12 組合依頼(ギルドクエスト)②
そのあたりの情報は、俺よりも組合の方が詳しい。
組合は冒険者の情報を、組合全体で共有している。魔力を持った碑石のお陰で、どこの組合にいようが、組合員は冒険者の情報を知る事が出来る。だからこそ、罰則から逃れる事は出来ないし、以前冒険者がどの依頼を受注したのか、また、どのクランに所属していたのかまでも組合には把握されている。
「今ある依頼で、単騎でも受けれて報酬5万ガルド程度となりますと……小迷宮12層でのマンティコア退治レベルの物になるんですよね」
とタバサさんは言った。
「一応これ、Dランクの方でも受けられるんですけど……基本的には、単騎のBランクの方を対象とした依頼なんです。それでもかなり難しいかもしれません。リュシアンさんは、ここ数年迷宮に潜らない依頼だったり、潜っても1、2層程度の簡単な依頼しかしてませんでしたから、そういう方にいきなり到達してもいない階層の依頼を紹介するというのは、組合の方針としてもお勧めできませんし、私としてもちょっと怖くって……」
ほら、やっぱり罠や魔物の群れに囲まれた時の対処法とか、色々とあるじゃないですか。
そうタバサさんはフォローするように言うが、有り体に言ってしまえば、要は力不足だから紹介できないという事だろう。気を遣って貰えているだけありがたい。
迷宮に潜るというのは、森の中に入るのとはまた意味が違う。森の中で一角獣と一対一を張るのとはまた異なる。
「あー……やっぱりそうなりますよね」
なんとなく、それくらいのレベルの依頼になるというのはわかっていた。
「そうなんですよね……ええと、ですから、一度難易度を下げて……こちらの依頼なんかをこなしてみるのはどうでしょうか?」
彼女は少し考えてから、次にその依頼書を見せてくれた。
「個人依頼じゃなくて、組合依頼になるのですが、39地区の地下迷宮、第4層から5層でのゴブリン駆除です。10匹程の討伐をお願いしてます。報酬はさっきのと比べればだいぶ落ちてしまうんですけど……1万5千ガルドの報酬ですね。リュシアンさんならわかってると思いますが、ゴブリン相手ですので、この依頼でも命を落とす人は少なくないです。ドロップアイテムや部位を売れば……ほんとに運が良ければ、2万5千ガルド近くになるかもしれません」
「……」
『組合依頼』というのは、個人的にこうして欲しい、あのアイテムが取ってきて欲しい、という『個人依頼』とは違い、組合が出す街の治安維持の為の依頼だった。
迷宮では毎日のように新しい魔物が生まれ続けている。
殺しても殺しても、また新しく魔物は沸くように生まれてくる。基本的に発生した階層に魔物は留まるという習性はあるが、時々増えすぎてしまうと、居場所を奪われた魔物が浅い階層に棲家を求めたり、ともすれば地上まであがってきてしまう事がある。
流石に深い階層の魔物は、増えすぎるという事は滅多にないらしいが、浅い階層の魔物は多産多死の為にその傾向が強い。だから、組合は駆除依頼として『組合依頼』を出している。
その報酬の金がどこから来ているのか。
仲介量、手数料、報酬から引かれる組合税。組合お抱え治癒術師による治療費。組合所周辺にある酒場や武器屋の売り上げ。その他諸々。組合近くの武器屋や酒場は、ほとんどが組合関連のものらしい。
それは以前、自称情報通の冒険者から聞いた話だった。組合はそれで組合をもう何十年も運営し続け、さらにはタバサさん達のような組員へ給料も払えているのだから……よく回っていると思う。
よほど色んな場所からぼったくりめいた事をしているのか、あるいはどこか別の資金源があるのかはわからないが……そのあたりの事は深く突っ込まない方が良いような気がする。確かに組合近くにある酒場も武器屋も料金が高い。遠くに行った方が安い物は売っているのだけど、やっぱり近いと皆そちらに集まるという物だ。
ちなみに組合周辺という、人の多く集まる場所に組合の許可無く道具屋や飲食店を出そうものなら……どんなに安くて繁盛しているように見えても、すぐに潰れる事になる。組合の闇は深い。
「……」
話を戻す。
俺はタバサさんに見せられた依頼書を確認する。こうして色々親身になって代替案を見つけてくれるのも、タバサさんの良い所である。
難易度的には、少し難しいといった程度だろうか。何年か前に似たようなクエストをやった覚えはあるが、ソロだとそれなりにキツかった覚えがある。ブランクがある事と、レベルが当時に比べて格段にあがり、精霊と契約したという要素達がどう影響し合うか。
報酬的には、アルカさんの一日分の食費にはまったく届かない。一食をまかなえるかと言った程度にしかならない。
しかし『慣らし』という部分では丁度良い依頼のようにも思えた。俺もブランクがあるので、いきなり高難易度クエストというのは不可能だ。それに、まだ俺はアルカさんの遣い方をよくわかっていない。一角獣を相手に振るっただけなのだから。
一角獣の角を売った事によって手に入れた金で、一応余裕があるのも確かだった。最初から黒字を出す事を目的として焦る必要もない。段階を踏んで行けば良い。死ねば元も子も無いのだから。
「……どうでしょう、アルカさん?」
そう俺はタバサさんに聞こえないくらい小さな声で尋ねた。
『ご主人がそれで良いというのなら余は文句をつけんぞ? ご主人の今のレベルであれば、物足りないくらいかもしれんが、ブランクを埋めるという意味で受けるのであれば問題なかろう』
彼女の声が響く。思念だ。おそらく彼女と契約した事でそういう事が出来るようになったのであろう。俺にだけ聞こえる声で、タバサさんにその声は届いていない。
「わかりました。その依頼でお願いします」
俺はタバサさんに向き直って言った。
「すみません、差し出がましい事をしてしまって。でよ、まずは無理をせずにこの依頼をこなしてみて、それでもし余裕があるようでしたら、その時は少しづつ段階を上げて行けばいいと思うんです。はい、これ、お渡ししておきますね」
「ありがとうございます」
そう言って、俺は討伐依頼であればいつもそうするように、彼女から一枚のカードを受け取る。
『討伐数計測表』
魔力によって、自分が倒した魔物の数を計測してくれるアイテム。これによって、部位を剥ぎ取り難い魔物の討伐依頼も可能になる。不正防止の意味も兼ねているのだろうが。
ちなみに紛失すると、そこそこの罰金を払わされる事になる。
払えないと以降の依頼の報酬から引かれていく。そういうのも含めて組合は金の亡者と呼ばれることもあるのだが……まぁ、その辺りには触れない方が良いだろう。触らぬ神になんとやら。触らぬ精霊になんとやら。精霊にはうっかり触ってしまったので、金を稼いでこないといけないのだけど。
「でもやっぱり不安ですよ。リュシアンさんならわかってるとは思いますが、39地区の地下迷宮は十分危険です。ほんと、気をつけて下さいね」
「ありがとうございます。色々とすみません」
「いえ、これも結婚生活の為の資金稼ぎですもんね。旦那さんには稼いで貰わなければいけませんしね、頑張って下さい。私、期待してますからね」
「いや、だから結婚と違いますって……」
心配してくれるタバサさんから色々とアドバイスを受け取った後、俺は組合を後にした。部屋に一度戻り、荷物をまとめると、早速俺は、39地区の地下迷宮へと潜る事にした。