21 打ち上げ②
レドリーのその唐突な行動に俺は驚く。一方のアルカさんは、机ががたりと揺れた事に不快そうな顔をしたが、すぐさままた食事へと戻っていく。流石は精霊、簡単な事では動じない。
「レ、レドリー……?」
「身寄りの無い少女を引き取るばかりか、その子を養う為に金を稼ごうとする……流石っスよ兄貴! 自分、感動しました。やっぱ兄貴は格好良いっスね。皆、兄貴の事『完全に腐っちまった』とか、『アレはもう駄目だ』とか言ってて、自分も若干そうなのかなーとか思ってたんスけど、やっぱり兄貴は兄貴でしたね!」
「ああ、俺やっぱりそんな風に思われてたんだ……」
そう俺は返した。
ダラムの街では、ほとんどがこの街中とその周辺で世界が完結してしまう為に、この街の者は外の世界にはほとんど興味が無い。冒険者達の興味の対象は、もっぱら同業者達の事だ。
やれ誰が死んだ、誰と誰が殺しあった。誰がどの階層まで潜る事に成功した。どこのクランが力を持っている。アイツには逆らわない方が良い。などなど。俺は別に有名だった訳でも無いけれど、やはり俺の事を知っている冒険者達の間では、時々思い出したように話の種になるらしい。
「兄貴も大怪我してあんな事にもなりましたし、もう迷宮の奥に戻ってくるのは気持ち的にも難しいんじゃないかなーと思って心配してたんスよ。それがこうして戻ってきてくれた。それが自分、本当に嬉しいんでスよー!」
先程から妙に饒舌になっているのは、酒に酔っているからだろう。
顔がほんのりと赤くなり、尻尾が妙に早いペースで左右に揺れている。
「そこでなんですけど、兄貴、自分とパーティー組んでくれないッスか?」
がしっと、唐突に彼女は俺の手を掴んで言った。
勢い良く迫ってきたせいか、顔が近い。
「パーティー?」
彼女の顔の近さに、どぎまぎしながら俺は聞いた。
レドリーは美人と言うよりも、愛らしいというか、可愛らしいという表現が似合うのだが……とにかく、愛嬌のある顔立ちをしている。その上、背は低いにも関わらず、胸にはそれなりの膨らみがあるので、そう近づかれると色々と目のやり場に困ってしまう。
「自分、カレンが死……いなくなってから、正直しばらく家の中で凹んでたんスよ。でも、生きている以上、どうしても飯は食わなきゃいけないじゃないでスか。それで、やっと少し前から色々と活動再開してたんスけど……群れに会っちゃうとやっぱり単騎じゃどうしても難しくって。今日だって、2人組で潜ってた時より、かなり依頼のランクを落としてゴブリンを相手にしてたのに、死にかけましたし……」
尻尾と耳がしゅんと垂れ下がる。
確かに、単騎では迷宮に潜るのにも限界が出てくる。
『単発』でも、ある程度の報酬を望めば、必然的に迷宮の深くに潜る事になる。
となると、魔物のレベルも必然的に高くなってくるし、群れに遭遇する危険性や罠にひっかかる可能性も増える。単騎よりも、同じ『単発』依頼を受けた人間どうしでパーティーを組んだり、同じ依頼を何人かで共有し、報酬を山分けした方が、はるかに安全で効率が良い。
「それで、色々と新しい相方を探そうとしてたんスけど、なかなか上手く見つからなくって。どうしようかと困ってたら……そこに兄貴が復帰するって言うじゃないですか! これはもう誘わなければって感じじゃないっスか! ね、どうです? 今の話ですと、アルカさんの為にもお金が必要なんでしょう? ……それとも、誰かもう他にアテとかありましたか?」
「いや」と俺は言う。「そんな事は無いけど……」
「だったら一緒にやりましょうよ! 今日は思いっきりミスっちゃいましたけど、自分、これでも前にカレンと組んでた時は、2人だけで28地区迷宮9層まで行けた事もあるんスよ?」
この通り、と言った感じでレドリーが手を合わせて頭を下げてくる。
「頼みますよ兄貴! このままだとほんとキツいんでスよ。ほら、自分やっぱり獣人なんで、ヒトよりもどうしても食費かかるじゃないっスか。だからほんとは今日のゴブリンよりも、もっと稼ぎたいんスよ。だから兄貴、お願いしまス、一緒にパーティー組みましょう!」
「……」
確かにそれは、魅力的な誘いではあった。
アルカさんの食費の事を考えると、深い階層へと潜っていかなければいけない。そうなると、パーティーを組んだ方が何かと便利で安全だ。いくらアルカさんの力が凄いからと言って、流石に1人で6層以降に潜るのは難しいと思う。
正直、出来る事ならばそれでもソロでやりたい。あまり誰かを巻き込みたくない。
だけどパーティーを組まなければまた、金を稼ぎづらいのも事実だ。稼げなければ、俺が死ぬ。
いずれは誰かと組む必要があるのであれば、知らない人間よりも勝手知ったる者の方が連携も取りやすい。それにレドリーなら、ある程度の力がある事もわかっているし、信頼も置ける。
「……ありがとう。でも俺、結構ブランクあると思うから、足引っ張るかもよ」
「……という事は? 組んでくれるって事っスか?」
「ああうん。まぁ、何回か試してみて、それでお互いに上手く行くようだったらだけどさ」
「う、うぁぁぁぁ~~~!! ありがとうございますー!」
レドリーが感極まったという風に声をあげる。
それから、彼女は新たに運ばれてきたビールを、一気に飲み干した後、これ以上ないというくらい嬉しそうな表情をして――俺に抱きついてきた。
「なっ!」
「兄貴ー! ありがとうございますー! 兄貴となら、きっとこれでまた食費を気にせずに済みますよ! あー嬉しいなぁ!」
「ちょ、ちょっと、待て、レドリー、近い、近い近い!」
「いいじゃないですかー! 嬉しいんですよ、喜んでいいじゃないですか。あーやっぱ兄貴は兄貴っス! ほんと助かるっスよ! これでまた先輩後輩で組めるんスね!」
「お前、完全に酔ってるだろ」
そう俺は言った。
「明日になったら覚えて無いとか言うんじゃないだろうな」
「む。言いませんよー、言う訳ないじゃないでスかー! 兄貴こそ忘れないで下さいっスよ。約束ですよ、これ。契約ですからね!」
顔を真っ赤にさせながら、頬をすりすりと摺り寄せてくる。
完全に出来上がっている。そういえば彼女はあまり酒に強くないハズなのに、今日は既にもう何杯も飲んでいた。
レドリーがここまで酔う姿を見るのは初めてと言っていいかもしれない。彼女は自分が酒に弱い事を知っているハズだし、何より今まではカレンが止めてくれていた。その酔い方を見るに、カレンを失った事で色々と溜め込んでいたのかもしれない。
「兄貴ー! 私達、相方失くしてる者どうし、ぜぇったい、良い2人組になりましょうねー!」
「わかった。わかったから離れろって……ってお前、本当力強いな。全然離れねぇ」
「そなたらは、何をしておるのだ……」
アルカさんだけでなく、段々と、店内からも冷ややかな視線が集まってくる。レドリーを引き剥がそうと必死になるものの、獣人の力は強くてなかなか離す事が出来ない。いくら精霊と契約したからと言って、俺自身が強くなった訳ではないという事を思い知らされる。
くっついて離れようとしないレドリーからは、ビールの臭いと、ほんのりと甘い良い匂いがした。そして押し当てられるやわらかな膨らみに、俺はどぎまぎしてしまう。
しかしこうして、俺にはまたパーティーが出来たのだった。