
「5、6、……8匹くらいっスかね。皆で何か食べてます。……羨ましいっスね。多分、しばらくは食べてると思いまスよ。こちらに来る事はないみたいでスけど」
「8匹か……なら、無理だな」と俺は言う。
「はい、無理っスね」
そうレドリーも返す。
その辺りの事は、俺もレドリーもわきまえている。
リザードマン相手だと、数の上であまり不利にはなりたくない。黒赤の剣があるといえど、流石に8匹にもなると、下手をすると完封されてしまう可能性がある。
それに彼らは剣を装備している。いくらレベル差があっても、刺さり所が悪ければ、生き物である以上どれだけHPがあっても簡単に死んでしまう。囲まれてしまえばどれだけレベルがあろうが危ない。
タバサさんの言うように、もう1人パーティーにいれば色々と変わってくるのだろうが……2人組だと、どうしてもそういう点に制限がつく。
一度に相手をするリザードマンは3匹まで。
というのが迷宮に入る前に俺とレドリーの間で決めた事だった。2匹までじゃないと危ないと主張した俺と、4匹までならなんだかんだでいけると言うレドリーで意見がわかれた為に、間を取った形になる。
しかし8匹は流石に危険だというのは、お互いの共通認識ではあった。
「さっきの角を逆に……ああ駄目、だ。それだと結局同じトコに行く。2個前の分かれ道まで戻らないと」
「わかりましたっス」
俺は地図とペンを手にしながらそう言って、現在地から少し先の場所に、丸印と『8』という数字を書き入れる。