17 後輩冒険者①
「兄貴……リュシアンの兄貴ですよね!?」
そう彼女は声を上げて、それから彼女は兜を外した。
「……レドリーじゃないか」と俺は返す。
「そうです、兄貴。お久しぶりっス!」
死の危機から解放されて安心したような、そして久しぶりに俺に会った事を喜ぶような、そして何故俺がこんな場所にいるのかと困惑しているような。
それらの感情が混ざりあった、複雑な笑みを浮かべる彼女は間違いなくレドリーだった。男のような名前だが、間違いなく女性である。
背は低く、百四十五センチ程度。肩甲骨のあたりまで伸びる黒髪を後ろで1つに束ねている。
ヒトの姿や顔をしているが、頭の高い位置には、ぴょこんと獣の耳、イヌ種の耳がついており、腰の低い位置には大きな尻尾が生えている。ヒトの血の濃い獣人であり、彼女は狼人間にあたる。本当は本人曰く『ライカンスロープ』ではなく『ルー・ガルー』という種類なのだそうだが……その辺りの違いは俺にはどうもわからない。
背が低い割には重装備をしているなと思っていたが、獣人であれば納得できた。
彼らは人間よりもはるかに力を持った種族だ。細い身体には筋肉があるようには見えないものの、俺は彼女に一度も腕相撲で勝った事が無い。そういうものらしい。兜もよく見れば、獣人用に耳のある物だった。
5年前、街に来たばかりの初心者だった彼女を、当時所属していたクランで一緒になった俺は、冒険者の先輩として簡単な手ほどきをしてやったり、パーティーを組んでやったりした事がある。
それ以来、何かと彼女は俺の事を『兄貴』と呼び慕ってくれている。クランが自然消滅した後でも、彼女は定期的に俺をパーティーに誘ってくれていた。
確か今年で18歳になるはずだ。
ここの所会ってなく、最後に会ったのは確か半年程前だったが……その頃より更に痩せたような気がする。
「……お前、こんな所でどうしたんだ?」
そう俺は聞いた。
「いやぁ、ゴブリン駆除を受けてたんですけど、どうも集団に当たってしまったようで……。失敗っス。何匹かは倒せたんですけど、次々に集まってきてほんとキリなくって。ほんっと危なかったんで助かりましたっスよ」
後頭部を掻きながら、レドリーは苦笑いをした。
その額からは血が出ていた。
俺は周囲から魔物の反応が無い事を確認すると、慌ててレドリーを座らせ、その額に治癒魔法をかけた。初級魔法でしかないが、止血や痛み止めにはなるだろう。
「いやぁ、すみません。即時回復薬も切らしちゃってまして……」
たはは、とレドリーは言う。
少人数で活動する事の多い冒険者であれば、基本的には治癒魔法は必須スキルだ。しかし獣人である彼女は魔法を覚える事が出来ない。だからこそ市場では即時回復薬が高値で売れたり、契約治癒術師が重宝されたりする。
回復手段の無い冒険者など、死にに行くようなものなのだ。
「……お前、ソロで来てたのか?」
そう俺は聞いた。
「カレンはどうした? 一緒に依頼を受けてるんじゃないのか」
「ああ、兄貴は知らないんスよね。アイツは先月……」
「……そうか」
言いよどんだレドリーの言葉で、俺は理解する。
死んだのだ。
レドリーと、ヒト種であるカレンは、この街に来た時期も、冒険者になった時も、年齢も同じで、俺達のクランに入ったのも同時だった。
『同期』という事で、異種族ながら気が合った2人は、レドリーは『剣士』として、カレン『治癒術師』として、だいたいいつも2人組で行動していた。レドリーと同じく、カレンの世話をしたのも当時のクランマスターや俺だった。
クランが自然消滅してからも仲の良い彼女達2人は組み続け……半年前、俺が彼女達に頼み込まれて断りきれずにパーティーを組んだ時も、2人組に加わり3人組となり依頼をこなしたのだった。もっともそれも、3層程度の簡単な依頼ではあったものの。
「良い奴だったのに、残念だな」
ヒト種の女性なので、どうしても非力ではあったものの、治癒術師としては機転の効く奴だったし、人当たりも良かった。暗く悲しい気分にはなるものの、そういうものだという思いもある。冒険者をしている以上、このような事は日常茶飯事であり、他人の死には慣れているつもりだ。
「兄貴にそう言って貰えて、カレンも嬉しいと思います。アイツも何かと兄貴と組みたがってましたからね。……ほんと、こないだ依頼こなしてくるってふらっと1人で出て行って、そのまま荷物だけが帰ってきましたから。死体も見てません。正直なところ、未だに現実感がなくて参ってます」
レドリーにしても、冒険者の死には慣れていると思う。しかし流石に5年近く寄り添ってきた相方がいなくなったのは流石に凹む事だろう。彼女の耳の先端がしゅんと垂れ下がる。
レドリーがやつれているように見えたのは、カレンを亡くした悲しみのせいなのか。それとも2人組でなくなった事で、稼ぎが減ってしまったからだろうか。その両方か。
少なくとも2人組を組んでいるのであれば、もっと深い階層へと潜っていたハズだった。
「こんな言い方をするとアレだが……死ぬ時は本当に唐突だからな」
「ええ、ほんとそう思いますよ」
とレドリーは言った。
「自分なんかも、今日の朝はいつものように出てきたつもりだったのに、いきなりあんな風にゴブリンの群れに会っちゃいましたからね。あー、自分もカレンのトコ行くんだ、なんてさっきまで本気で諦めかけてましたから。だから兄貴が来てくれて、ほんっっっと助かりました。やっぱ兄貴凄いっスね。めっちゃ強いじゃないっスか」
「そんな事ないよ」
「いやいや、凄いっスよ。こう、さっと現れたかと思うと、ズバッと斬って、魔法なんかももうどばばって出しちゃって」
「ごめんレドリー、何言ってるかわからない」
獣人はヒトに比べればかなり感覚に生きる存在だ。ヒト種からすれば時々馬鹿っぽくも見えてしまう事もあるし、また感覚が鋭いが為にヒトには理解出来ない直感が働く事もある。この場合は前者のようにも思えるが。
「そっスか? うーん、ま、いいや。……でも兄貴、兄貴はなんでこんな所にいるんでス?」
「お前と一緒で、ゴブリン駆除の依頼を受けたんだよ」
そう言って、俺は鞄から『討伐数計測表』を取り出す。討伐したゴブリンの数は10匹だと表示されている。最初の2匹と、今の8匹。これで依頼達成で、後はこれを組合に持って行けば依頼達成となる。思った以上に早く終わってしまった。もう少しばかり時間がかかると思っていたのだ。
「兄貴が駆除系の依頼……? どうしたんです珍しい」
レドリーは耳をぴょこぴょこ動かしながら首を傾けた。タバサさんにしろ彼女にしろ、俺がそう言った依頼を受ける事が信じられないらしい。
「どうしても金がいる時くらいしか、誘っても迷宮に出てこないじゃないっすか。しかももっと浅いトコばっか。どういう変化っスか、いつもより入用になりました?」
「まぁ、ちょっとな」と俺は言う。「久しぶりに冒険者としての血がたぎったというか、そんな感じかな。これから少しづつ、迷宮に戻っていこうかと思ってる」
そう言うと、レドリーは『おおー』と感心したように声を上げて、それから嬉しそうににやけた。
「そうですかそうですか。やっぱり兄貴はそうでなくっちゃっスよ! ああして地味に『薬草集め』してるより、絶対こっちに来た方が兄貴には似合ってますって。今のもめちゃくちゃ凄かったですしね。きっとカレンも岩場の陰から喜んでるっスよ!」
「あー……『草葉の陰』の事?」
そう俺は聞いた。
レドリーはどうも、冒険者として最初の2年を世話した俺の事を、過大評価しすぎているきらいがある。当時Fランクだった彼女からすれば、Dランクの俺は遥かに格上に見えただろうが……レベルの面に関して言うならば、ここ数年ずっと討伐依頼をこなしていた上に、ヒト種よりレベルがあがりやすい彼女には、そろそろ追い抜かれても良い頃のはずだった。
勿論、先の一角獣の1件で、また差は開いたのだろうが。
「でも兄貴、剣も変えたんスね。その剣、なんか凄くないですか? めちゃくちゃ切れ味が良いみたいで……どうなってるんでス? ちょっと見せて貰っても……あいてっ」
ばちん、と大きな魔力破裂音がした。
アルカさんが、剣に触ろうとしていたレドリーの手を弾いたのだ。