22 振り返りとスキルポイント
『じゃあ明日の朝、家まで迎えに行きまスからねー!』
酒に酔ったレドリーを、37地区にある彼女の家まで連れて行く。赤ら顔でそう言い、尻尾と手をいつまでも大きく振り続ける彼女に俺達は別れを告げた。
結局、アルカさんは20皿近く食べた。
断ろうとするレドリーを制して、俺は金を支払った。どうしてもと引き下がらなかったので、俺は仕方なく俺の酒代だけは彼女に支払って貰った。
勿論、自分の首を絞めているという自覚はあったのだが……まぁ、それはそれで仕方が無い。レドリーも金は少ないらしく、困っている後輩冒険者に奢らせる訳にもいかない。そもそもアルカさんは俺の契約精霊な訳でもあるのだし。
「ご主人、『リューカ』というのは、本当に美味だったな」
俺の少し前を歩くアルカさんが言う。
昨日の今日だというのに、彼女はもう俺の家の場所を覚えているようで、俺が指示をしなくとも勝手に道を曲がってくれていた。
「だから『チューカ』ですよ、アルカさん」
「む、そうか……まぁ良い。余はあれが気に入った。ご主人、また先の店へ共に行こうぞ」
そう言って、満面の笑みを浮かべる。
清々しいまでの笑顔。まるで本物の子供のようだ。
確かにレドリー行きつけだというあの店の料理は美味しかった。あれだけの量を食べていなければ、俺はきっと喜んでアルカさんを連れ、またあの店を訪れていただろう。あれだけの量を食べていなければ。
「そうですね」と俺は返す。
だけど思えば、俺にしてもレドリーにしても、アルカさんに助けられた形になるのだ。彼女がいなければ昨日で俺は死んでいただろうし、そうなればレドリーも助ける事も出来ず、彼女もゴブリン達にやられていた事だろう。命は金よりも高い。いくら金を積んだ所で命には代えられないし、死んでしまえば貯蓄も使い道が無くなる。
そう思えば、食事を食べさせるくらいは安い物かもしれない。……いや、嘘だ。高い。さすがにこの出費は『ない』。出来ればもう少し抑えてくれれば嬉しい。
「……ところでご主人、先程から何を見ているのだ?」
そう言ってアルカさんは、レドリーの家を後にしてから俺がずっと手にしている1枚の紙を不思議そうに眺める。
「ああ、はい。スキルポイントで取得できる技能の一例を、組合に報告に行ったついでに貰ってきたんですよ。ほら、一角獣の件でレベルが凄くあがったじゃないですか。だから俺も、何か新しい技能を身に着けてもいいんじゃないかって思いまして」
俺はそう言って、一度道の端に腰を下ろし、彼女と共にその紙を覗き込む。
そこには様々な技能と、その技能の能力についての簡単な説明、そして取得に必要なポイント数が記載されていた。
スキルポイントによって、冒険者達は人間離れした能力や、並大抵の努力では身に付けられない技術を身に着けたり、技術を向上させたりする事が出来る。
『攻撃魔術』各種に『治癒術』、アイテムの『呪術鑑定』に『解呪』、『攻撃力向上』や『誘導催眠』などと言った魔法。
『暗視』、『脚力強化』に『麻痺耐性』などと言った根本的な身体能力の強化。
それから『忍び足』や『跳躍』、『自己暗示』と言った特殊技能。
『跳躍』については身体強化な部分もあるかもしれないが、その辺りは色々と曖昧である。
それらのような、地下迷宮探索が便利になるであろう技能だけでなく、『鍛冶』や『各種調合』『調理』などと言った、いわゆる生産系技能と呼ばれる、技術力の向上もできる。
他にも『絶対音感』や『天気読み』などと言った、冒険者向きかと言われると、少しばかり悩ましい技能も少なくはない。
もっとも、技能はあくまで補助。
いくら不器用な者が『初級裁縫技能』を取得したところで、長年縫い物をやっている者には勝てない。『調理』を覚えたところで、簡単に人気店を開く事は出来ないのだ。
「……ほう、それでご主人は、何を取得するつもりなのだ?」
「正直悩ましいところですね。なにしろ60ポイントも溜まっていますから、色々と出来ますしね」
「確かにの」
そうアルカさんが頷く。
レベルが一気に30もあがり、60ポイントもスキルポイントを取得したともなると、色々と選択肢に幅が出来る。
例えばまだ取得していない低位スキルを多く網羅し、汎用性の高い冒険者となり、多種多様な迷宮に対応できるようになるという選択肢。あるいは、要求するポイントの高い特殊技能を1つ身に着け、特化型に、あるいは珍しいな冒険者になるという選択肢もある。
前者は主に、ソロや少人数で迷宮に潜るという場合に向いている。
後者であれば狩り場を固定する場合、あるいはパーティーで役割を分担して迷宮の奥深くへと潜りたい場合に向いている、と思う。
基本的には前者で行くのがベターなのだろうが、それでも後者には後者の良さや、浪漫があって魅力的にも思える。
要求ポイントが高い便利スキルとしては、『魔物会話』や『体力自然治癒』に『気配察知』。『忍び足』の上位互換の『無音行動』。『遣い魔召喚』に至っては60ポイントも必要だ。『能力鑑定』や『姿隠し』と言ったスキルは更にポイントが必要で、今の俺のポイントですら取得できない。取得する人間などいるのだろうか。
他にも、『水中歩行』や『人形操作』など、高いポイントを要求する割には何に使うかわからないようなスキルも多い。『水中歩行』などは45ポイントもかかるのに、海に行くわけでも無い冒険者にとっては完全に『死にスキル』だ。
レベルの高い技能を身に着けていれば、色々なパーティーから声がかかる。
冒険者の中には、こう言った要求ポイント数の高い技能を低レベルで真っ先に手に入れ、どこぞの強いパーティーに雇って貰おうとする人間もいる。もっとも、そんな事をしても本来覚えておくべき技能を覚えていないという事で『無能』扱いされるのがオチなのだけど。
(やっぱり各種の『耐性』を手に入れておくのが無難だろうな……ううん、でも後々深い階層に潜る事を考えれば、どこに魔物がいるのか見なくてもわかる『気配察知』とか『無音行動』とか覚えておけば、不要な戦闘も避けられるしな……)
そんな事を考えていると、ふと、アルカさんに笑われた。
「楽しそうだな、ご主人」
「……そうですか?」
「気付いていなかったのか? 今の顔はとても満たされているという顔をしておったぞ。迷宮に潜るのが怖いと言っておってたのにの。それとも今日でその不安も払拭されたのか?」
「……」
誰の為に迷宮に潜らなければならないのか。
そう咄嗟に思ったものの、俺は今、スキルの事を考えている時に、彼女の為に迷宮へ潜るのだという事を思っていただろうか。嬉々として技能の事を考えていなかっただろうか。
……いや、勿論、金を稼がなければいけないとは考えてはいた。今朝から金の事ばかりを考えている。しかし技能の事を考えている時、俺はそれだけではなく、冒険者として心の昂ぶりを感じていたようにも思えてしまう。
あれだけの怪我をして、仲間を失い、昨日までは迷宮に入る事を躊躇していたというのに。
「……」
しかしそんな思考は、突如、ぐぅぅぅ、と大きく鳴った腹の音に遮られてしまった。
その音は俺からではない。目の前にいるアルカさんの腹から聞こえたものだ。俺と目が合うと、彼女は少し顔を赤らめる。
「……もしかして、あれだけ食べたのにもうお腹が空いたんですか?」
「……精霊は空腹を感じぬと言ったろう」
アルカさんは恥ずかしさのあまりか、俺から眼を逸らしながら言った。
「前も言ったと思うが、精霊には満腹という感情はあっても、腹が減ったとは思わぬ。食べなくてもニンゲン達と違い死なないからの。……だから、これは……うぬ。それでも、まだまだ入るぞと言う報せだ。まだまだ入る」
「……足りないんですか?」
「うむ、まぁ……そうだな。今日はまだ2食しか食べておらんからの。ご主人、ご主人の家の近くに『チューカ』の店は無いかの? 無いのであれば昨日の麺の店でも良いのだが……」
「……」
身体からさあっと血の気が引いていくのを感じながら、俺は先程の思案を一旦棚上げする事にした。
迷宮に潜りたいだとか潜りたくないだとか。
冒険者としての心の昂ぶりがどうのこうのとか。
そういう事は抜きにして、とにかく今は、この暴食精霊の為に稼がないといけない。このままでは間違いなく、金がいくらあっても足りない。
……結局、次に入った店でも、アルカさんは料理を10皿程食べた。