小さくて大きな変化
8月2日 夜 自分の部屋。
7月31日に初めて彼女とデートをし、晴れて恋人同士になった。
仲の良い友達から恋人に昇格して何か変わったか? と聞かれると特に変化はない。
しいて言うならば、好きという言葉を言えるようになったくらいだろうか。
もっとも、付き合って数日で急激に変化してもついていけないだろうが。
僕は付き合う前から、彼女と毎日メールのやりとりをしている。
ずっとというわけではないが、少ない日でも朝・昼・晩と最低3回はやりとりをしていた。
この日の夜も僕は、夏休みの課題をしながら彼女とメールしていた。
「そうそう、笹浪さんって公園の近くに住んでるの?」
通学路ではいつも公園で会って公園で別れていたため、前々から気にはなっていた。
ブルブルブル。
「公園から10分くらいの場所だよ! 遊びにくる?」
彼女からの返信に、課題をしていた僕のペンが止まった。
「そこそこ近いんだ、って……遊びにくる!!」
ふいに訪れる彼女の大胆な発言には何度驚かされたことだろうか。
「えっ? 行っても良いの?」
僕はドキドキしながら彼女にメールを返した。
ブルブルブル。
「もちろん! 明日はどうかな?」
この日の彼女からのメールは、攻撃力が凄まじく僕はノックアウト寸前だった。
「明日か……。」
いや、別に嫌なわけじゃないんだ、突然過ぎて心の準備が……。
何度か深呼吸をして少し落ち着いた僕はメールを返す。
「大丈夫! 何時にしようか?」
毎度思うが、メールだと緊張がバレなくて助かる。
ブルブルブル。
「11時に公園でどうかな?」
11時なら遅刻する心配はないな、とか思いながら僕はメールを返した。
「了解! じゃあ明日公園で!」
ブルブルブル。
「うん! また明日ね! おやすみ(ハート」
メールの文章にハートマークがあると、恋人同士という実感がわいてくる。
「おやすみ!」
ハートマークを使う勇気がない僕が送ったのは普通の返事だった。
8月3日 公園のベンチ。
想像がつくとは思うが……昨日の夜は眠れず、明け方眠った僕は10時前に起きた。
「うわ、もうこんな時間。」
慌てて起きた僕は、出掛ける準備をして公園へ向かった。
公園に着いたのは10時58分、僕はなんとか遅刻せずに済んだ。
彼女はベンチに座り、ペットボトルの水を飲みながら待っていた。
「ごめん、待たせたかな?」
「ううん、大丈夫だよ!」
彼女が見せる笑顔は今日も変わらず可愛かった。
「起きたばかりでしょ?」
エスパーですか?……と思うくらい彼女は鋭い。
「えっ? なんで……。」
「だって、目が一重になってるもん。」
笑いながら彼女がそう言った。
僕の目は普段二重なのだが、寝起きだけは一重になる。
「あははは……。」
苦笑いをしながら、彼女が僕を良く見ていてくれていることが嬉しかった。
そんなやりとりをしたあと、僕達は彼女の家へと向かった。
彼女の家はごく普通の一軒家で、外から見える2階の窓がある部屋が彼女の部屋だ。
玄関に入ると、彼女の母親が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい! あなたが春川くん?」
「あっはい、おじゃまします。」
「いつも遥から聞いてるわよー。」
「えっ?」
彼女がすかさず割って入る。
「ちょっとお母さん、余計なこと言わないでよ!」
彼女が母親にどんな話をしているのか気になったが、僕達は彼女の部屋へ向かった。
初めての彼女の部屋へ向かうとき、僕の心臓は爆発寸前だった。
彼女の部屋はあまり物がなく綺麗に整理されていた。
机に置かれた小物や、ベッドの上にある大きなぬいぐるみなんかは女の子らしかった。
あのぬいぐるみを抱いて眠るんだろうか? とか想像してしまう。
「こっち座って。」
テレビの前にあるテーブルの周りに敷かれている座布団に座る。
「な、なにしよっか?」
緊張のせいか、声が少し裏返った……。
「これしよ!」
そう言って彼女はゲーム機と1本のゲームソフトを出した。
あまりゲームをするイメージがなかった彼女の新しい一面だった。
「あっこれ面白いよね!」
彼女が出したゲームソフトは人気の格闘ゲームだった。
実は僕も結構ゲーム好きで、昔はやり過ぎて親に良く怒られていた。
ゲームの電源を入れたあと、彼女が僕の隣に座った。
「負けないんだからね!」
「僕だって!」
「わたしが勝ったら言うこと1つ聞いてね!」
「わ、わかった。」
ゲームスタート……ビックリするくらい瞬殺されてしまった。
「つ、強いな……。」
「えっへん!」
少し子供っぽい彼女の姿も凄く良い……僕は彼女の横顔を見ながら思った。
そのあと何度か勝負を挑んだが……結果は完敗だった。
12時過ぎ、彼女の母親が部屋に来た。
「ご飯出来てるからいらっしゃい!」
彼女の母親が昼食を作ってくれて、僕達と彼女の母親と3人で食べることになった。
あとから思えば、初めて連れて来た彼氏と彼女の母親が食卓を囲むのは珍しい。
時折みせる彼女の積極性は母親譲りなのかもしれない。
僕達は色々な話をしながら、彼女の母親が作ってくれたオムライスを食べた。
その味はとても美味しくて今でも覚えている。
僕のことを気に入ってくれた彼女の母親とは仲良くなれそうだった。
近い未来には僕のことを「秋くん」と呼ぶようになる。
昼食のあと、僕はトイレに行くためリビングを出た。
トイレから戻る途中、彼女と母親の会話が聞こえた。
「春川くんにもう話したの?」
「ううん……まだ。」
聞き取れたのはその部分だけだった。
何の話だろう……? 少し気まずさを感じた僕は、しばらく時間を置いてからリビングに戻った。
そのあと部屋に戻った僕達は一緒に映画を観ることになった。
「これ一緒に観たかったんだ。」
「そうなんだ……ってホラー?」
「うん、1人じゃ怖くて。」
1人で観れないホラー映画をどうして借りたんだろうか? というのはスルーしておこう。
僕はホラーが苦手だ、というのも映像よりも恐怖シーンの音に弱い。
映画が始まると、少し離れていた彼女がピッタリと横に座り直した。
恐怖シーンのたびにビクッとなる僕につられて彼女も驚く。
映画の中盤には僕達は手を繋いていた。
恋愛ものの映画とかなら良いムードになって……キス、とかもあったかもしれない。
かなり怖いホラー映画を観ていた僕達にそんなムードはなかったわけで……。
2時間弱の映画だったが、あまりの怖さに何度声を出しそうになっただろうか。
彼女の手を握っていた僕の手は、少し汗ばんでいたのを覚えている。
そのあとは少し気分を変えるため、お笑いのDVDを観たりして過ごした。
彼女と過ごす時間はあっという間に過ぎた。
夕方17時頃、家に帰る僕を彼女は公園まで送ってくれた。
公園での別れ際、僕はゲームを始める前のことを思い出した。
「そういえば、なんでも言うこと聞くって言ってたっけ。」
「うんうん。」
「何が良いかな……?」
しばらく考えた彼女が言った。
「ねぇ……名前で呼んで良い?」
「えっ? ああ、いいけど。」
「じゃあ、秋くんも遥って呼んでね!」
「あ、うん。」
照れくさい僕は、恥ずかしそうに答えた。
「じゃあ、秋くん気を付けてね!」
「うん、またね……遥。」
恋人同士になって何も変わらないと思っていたが、こうやって変化していくんだなと思った。
家に帰った僕は夜ベッドに横たわり余韻に浸っていた。
ただ1つだけ、彼女と彼女の母親との会話だけが気になっていた。
そして、知らぬ間に進むカウントダウン。
短冊の裏の数字が33だったことを僕はやっぱり知らなかった。




