11 組合依頼(ギルドクエスト)①
アルカさんと話した後、俺は早速組合へ向かった。第44地区にある、いつもの組合所だ。
「こんにちは、タバサさん」
「あ、おはようございます、リュシアンさん」
いつものように窓口に居たタバサさんに挨拶をする。彼女以外にも受付係はいるのだけれど、やはり彼女に任せるのが一番信頼出来る。特に、条件付きの依頼を探す時は。それは他の冒険者にとっても同じ事のようで、彼女の順番待ちは多い。少しばかり待ち時間がかかるのは理解していたが、それでも俺は彼女の窓口を選んだ。
「今日もいつもの依頼を探す感じでいいですかね?」
「ああ、いえ。今日は少し違う依頼を探していまして……」
いつもの手つきで下級依頼一覧表に手をかけていた彼女を、俺は止めた。
「そうですか? どのような依頼ですかね」
「えーと……出来る限り、金が多く稼げるようなやつが良いんですけど……」
非常に頭の悪い言い方だと思う。と言っても実際、あまり頭は良くないので仕方ない部分はあるのだけども。頭が良ければ冒険者になどなっていない。
「はぁ、お金……」
タバサさんは目を丸くしながら俺を見た。
「どうしたんですか急に。何かあったんですか?」
「んー、まぁ……」
何かあったのかと言われれば、勿論何かがあったのだ。
その何かの原因であるアルカさんは今は剣の姿になっていて、俺の腰に大人しく収まっている。
「ちょっと色々と、必要でして」と俺は言う。
「私的なことに突っ込むのもアレなんですけど……家賃が払えなくなったとかですか?」
手を口にあてて、タバサさんは小声で聞いてくる。
「ああいえ、そうじゃないです。もっと高い感じで」
「もっと高い……具体的に、どれくらいの報酬の物をお望みですか?」
「ええと……1人で受けられる物で、最低でも1日で5万ガルドくらい稼げるやつ、ですかね……」
「単発で、ごまん……?」
そう言って、タバサさんが呆然と目をぱちくりとさせる。ちょっと可愛い。
「え、本当にどうしたんですか? 『死ねばいくらお金があっても意味は無いから、安全にこなせる依頼の方が自分にあってる』って言ってたのはリュシアンさんじゃないですか。昨日は大きな怪我をして帰ってくるし……いったいどうしたんです?」
「あー、はい。いや、そうですよね、おかしいですよね……」
気まずくなりながらも俺は言う。
その考え方は今も持っている。ただ、『死ぬかもしれない地下迷宮』と『確実に殺しにくるであろう精霊』とを天秤にかけた時に、どちらがより安全かという事を考えると、どうしてもそうなってしまうのだ。背に腹は変えられない。
依頼は大きく『単発』と『大口』、そして『契約』の3種類に分けられる。
『単発』は1日で終わるようなクエストの事だ。冒険者の力量次第では2、3日かかってしまう事もあるが、基本的にはそう長く時間をかけない。もっぱら単騎でもこなせる依頼だ。ほとんどがこれになる。
一方の『大口』は、15層以降に定期的に沸く『階層主』と呼ばれる存在の討伐や、その部位の回収がほとんど。単騎ではこなす事は難しく、パーティーを組み、何日もかけてこなす仕事になる。勿論、それだけに危険を伴い、報酬は『単発』よりもかなり高く設定されている。
『契約』はまぁ、組合を仲介して、どこかの見知らぬパーティーに雇われる事なのだけど……これは色々とややこしい上に、俺には縁の無い事だろう。
『単発』で1回5万ガルド、というと、おそらくDランク冒険者が受けられる依頼の中でも、かなりの高難易度に位置する依頼だというのはわかっていた。それくらいの報酬になると、ほとんどが討伐系の依頼。もちろん、死ぬ危険性も高い物だ。もっとも、迷宮に潜る冒険者なんて常に死と隣り合わせなのも事実なのだが。
……しかし、色々と考えると、最低でもそれくらいは欲しいのだ。
俺も、無い頭を使って考えてみた。
アルカさんが1日40皿近くを食べるとする。
……いや、いきなり非現実的な数字が出たが、昨日今日の様子を見るにそれくらい食べそうだった。
1皿平均1千ガルドで計算すると、4万ガルドが毎日の食費に取られる。もっとかもしれない。となると、5万ガルドの報酬でも、1日の実質的な収入は1万ガルド以下になる。
肉体的な疲労もあるし、ひと月に5日間休み、25日間毎日依頼を成功させれば……1ヶ月で食費を抜いて25万ガルドが稼げる計算だ。しかし、働かない5日間もアルカさんは食べ続けるだろう。5日間の食費は20万ガルド。となると残るは5万ガルド。これは1ヶ月の生活費本当にギリギリになる。
勿論、毎日依頼が入っているとも、成功するとも限らない。下手をするとマイナス収支にすらなる可能性がある。
現実的に考えて、不可能に近いのだけど……それでも、やるしかない。やらなければ結局、俺は殺されるのだろうから。
「本当は、もっと欲しいんですけどね……」
だから、そのような難しい注文になってしまう。
「どうしたんですか、本当に……」
困惑しながら言うタバサさんに、正直にアルカさんの事を話したいところだが、言った所で精霊と契約したなどと信じても貰えないだろう。それに、明かしたところでメリットもそう無い。
「……まぁ、俺ももう少ししたら二十台後半にもなっちゃいますし、将来の事も考えて、今のうちにもう少し無理をしてもいいかなと思いまして。いつ昨日みたいな怪我をして、依頼をこなせなくなるかもわかりませんしね。出来る時に、貯めておきたいなと」
そう咄嗟のでまかせを言う。
今の状態だと、それだけ稼いでもまったく貯蓄が出来ない状態なのだけど。
むしろマイナスにすらなる可能性があるのだけど。
「……私は毎日こつこつとやっているリュシアンさんも、十分素敵だとは思いますけどね」
「ありがとうございます。それでも、まぁ、ね」
やんわりと、タバサさんはそんな馬鹿な事をするなと忠告してくれているのだろうが、それで曲げられるのであれば最初からそんな無茶難題は頼んでいない。俺がそう言うと、タバサさんは少しの間考えるように目を伏せた。本当に色々と心配してくれるようで、俺はこの人のこういう所を気に入っていた。
「心境の変化って感じですかね……あ、もしかして、結婚を考えたとかですか?」
「ん、なぜ結婚?」と俺は聞いた。
「あれ、違いましたか? ほら、昨日、お知り合いのお子さんを連れてらっしゃったじゃないですか。それで将来の事を考えたとか」
「あー……」
俺は昨日、彼女にアルカさんの事を、知り合いの子供だと言っていたのを思い出していた。
「いえ、違います違います。勿論、結婚は出来れば嬉しいんですけど、そんな予定どころか、相手もいませんからね」
「そうですか、違いますか……。良かった。まぁ、確かにリュシアンさんには、そういう方、いませんでしたもんね」
それは非常に失礼極まりない返しだった。
……いや、いいんだけどね。
実際に居ないのは確かなのだろうが、それでもその返しは心にぐさりと刺さる物があった。事実だし仕方は無いのだけど。それに、何が良かったのだろうか。そして何故そう親しい間でもないにも関わらず、タバサさんは俺の事を知っているかのように話すのかは大変気になる所だが、それはまぁ……いいか。
そんな事よりも今は、アルカさんの食費の事だ。
「私としては、リュシアンさんにはこの組合所に毎日無事な顔を見せてもらえるのが一番嬉しいんですけどね……。勿論リュシアンさんがちゃんと将来の事を考えて下さるようになったのは、私としては嬉しい事なんですけど。それでもやっぱり、死んでしまえば意味が無いんですから。……とまぁ、私がどうこう言った所で、リュシアンさんはやる気みたいですし、曲げてくれる感じでも無さそうですね。わかりました、探してみますね」
そう言いながら、タバサさんは中級依頼一覧と、俺の冒険者個人情報を見比べながら、少し難しい顔をした。
「単騎で5万ガルドの依頼となりますと……。あるにはあるんですけど、正直あまり、お勧めは出来ないですね」
彼女はそう言って続ける。
「リュシアンさん、1人だけで潜った最大の階層って、3年前に14地区の地下迷宮、第7階層に潜ったのが最高ですよね。パーティーだと、21地区の15階層。ええと、それが3年前」
「……ああ、確かそうでしたっけ」
そう俺は惚けながら答える。3年前の21地区迷宮、15階層。間違いなく俺が大怪我をした場所だ。