25 精霊契約
タバサさんに紹介された依頼を受け、俺達はそれぞれに『討伐数計測表』を受け取った。俺もレドリーも、43地区迷宮6層でのリザードマン駆除依頼という、同じ依頼を1件づつ受けた事になる。
「兄貴、すみませんが一度、道具屋に寄っていいっスかね?」
組合所を出た所で、レドリーが言った。
「いいけど、何か買うのか?」
「昨日で無くなった即時回復薬、実はまだ買い足せてませんでして」
「なるほど」
レドリーと共に、俺は組合所の傍にある、組合運営の道具屋に入った。
44地区から43地区までにはいくつか安い道具屋があるが、少なくとも即時回復薬を買うのであれば組合運営している道具屋で買うのが質も高く確実ではあった。
組合で販売されている物は基本的に値が張るが、ある程度の質と使用期限が保障されている。組合としても信頼という物がある以上、下手な物は売れない。個人経営の店や路上販売の物であれば、安くは買える可能性はあるが、効果や質にどうしてもムラが出てくる。
流石に効果の無い物を売るといった、詐欺紛いの商法をする事はそうそう無いだろうが……何かがあってからではそれが致命的な事になるので、リスクは背負わない方が良いだろう。もっとも、その品質の悪い物が組合から流れてきた物だという話は、この街に住む者なら皆知っている事ではあるのだけど。
「……」
レドリーが即時回復薬やその他消耗品を買っている間、俺はぼんやりと店の中の物を眺めていた。
(そういえば、防具を久しく買い換えてないな……)
ぼんやりと、店内に掛けられた中古品の鎧を見て思う。
どうしても使えなくなった物と、黒赤の剣を除けば、俺の装備は基本的に3年前の物のままだ。
防具が消耗する程の魔物に遭遇する機会もほとんどなかったし、手入れさえすれば買い換える必要はなかった。
しかし、これから迷宮へ潜るのであれば、それらも消耗するだろうし、用途に合った防具も必要になってくるだろう。
(アルカさんの食費だけじゃなくて、そのあたりの出費も考えなければいけないな……)
そうなると、目標は5万ガルドとしていたが、もう少しばかり稼がねばならないのかもしれない。
(いや、こうなったらむしろ、稼ぎながら自炊をした方が良いんじゃないか……? 料理は上手くないけど、せっかくスキルポイントもある事だし、『調理』とかを覚えて――)
「お待たせしましたっスー、兄貴? ん、どうしたんスか? 難しい顔をして」
金策について少し考えていたところ、レドリーに声をかけられた。どうやら買い物は終わったらしい。
「……ああ、うん。装備とか色々見てた。また迷宮に潜り始めるんだったら、その内色々と買い換えないといけないなと思ってさ」
「確かに。……そういえば、装備で思い出したんですけど……兄貴って昔、二刀遣いじゃなかったっスか?」
「あぁ、うん。そうだな」と俺は頷く。「確かに」
『……む?』
とそこでずっと黙っていたアルカさんが声を上げた。
「今はもうしないんでス?」
レドリーの方も俺の黒赤の剣を眺めながらそう首を傾げた。耳がぴくぴくと動く。
確かに3年前まで、俺は両手に短剣を持ち、迷宮に潜っていた。初めは格好良いと思って始めた事ではあるのだが、なんだかんだで性に合っていたみたいだ。
迷宮に潜らなくなり『薬草収集』などで生活費を稼ぐようになってからは、ほとんど魔物と戦う事もなくなった上に、戦うとしてもほとんどが弱い魔物だった。わざわざ両手に一本づつ剣を持つよりも、片手を空けておいたり、両手で一本の剣を持つ方が何かと便利だった為に、今のスタイルに変えた。
その時に余っていた剣も、生活費の足しにする為に売ってしまったし、アルカさんと契約する直前まで使っていた剣も、一角獣と対峙した時に、持って帰るだけの余裕が無かったが為に森の中に置いてきたままだ。
別段今の所、それで困る事も無い上に、黒赤の剣を持っているのであれば、彼女に集中した方がはるかに効率が良い。そう思って、二刀に戻そうと言う気は特に起きなかったのだ。
「兄貴の二刀、格好良かったっスよ? 自分はもう一度見たいっスけどね」
「……そうかな?」
「そうっスよ、試してみたらどうっスか?」
俺はそういわれて、思わず首を掻いた。
たとえお世辞だとしても、そう褒められて嫌な気はしないのは事実だった。
(と言っても、黒赤の剣この剣だと二刀には少しばかり大きい気がするからな。もし今もう一本持つなら、こんな風な、極端に短めの剣とかなんだろうか)
俺は店員に声をかけ、黒赤の剣アルカさんを片手で握り、もう片方の手で陳列台ディスプレイに並べられた片刃の短剣に触らせて貰おうとする。二刀の感触を確かめさせて貰いたかった。もしそれでしっくりくるようなら、二刀としてや、予備の物として持っておいても良いかと思ったのだ。
『……む? まさかご主人、他の剣を持つつもりではなかろうな?』
「駄目ですか?」と小声で聞く。
『駄目に決まっておろう。悪い事は言わぬ、やめておけ。ご主人には扱えぬよ』
「扱えないって……」
それは俺に技量が足りない、という意味で彼女が言ったのだと思った。だからこその試着のつもりなのだが、と思い、俺は彼女の言葉を軽視する。
だがすぐに、彼女の言いたい事はそうでないとわかった。
短剣を握ったところで、刃がぽきりと折れてしまったからだ。
「え……?」
剣に元々ヒビが入っていたのだろうか。店員もそれを見ていた為に、すぐに似たような剣を渡される。
しかしその別の剣も、握った途端、先程の短剣とまったく同じように刃が折れた。
俺も店員もレドリーも、皆が目を見張る。
(……まさか)
嫌な予感がした。
『ああ、だから言ったろうに。やめておけと。ご主人にはそれらの剣は扱えぬのだ……』
溜息交じりの思念が、頭に響いた。
◇◆◇◆◇
「今の、アルカさんがやったんですか?」
俺は折れた短剣の弁償代を下ろしてくると言って、レドリーと荷物を残し、急いで店を出た。1本分ならともかく、2本ともなると手持ちでは支払えない。店主は不良品ではないかと言ったが、そんなわけがなかった。あれは明らかに不自然な壊れ方だった。
店を出ると俺はまず、銀行ではなく路地裏へと駆け込んだ。
アルカさんに説明を求める為だ。
「……余は別に何もしとらんよ」
ヒト型となったアルカさんは、心外だ、とでも言いたげに、ぷく、と頬を膨らませながら言った。
「ご主人が勝手に精霊契約に違反をしただけではないか。まったく、余と言うモノがおりながら、他の駄剣に浮気しようなど、考えもせなんだわ」
「浮気って……それに、精霊契約に、違反……?」
俺は先程の光景とその言葉を照らし合わせて、嫌な予感がしながらも聞いた。
「あれは精霊契約によって、余がご主人専用の剣となったように、ご主人もまた契約に縛られたが故に起こった事よ」
そうアルカさんは言った。
「余がご主人以外の者が振るえないように、ご主人もまた契約をした剣以外を振るう事は出来ないのだ。契約がなければ、魔力抵抗を持たぬ剣など、ご主人が触れれば簡単に壊れてしまおう」
ナイフや包丁は武器ではない以上、触れられるようだがな。
彼女は不服そうに言った。
「……どうしてそんな大事なこと、先に教えてくれなかったんですか」
「余は止めたぞ、やめておけと。……確かに、説明不足な点があったかもしれぬが……だがそれでも、別段詳しく説明する必要も無いと思っておったのだ。余はご主人の剣として、ご主人の傍を片時も離れるつもりなど無かったし、まさか余の力を知りながら、余の目の前で堂々と他の駄剣に浮気されるとも思っていなかったでの。ご主人が二刀遣いだという事も、今初めて聞いた事よ。詳しく説明する間も無かったぞ」
「さっきから、浮気って浮気って……」
「浮気だよ、ご主人。契約してご主人の道具になった以上、余はご主人のモノ。ご主人の傍よりそう離れる事は出来ぬ。そんな事をすれば余にも契約の力が働き、苦痛が待っておるのでの。つまり今は、余にせよご主人にせよ、互いに依存し合う関係。どちらかが死ぬまで離れられない。言わば余は生涯の伴侶ぞ? それなのにそんな余の目の前で、他の剣に手を出す、それを浮気と言わずしてなんといおうか」
俺を睨みつけるように、彼女は言った。
――余にとっての使用者はご主人だけであり、ご主人にとっての剣とは余になるのだ。
昨日、黒赤の剣がレドリーに触れられかけた事で、憤慨した事を思い出す。
あの時は彼女の言っている事がわからなかったが、今ならその意味がわかる気がした。俺もアルカさんも、互いに離れられない関係らしい。特に俺はアルカさんがいなくなれば、剣を振るう事が出来なくなる。それはとても……マズい。
「良いかご主人、余は怒っているのだぞ? 余がいる以上、他の剣など必要なかろうに」
その事実に唖然としている俺に、俺の契約精霊は言った。
「……」
少しばかり眩暈がした。
どうやらアルカさんとの関係は、俺が思っていたよりも更に厄介で重い物ならしい。