20 打ち上げ①
「アルカさん、めちゃくちゃ食べるっスね……」
レドリーに連れて来られた飲食店。そこで彼女は、アルカさんの食欲に驚いていた。
あの後1度解散して、組合に報告をしてからまた集合した。彼女のお勧めだという中華料理店に辿り着いた時には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
本来であれば、レドリーは酒場に連れて行ってくれる予定だったらしい。
しかしアルカさんがいるからと場所を変えたのだそうな。それが良かったのか悪かったのかと言えば……おそらく、悪かったのだ。
どこにあるかは勉強不足なので知らないものの、遠き『華の国』発祥だというその料理達から香る香辛料の匂いは、アルカさんの食欲を大変刺激する事となってしまった。
「ん。……すまんが、もう一杯同じもの頼むよ。あとこの、白魚とトロロの昆布スープと、麻婆豆腐丼もくれないか」
アルカさんが空いた皿を持ち上げ、店員へと声をかける。店員もレドリーも、まだ食べるのかと口をあけて彼女を見る。彼女と知り合ってまだ2日目の俺も、その光景に思わず顔を覆いたくなってしまう。もう既に、彼女は13皿程を、1人で平らげていたのだ。
「……すまんレドリー。ちゃんと俺が払うから」
俺の隣の席で呆然としているレドリーに、俺はそう言った。
着替えて来たらしく、青いロングスカートに、白色のシャツを着ている。束ねていた髪もほどいている。彼女がどうして鎧や大剣を持てるなどと想像出来ようか。スカートには後ろに穴が開いているらしく、そこから尻尾が出ていた。
獣人のレドリーも、基本的には食欲旺盛である。俺は炒飯と唐揚げですぐに腹が張ったのだが、レドリーは米のみならず、麺も含めた8皿を食べ終えたところでようやく満足したようだった。それでも相当な物だとは思うのだが、しかしそんな彼女でさえ、アルカさんの食欲には敵わない。
俺達はぼんやりと雑談をしながら、アルカさんが食事を終えるのを待っていた。しかし一向に、彼女が食事を終える気配は見えない。彼女の腹の中は、どうやら地下迷宮並みに広いらしい。
「いや、大丈夫っスよ、大丈夫ですから、兄貴」
ぶんぶんと手を振りながら、レドリーはそう言った。
「自分が奢るって言った以上、自分が払いまス。それに、こうして今ここにいられるのは兄貴のお陰なんスから。出させて下さいッス」
そうは言いながらも、若干涙目になっている。
まさか自分よりも小さな、見た目がヒト種の(ように見える)子供が、獣人の自身よりも食べるなどとはつゆにも思っていなかったのだろう。隠れるようにして、こっそり財布の中身を確認した彼女は小さな声で「ヤバい」と呟いていた。
やはりここに来る前に銀行で金を下ろしてきて正解だった。元々、後輩である彼女に奢られるつもりなど毛頭なかったのだが、やはりここは俺が払うべきだろう。
今日の儲けは、全てで1万8千ガルドになった。
依頼報酬に、ゴブリンの持っていたアイテム、冒険者の死体から回収した物を売って出来た金を加えるとそれだけになった。ここ3年のうちではかなり稼いだ部類に入るが、それでもアルカさんの朝食費だけで消える事になる。夕食の費用を考えると完全に赤字だ。
今日は元々黒字を出す予定などなかったが、それでも、先が思いやられてしまう。
わかってはいたが、金を稼ぐというのは大変な事なのだ。
「はい、お待ちどうさまです」
アルカさんの前に、天津飯が運ばれてくる。
まるで芙蓉の花のように仕上げられたカニ玉に、とろとろのあんがかけられている。非常に重さを感じるソレを、アルカさんはどうやら気に入ったらしい。先程からずっと、同じ物を頼み続けている。彼女は運ばれてきたソレに目を輝かせながら、料理をかき込んでいく。
「美味い、美味いぞごしゅ……ん……リュシアン、ふぁん。ふぉの、ふゅーふぁふぉ……」
「はいはい、ちゃんと飲み込んでから喋って下さいね」
「ん。……このリューカと言う食事は非常に美味だな」
「『チューカ』ですね、アルカさん」
「む、そうか。まぁどうでも良い。薔薇は名前が違っても美しさが変わらぬよう、これがなんという名前であろうが、美味しさは変わらぬよ」
(またよくわからない比喩を出してきて……)
しかし、どうやらこの様子だと、彼女は『中華』の事を知らなかったらしい。食べる事が好きだと言っていたが、彼女は一体前の持ち主の元では何を食べてきたのだろうか。気になる所ではある。もっとも、『中華料理屋』など、このダラムの街では珍しい物ではあるのだが。
「……にしても、凄い美人さんっすね」
そうレドリーが俺に耳打ちしてくる。美人、というのはアルカさんの事だろう。本人は既に料理を食べるのに夢中なようで、こちらを気にする様子も無い。
「ああ、うん。そうだな」
確かにアルカさんは、幼いながら、かなりの美少女に見える。喋らず、食べず、剣にならずにいれば絶世の美人といえるのではないだろうか。俺が昨日初めて彼女を見た時に目を引かれたのも、彼女の美しさからだった。
「自分、聞いてないっすよ。兄貴がこんな子を引き取っただなんて。いつからなんスか?」
「昨日から、だな」
「昨日……マジっスか?」
そうレドリーが声を上げた。
「?」
アルカさんが、咀嚼しながら一度ちらと俺達の様子を伺ったが、すぐに興味を失くしたようでまた天津飯を食む事に集中する。今、新しい物が来たばかりだというのに、もう半分以上平らげている。この様子だと、きっとまだまだ食べるだろう。
……本当に、この精霊はどのくらい食べるつもりなのだろうか。
「どなたの子なんすか? 自分の知ってる人っスか?」
「いや、知らない人」と俺は返す。
そもそも彼女はヒトでは無い。
それに、精霊に親なんているのだろうか。
俺が少女を引き取ったという事に、レドリーは興味津々といった感じだった。次々と飛んでくる質問に
、俺は適当にそれらしい作り話を並べていく。両親が死んで身寄りの無くなった彼女を、俺が引き取る事になった。そんな作り話を、レドリーは信じてくれた。
「……じゃあもしかして、兄貴は今日久しぶりに迷宮に潜ったって言ってましたけど……それってアルカさんの為なんでスか?」
「ああ、うん。そうだな」
そう俺は返す。それについては嘘はついていない。
「どうしても入用になってくるし、これからも潜ろうかなと思ってるよ」
主に、食費とか食費とか食費とかの為に。
「……偉い! 偉いっスよ! 兄貴!」
レドリーはそう言うと、勢い良く立ち上がった。
尻尾や耳をぴんと立てて。
天津飯は一応日本の料理ならしいですね。