24 作戦会議(ミーティング)②
「リュシアンさん、一体どうしたんですか……?」
タバサさんにそう言われるのはこれで何度目だろうか。ここ数日毎日の事だ。それだけ心配をかけているという事であり、申し訳なくなってくる。と言っても、今日俺はまだ彼女に何も言っていないのだけれども。
彼女は俺の隣に立つレドリーを見て驚いていた。
「あー、ですよねぇ……」
そう言って、俺は首を掻く。
ここ数年『薬草収集』ばかりしてきた超安全思考な冒険者が、ある日唐突に大怪我をして帰ってきたかと思えば、次の日には金を稼ぎたいなど言い出し、また更に次の日にはパーティーメンバーを連れてやってくる。こんなの当然、驚くに決まっている。
だが、俺としてもこんな状況は驚いているのだ。許して頂きたい。
「あの……リュシアンさん、そちらの方は……?」
「ああ、はい。自分、リュシアンの兄貴とパーティーを組む事になりました。レドリーっていいます。よろしくお願いしますっス」
「はぁ、兄貴、ですか……?」
タバサさんはレドリーの事を見た後、少しの間何かを考え込むように唇に手を当てた。
「リュシアンさんリュシアンさん、ちょっと」
それから彼女は俺を手招き、顔を近づけさせる。それから、俺にだけ聞こえる声で小さく喋る。
「……もしかして、彼女が昨日言ってた結婚相手の方ですか?」
「まさか、違いますよ」
そう俺は笑って言う。
ひどく深刻そうな表情をするので、何事かと思ったが、そういう事を気にしていたらしい。
「昨日も言いましたけど、結婚とかそういうのじゃないんですって。昔所属してたクランの後輩なんですよ。久しぶりに会って、俺も彼女も同じくらいのレベルだったので、迷宮に潜るなら組んでみようって話になりました。ほら、やっぱり組んだ方が安全じゃないですか」
「まぁ、確かに単騎で潜られるよりも、かなり安心できますけど。……でも本当にそういう関係じゃないんですね?」
「だから違いますって。何を気にしてるんです?」
「……なら、安心しました」
「安心?」
「ああ、いえ……ええと、そう。凄く失礼な言い方になるんですけど、リュシアンさんが変な方に捕まったんじゃないかと心配になってしまって……お知り合いの方なんでしたら大丈夫ですね」
彼女は俺にだけ聞こえる声で言った。
冒険者の中には、『寄生』や『略奪』目的でパーティーを組もうとする者も少なくない。どうやらタバサさんはそれを心配してくれていたらしい。レドリーについては再会の仕方からしてその心配はないだろう。
タバサさんはそれから、レドリーに向き直って笑顔になる。
「……すみません、ご挨拶が遅れました。私はタバサ・スペンサーと申します。リュシアンさんとはかれこれもう『3年程』、ほぼ毎日よくして頂いてます」
「……? よろしくっスよ、タバサさん。ええと……兄貴とは、自分がこの街に来てからすぐに知り合ったので……確かもう5年くらいの関係? に、なりまスよね? ね?」
タバサさんの自己紹介に対応するようにそう言うと、レドリーは俺に尋ねるように見上げた。
「ああ、うん。そうだな。それくらいだな」と俺は答える。
「……ぐ、ぬぬ。……こほん。それで、今日はどのような依頼をお探しなんですか?」
タバサさんは俺達のやりとりに何かを言いたげにしていたが、やがて堪えるように頷くと元の表情を取り戻してそう言う。
「ええと、ですね――」
それから俺はタバサさんに今の状況を説明していく。
◇◆◇◆◇
「――なるほど」
俺とレドリーの話を聞いた彼女は、依頼一覧を眺めながら少し考える。
「レベル20台で2人組となりますと……本当はもう1人欲しいところですけど、一般的には7層か、8層あたりに行かれる冒険者の方が多いですね」
「ね? 兄貴、自分の言った通りっスよね?」
したり気な表情で、レドリーが俺を見上げる。
「でも、聞くところによると、お2人は久しぶりにお会いしたらしいですし、そんな状態での2人組初日だと、5、6層の方が良いかもしれませんね。特にリュシアンさんは、5、6層に行くのも久々の事でしょうし」
「……な、俺の言った通りだろ?」
「む」
レドリーは少し唇を尖らせる。
「そうなりますと……43地区迷宮の依頼なんてどうでしょうか。6層での蜥蜴戦士駆除の依頼です。8匹の駆除をお願いして、2万ガルドの報酬です。お二方分受けられるなら、16匹で4万ガルドという事になります。こちらも本当は、3人目がいて欲しいところなんですが……」
「2万ガルドっスか……うーん、厳しいっスけど、一回様子見って事を考えると仕方ないかもっスね」
昨日と今朝の様子を見るに、レドリーにしても食費がそこそこかかるというのもわかっている。だからこそ彼女も7層以上の依頼を望んでいるのだろう。
少しばかり思う所がある表情をしながらも、やはりタバサさんの言に腑に落ちる部分もあるようで、そう返す。
このあたりの地区における、5、6層の依頼報酬の相場は2万ガルドならしい。一方7、8層の依頼になれば報酬は一気に3万ガルドまで跳ね上がるとの事。
その1万ガルドの差は、あまりにも大きい。
俺としてもアルカさんの食費の事を考えるともう少し欲しいのだけど……それでもやはり早まるのは怖い気がする。
「悪いな」
「いえいえ。……うーん、でもやっぱり、兄貴の昨日のあの感じなら、もうちょい先も行ける気もするんですけどねぇ……10層とか」
ぐでぇ、と窓口に肘と顔をつけながら、レドリーはうな垂れる。尻尾と耳が力なくだらりと下がる。
「……流石にそれは、止めておいた方が良いかと思いますけどね」
タバサさんはそう苦笑しながらも、依頼書を見せながら説明してくれる。
「参考までにですが、10層……となりますと、例えばこの36地区地下迷宮の赤鬼の駆除、これがだいたい6匹の討伐で4万ガルドの報酬になりますね。それから44地区で、ホブゴブリン、こちらは7匹をお願いしていて、3万8千ガルド。これらの依頼なら、ドロップアイテム次第で、昨日リュシアンさんが言っていた5万ガルドに届くかもしれませんけど」
とタバサさんは言う。
「……でも今のお二方のレベルですと、さすがにまだお勧め出来ないですかね。どちらかお一人でもBランク程度……そうですね、レベル40を越えられているか……あとは分配のせいで、稼ぎはかなり下がっちゃいますが、4人組以上を組めば可能かもしれませんが……そうでない以上、やはり止めておいた方が無難だと思います」
「……むぅ。難しいっスかねー。いける気もするんスけどねー……」
残念そうな表情をしながら、レドリーはそう言った。
(……レベル40、か)
一方、レベル48の俺は口に手をあてて考える。
もしかすると、と思った。
もしかすると、目標としていた5万ガルド、稼げるかもしれない。
勿論ブランクはある為に、今すぐにという訳にはいかないだろう。しかし慣れればそのうち、それだけの報酬の依頼をこなす事が出来るようになるのではないか。
……そう思うと、なんだか希望が見えてきた気がして、少しばかり心が軽くなった気がした。