19 食前
「リュシアンさん!」
迷宮から地上に出た所で、ふと甘ったるい声をかけられた。
次いで、ぼふん、と身体に軽い衝撃がやってくる。見ると、金色の髪をした背の低い少女が俺の身体に抱きついてきていた。
……勿論、アルカさんだ。
迷宮を出る直前に、腰に刺さっていた黒赤の剣が光の粒子となって消えてしまったのには気付いていた。どうしたのかと思ったのだが、まさかこういう事をしてくるとは。
「おかえりなさい。待ってたんですよ? 怪我は無いですか?」
「……」
いかにも『私は無邪気です』とアピールしたげな声と表情で俺の腰に抱きついたまま、アルカさんは俺を見上げる。舌足らずな声がそれを一層際立たせる。
抱きつかれた柔らかな感触がとてもくすぐったくて、そして背筋が寒くなる。
『どうだご主人、自然な流れで合流すると言ったろう?』
にこにことした表情で、思念を飛ばしてくるアルカさん。
「……は、離れて下さいよ」
と俺は彼女の耳元で小さく言う。
『別に照れなくても良いではないか。なに、先程までもずっとこうして傍にいたのだ。何を気にする必要がある』
「それは剣としての姿での話でしょう?」
『どちらの余も、余には違いなかろうに』
「大違いですよ」
と俺は小さく言いながら、彼女の肩を掴んで離れて貰う。
心臓が高鳴っていた。女性に、子供とは言え女性にそのように抱きつかれた事など、もういつぶりの事だろうか。そもそもそんな経験はほとんど無い気もする。
『ふうむ。ご主人は誠に初心だのう……』
彼女は俺の反応を見て笑いながら思念を飛ばしてくる。からかわれている。
「……兄貴、その子は誰なんです?」
先程から俺の隣にいたレドリーが呆然とした表情で聞いてくる。どうやら彼女は俺の腰から剣がなくなっているという事に気付いていないようだ。それだけアルカさんに驚いているのだろう。
「ああ、えっと……」と俺は首を掻く。
『上手く話を合わせい』
「わかってますよ……。ええと、知り合いの子で、アルカさんっていうんだ。しばらく俺が預かる事になっててな」
「そう、だったんでスか……」
示すようにレドリーに彼女を紹介すると、彼女は目を見開き、不思議そうな表情をしながらそうぽそりと声を出す。
「こんにちは、アルカさん。自分、レドリーって言いまして、兄貴……えっと、リュシアンさんには、自分が冒険者になりたての頃からお世話になってまして、クランも一時期一緒だったんでスよ」
レドリーはそうアルカさんに言った。
アルカさんもなかなかに小さいが、レドリーも結構小さい。百四十センチ以下と、百四十五センチ程度。レドリーは低身長なのに重そうな甲冑や大剣を易々と持ち上げるのだから、やはり獣人という種族は凄い。
童顔ではあるものの、一応レドリーの方が背が高く、また年上のように見えるので、彼女はそう言った対応を取る。実際の所は、アルカさんの方が年上だろう。何歳かは聞けてはいないが、彼女は相当長い年月を生きているハズだ。
「余は……私はアルカ、です。いつもごしゅ……リュシアンさんがお世話になってます」
アルカさんは早速ボロを出しかけながらも、猫をかぶるようにレドリーにそう言い、それから俺を見た。
「……リュシアンさんも、無事で本当に良かったですよ。早くご飯を食べに行きましょう?」
「ああ、それだったら、アルカさんも一緒にどうです? 実はこれから、リュシアンさんに食事を奢らせて貰う予定なんでス。もしよかったらアルカさんもどうですか?」
「え、いいんですか……?」
「はい。リュシアンさんとご一緒に。せっかくなので奢らせて頂きますよ」
わざとらしく首をかしげるアルカさんに、レドリーは邪気の無い笑顔を見せる。ああ、物の見事に釣られてしまった、と俺は思う。
それを聞いたアルカさんの口角が上がっていくのが俺にはわかったからだ。
とても悪い顔をしている。