02 ロリ精霊と彼女の頼み
レジェンド級アイテム『精霊の指輪』。
その指輪は、精霊との交感、つまり会話を可能する為の、かなり珍しいアイテムだったらしい。
そのせいで姿が見えてしまったのだと、その精霊、アルカさんは教えてくれた。
「そなたも余も運が良い。余が見えるくらい力のある人間は、普通はこんな森の奥深くには来ないからな。皆、こぞって地下迷宮へと行ってしまう。お陰でもう何年も会話が出来る者に会えずに困っていたのだ。リュシアン、そなたがその指輪を拾ってくれて本当に良かった」
子供の姿の割には、かなり大人びた喋り方をする精霊だった。
もちろん精霊なのだから、人間には考えられない程の時を生きているのだろう。しかし彼女はどこか舌足らずな喋り方で、可愛く聞こえてしまう。
彼女は俺を見上げるような形で、泉の上に、水の上に立っていた。
精霊が霊体であるからこそ出来る芸当だ。
「本来なら余の裸姿をニンゲン如きが覗き見るなど、万死に値する事。即刻その首を刎ねても良い所なのだが……まぁ、今は余も、少しばかり困っておる身での。頼み聞いてくれるのであれば、見逃してやっても良いというものだ」
目線は下からだと言うのに、かなり上からな物言い。
しかし精霊とは、本来そのような物だろう。
彼女の言うように、その場で命を取られなかっただけマシだとも言える。
ちなみに、彼女は今はもう裸では無い。
黒と赤の、華美なドレスをその身に纏っていた。俺の姿を確認するなり、彼女は身体を光の粒子に包ませたかと思うと、次の瞬間にはもうそれを着ていた。
おそらく精霊は、自分の衣類を生成する事くらい造作もないのだろう。
そんな魔力を持っているのだ。
人間の首を刎ねるなど容易いはずだ。
「頼み……なんでしょうか?」
と俺は聞くが、命令に近いはずだ。
逆らえばきっと、殺されてしまうだろう。どうみても子供姿をしたその可愛らしい精霊に、生殺与奪の権を握られている事に、少しだけ背筋が冷える。
「余は剣の精霊。本来なら剣の姿をしておる」とアルカさんは言った。
「剣精霊、ですか……」
そう俺は返す。
読んで字のごとく、剣の精霊。その姿を強力な剣に変えるという精霊。噂でしか聞いた事がなかったが、本当に存在するとは。
「余の剣としての本来の姿が、この泉の中に沈んでいるのだよ。前の所有者が死を前にして、この泉の中に余を流したのだ。独占欲の強い小者だった。大方、他の者に使われたくなかったのだろうな」
そうアルカさんは憎憎しそうに言った。
「本来ならそんな事をした所で、ヒトの姿になり自由に動けるハズなのだが……この泉は少しばかり霊力が高くてな。こうして魔力によって、水の上に姿を投影する事しか出来ないのだ。だからこれは確かに自分ではあるのだが、余の本体では無い。……わかるか?」
「なんと、なくは……」
そう俺は答える。今俺が見ているのは、本当は泉の奥にいるアルカさんの映し出した虚像、という事だろうか。先程から彼女が泉の上から出て来れないのは、そのせいだろう。
「つまり、泉の中からアルカさんを出せば良いと?」
「そういう事だ。理解が早くて助かる。……きっとこの泉から出れさえすれば、余はまた自由を手に入れられようぞ。リュシアン、余はもう何年も、水浴びくらいしか出来ていないのだ。ここから出してくれまいか?」
うんざりしたようにアルカさんは言った。
「……助けて自由になった後、俺を殺しませんか?」
「そのような事はせぬ。余はそのような下らない者ではない。約束は護る」
頼む、リュシアン。
そうアルカさんが頭を下げる。まさか人生で、精霊に頭を下げられる日が来るとは思わなかった。しかしそれだけ、彼女が切羽詰っていると言うことだろう。
それに対して、俺は頷くしかない。
それより他無いのも事実だ。
「……わかりました」
「うむ。ならどうか頼むぞ」
そう言うと、目の前のアルカさんは光の粒子になって姿を消した。俺は服を脱いで泉に潜ると、剣を探した。決して深い泉ではないので、その剣はすぐに見つかった。しかしアルカさんに言われなければ、そこに剣が落ちている事など、誰も気付かなかったであろう。
剣は、彼女の着ているドレスそのままのデザインかのような、黒と赤色の片刃剣だった。片手で持てる程の大きさのものだった。
泉の霊力が強いと彼女は言ってはいたが、俺にはどうやら関係の無い事のようだ。あまりにあっさりと探し終わってしまった事に、俺は拍子抜けすらしてしまう。
泉からあがり、その剣を地に置く。
すると剣はすぐ様、光の粒子となり消滅し、すぐに先程の少女が現れた。
「んー!」
アルカさんは大きく伸びをした後、地面の感触を確かめるようにがしがしと地を踏みつける。それから満面の笑みを浮かべて俺を見た。無邪気に笑うそれは、まるで人間の子供のようだった。
「やっと出れたぞ。感謝するぞリュシアン」
「ええ。良かったです」と俺は言った。
「ああ、これで余はまたダラムの街へ行く事が出来るぞ」
「……街へ行ってどうするんですか?」
「決まっておろう。当然、飯を食べるのだ! ショクドウで飯を食べるのだよ!」
屈託の無い笑みで彼女は答える。
ショクドウ、というのは人間の『食堂』の事だろうか。
何が決まっているのか、そして何が当然なのかはわからない上に、そもそも精霊が食事をするなどとは聞いた事も無い。本来は姿の見えないはずの精霊が、どうやって食事をするのか気になる。
「精霊が、食事をするんですか?」
「しなくても良い。精霊はニンゲンと違って食事をせずとも生きていけるのでな」
そう彼女は言った。
「しかし一度食べて以来、余は食事という行為の虜でな。ニンゲン達が何故そうも食事に拘るのか、なぜ争いが起きるのかよくわかった。食というのはなんとも素晴らしい物だな。そうは思わないか、リュシアン?」
「は、はぁ……」
「そうだリュシアン、そなたは美味しい食事処をどこか知らないか? 何しろもう何年も街へ顔を見せていない。街の様子もすっかり変わっておる事だろう」
「あ、ああ、はい。……それならいくつか、美味しい場所を知ってますよ」
まだ生殺を握られている状態ではあるので、『知らない』で通しても良かった。しかしアルカさんはどうも、俺に対して敵意を持っている様子もなく、また、彼女のような精霊がどうやって食事をとるのかについて、ふと気になってしまった。だから俺はそう口にした。
「おお、そうかそうか」と彼女は満足そうに笑う。「ところでそれは、何を食べる店なのだ?」
「ええと、1つはですね――」
そう答えかけた時だ。
けたたましい魔物のいななきが、あたり一面に響き渡った。俺の言葉はその鳴き声に、言葉を止める。慌てて音のした方向へと視線を向ける。そこに見えた魔物の姿に、俺は思わず絶句してしまった。