23 作戦会議(ミーティング)①
翌朝。
宣言通り朝早くから俺の家にやってきたレドリーに連れられ、俺達3人は朝食を取りに出かけた。酔っていて昨日の約束を覚えていないのではと少し心配だったが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
レドリー行き着けの、安くて旨い定食屋との事だった。
安いなら助かるかとも思ったが、そんな事は無かった。いくら1杯の値段安かろうが、量を食べれば高くなる。
朝から『カツ丼』を食べだした2人は止まらなかった。
豚肉を衣を包み揚げた物を、米の上に乗せて、鶏卵でとじた具で覆った料理。『ドンブリ』というとどうも男の食事という印象が強いものの、アルカさんもレドリーもがつがつと食べ続けた。レドリーは8杯程どんぶりを空にしたところで充たされた表情になり、アルカさんは13杯程空にしてしまったところで満足してくれた。
一方の俺は、朝はやはりほとんど食べない為に、軽く食べ、昼食用の弁当を買っただけに終えた。
「……」
財布が抉り取られるように軽くなっていくのを感じる。
この状況、本当にどうにかしなければならない。
飲食店を出て、アルカさんと別れたフリをして、剣の姿になってもらう。そのまま別れられるなら別れたいのだが、どうやらそれも出来ない相談だ。それからレドリーと共に、44地区の組合所へと向かった。いつもの組合所だ。
「でもアルカさん。本当によく食べますね……」
相談窓口で順番待ちをしている間、ロビーで俺の隣に座ったレドリーが苦笑いをしながらそう言う。
「ほんとにそうだな」
俺は腰に下げたアルカさんを気にしながら返した。レドリーも相当食べてはいるハズなのだが、それが霞んでしまう程にアルカさんは食べている。あれは異常だ。
「あの様子だと、食費、結構ヤバイんじゃないですか?」
「まぁ、結構……」と俺は返す。
昨日は結局、3食で4万ガルド強の金が飛んだ。
想定していた通り、1日5万ガルド程の稼ぎがなければ金が底を尽く計算になる。いや、むしろ上方修正しないといけないくらいだ。それだけの金額を稼ぐというのは難しい。だが、それをどうにかしなければならないのも事実なのだ。
金の事ばかり考えていると憂鬱になりそうだった。
少し焦りはあるものの、早まれない。今の状態で5万ガルドを稼ぐような依頼が達成出来る自信は無い。しばらくは赤字覚悟。
昨日ゴブリンを相手に圧倒出来たといえども、それでいきなり依頼の難易度をはね上げるというのは危険だろう。背伸びをして死んでしまえば、それこそ本末転倒という物だ。
早い内にそのレベルの依頼をこなせるようにならなければならないのだろうが、それは何も今日明日という話ではない。幸いまだ余裕はあるのだ。
……多分。
不安になって、もう一度考える事にする。
貯蓄があと130万ガルド強。
昨日の収支を考えるに、赤字がおおよそ2万ガルド。
さすがにレドリーと組むので、ゴブリン駆除の依頼を続けるつもりはないが、このままもしあのレベルの依頼を続けると仮定すると、残り2ヶ月から3ヶ月程で金が尽きる計算になる。
これに加えて、家賃や俺の食費と言った『生活費』、迷宮に潜るのであれば必要な『消費アイテム費用』など、色々とかかってくる。……あれ、これ結構やばくない?
……あるのか、余裕?
思わずさっき言った言葉を撤回したくなる。
しかし今日は、レドリーと組んで初日という事もある。金は欲しいが、2人組として、俺がどのくらい出来るのか、そして彼女がどの程度の能力なのかを把握する為の『準備』の為の日だと割り切った方が良いだろう。能力を見誤って事故を起こすのが一番怖い。
「ところでレドリーは、レベルいくつだっけ?」と俺は聞いた。
「昨日帰って見た時は、20だったっスよ」
「……マジか」
俺は少しばかり驚いてしまう。
獣人の成長がヒト種よりも早いのは知っていたが、いつの間にか彼女には1度、抜かれてしまっていたらしい。勿論、俺がアルカさんに会うまで、という条件付きではあるが。
「兄貴はレベル、いくつなんでス?」
「ああ、俺は4じゅー……」
そう言いかけて、慌てて言いよどむ。
「……お前と同じ、21だな」
それからそう言い直す。
何年も洞窟に潜っていなかった男が、それも、昨日久々に迷宮に潜ったような男がレベル48になっているなどと言えば、レドリーに不審がられるのは見えていた。幸いにも、レドリーに俺のレベルの事を話したのは3年前の事。森や浅い階層にしか入っていなくとも、3年間もあればレベルが3つくらいあがっていても不思議な事ではない。
流石に昨日の戦い方をした手前、彼女よりレベルが低いとも言いづらい。流石にそれでも色々と怪しいかもしれないが……レドリーなら大丈夫だろう。
レドリーが信頼できないという訳ではなかったものの、出来る限りアルカさんの事は周囲には隠しておきたかった。
冒険者の世界は、妬み嫉みの世界でもある。
他者より金を儲けたい、他者より良い生活を送りたい。他者に羨ましがられたい。そんな想いを胸に抱いてこの街にやってくる冒険者は多い。精霊と契約したなどと知られれば、誰に恨みを買われる事になるかわからない。そうなれば、何をされるかわかった物ではない。
「うわー、マジっスか。自分、もう兄貴をヌいてると思ってたんっスけどね」
レドリーは、と後頭部に手をあてながら『やられたー』と言いたげな表情を見せる。
(悪いな、レドリー。本当はもっと差があるんだよ……)
俺はそれに軽く笑い返すだけで、何も言わなかった。
昨日、自室に帰ってからステータスを確認した。基本的に迷宮に潜った後は、自分のステータス確認をする事にしている。しかし『ステータス確認札』に浮かび上がった文字は、レベルは48のままで、ステータス等もほとんど変わっていなかった。
ゴブリンと言えば、レベル12から20の冒険者を対象とした魔物。レベルが48になった状態であれば、さすがに10匹程度倒したところで大した経験値にもならないのだろう。それだけ安全圏の依頼をこなした、という事になるが。
「ねね、兄貴兄貴兄貴、レベル20台が2人で組むんでしたら、迷宮にもよりますが10層くらいまでの依頼なら行けたりしまスかね?」
レドリーは耳をぴょこぴょこさせながら、身体を揺らす。そう言った事を考えるのが楽しいかのように。
「んー、どうだろう。治癒術師がいるならともかく、前衛2人だろ? それにまだお互いの相性とかもよくわかってないし、最初は5、6層くらいで様子を見た方が良いとは思うんだが……」
「えー、兄貴、ちょっと弱気すぎません? 最低でもせめて7層くらいじゃないでス? そのレベルの依頼でアルカさんの食費稼げます?」
「あー、それは……」
痛い所を的確に突いてくる。
「自分としても、もう少し稼いだ方が自分の食費的にも助かるんですけど……」
「まぁ、うん。そうだよな……」
どうしたら良いものかな、と思っていると、窓口から番号が呼ばれた。
「順番が来たみたいだな」と俺は言った。「とりあえず、実際に依頼を見て、そこで考えてみようか」
「そうでスね!」とレドリーは言って立ち上がる。