告白
7月27日 朝の出来事。
この日は朝から両親が騒がしく、8時前には目が覚めていた。
お互いに忙しくゆっくりと出来ない両親にとっての久しぶりのデートらしい。
結婚して17年ほど経つ両親の仲が良いのは良いことなのだが。
「ちょっと秋、母さん達もう出掛けるからご飯食べちゃってー。」
僕は朝食をとりに下へ降りた。
トーストとハムエッグと牛乳、至ってシンプルな朝食だ。
「いただきまーす。」
僕はトーストを食べながら、無造作に置かれた新聞の横にある2枚のチケットを見つけた。
「何このチケット?」
良く見ると遊園地の無料券だった。
「あぁ、それ秋にあげようと思ってたのよ。」
「どうしたのこれ?」
「お友達に貰ったのよ、友達誘って行っておいで。」
僕はハムエッグを食べながらチケットを手にした。
「えーと、日景山遊園地 有効期限 8月31日か……。」
僕は夏休み中に彼女を誘おうと思った。
朝食を食べ終えた僕は、チケットを持って部屋へ戻った。
「それじゃ母さん達行ってくるね。」
「いってらっしゃい。」
両親が出掛けたあと、僕は彼女にメールをすることにした。
「おはよう! 遊園地のチケット貰ったんだけど……一緒にどうかな?」
送信したあと、ベッドに横たわり、しばらく携帯を眺めていた。
ブルブルブル。
彼女からの返信だ、僕は少しドキドキしながらメールを開いた。
「おはよう! 行きたい!」
シンプルで答えだったが、僕は思わずガッツポーズをしていた。
「笹浪さんはいつなら大丈夫?」
ブルブルブル。
「7月31日とかどうかな?」
特に予定のない僕にとっては、OKさえ貰えればいつでも良かった。
「じゃぁ、7月31日の朝8時に駅前で!」
日景山遊園地へは駅前から専用のバスが出ていた。
「うん! 楽しみにしてるね!」
僕はしばらくニヤニヤしながら、彼女からのメールを見ていた。
「笹浪さんと遊園地かー、デートみたいだな。」
デート……デート? デート!!
彼女を誘ったあとに、自分がデートに誘ったことに気付いた。
彼女がOKしてくれたから良かったものの、断られていたらと思うとゾッとする。
「ははは……。」
変な汗をかいた僕は、窓を開ける、部屋に入る風はまだ涼しかった。
僕は時々考えなく行動を起こしてしまうところがあるようだ。
だが、結果的に彼女をデートに誘えたことは……素直に自分を認めてやろう。
7月31日 デート当日。
緊張のせいかあまり眠れなかった僕は6時前には起きていた。
「明日は楽しみだね!」
そんな彼女からのメールでより緊張が強くなっていた。
「はぁ……ドキドキするな。」
セミの鳴き声が気にならないほど、僕の心臓の音は今にも爆発しそうなくらいうるさかった。
「今からこんなんで大丈夫かな……。」
彼女との、というよりは人生初のデートに期待と不安の両方が入り混じる。
音楽を聴いたり、深呼吸をしたりして気持ちを落ち着かせようとする。
そうこうしているうちに時間が過ぎ……僕は慌てて家を出た。
ギリギリになってしまった僕は自転車で疾走する。
駅に着いたとき時間は7時55分……ギリギリセーフ。
待ち合わせ場所には既に彼女が待っていた。
「おはよう! 待たせたかな?」
「おはよう! わたしも今さっき来たばっかりだよ!」
彼女の笑顔を見た瞬間、少し緊張がほぐれた気がした。
10分後くらいに、日景山遊園地行のバスが来た。
「これだね、じゃぁ行こうか!」
「うん!」
僕達は夏休みでそれなりに混みあったバスに乗り込んだ。
日景山遊園地までは40分くらいの距離。
丁度、後部座席が2人分空いていたので僕達はそこへ座った。
バスの中では彼女が用意してくれたお菓子を食べたり、何気ない会話で盛り上がった。
そうこうしているうちにバスは日景山遊園地に到着する。
「結構大きいな。」
「本当だねー。」
この遊園地が出来たのは今から約3年前、僕も彼女も初めて来る場所だった。
僕達は遊園地の中に入り辺りを見まわした。
「人多いね、人気あるんだね。」
キョロキョロしながら彼女が言った。
「凄いな……。」
思った以上の人の多さに圧倒されつつも、僕は入り口で貰ったパンフレットに目を通す。
「まずどこに行こうかな。」
そうつぶやいた僕に彼女が言った。
「これ乗りたい!」
ローリングドラゴン……ジェットコースターだ。
ジェットコースターでローリング……いかにも目が回りそうな名前だった。
絶叫マシン全般が苦手な僕は少しビビりながらも、彼女の楽しそうな雰囲気に負けた。
「う、うん……これに乗ろう。」
「あれ? もしかして怖いの?」
「い、いや……全然。」
なんだか初々しいカップルのやりとりっぽくて少し照れた。
ジェットコースターにはそう待たずに乗ることが出来た。
席につき安全装置がセットされた僕が隣を見ると、とても嬉しそうな彼女の笑顔。
ガタガタガタガタ。
「うっ……。」
もうすでに音が怖い……。
ゆっくりと動き出したあと、急激に降下、上昇、そして回転。
「うぉ……わ、あーゆるしてー!」
ジェットコースターを降りたあと、放心状態の僕に彼女が言う。
「やっぱり怖かったんだー!」
「あははは……。」
少し小憎らしい笑顔の彼女を見て、少し落ち着いた。
「春川くん大丈夫?」
「うん、もう平気!」
それから僕達は定番のコーヒーカップやお化け屋敷へ。
お化け屋敷では少し震える彼女の手を握った。
「ぐぅ……。」
お腹がなった僕を見て彼女が言う。
「もうお昼だね、ご飯にしよっか!」
「もうそんな時間か……うん、そうしよう。」
時計を見ると12時をまわっていた。
「フードコートはどこだろ?」
キョロキョロしている僕。
「春川くん、良かったら……。」
そう言って彼女がカバンからお弁当を取り出した。
「えっ、これ笹浪さんが?」
「うん。 あまり上手じゃないんだけど……。」
「ありがとう! 食べる!」
まさかの彼女のお弁当に心の中でガッツポーズ。
僕達はベンチに座り、お弁当のふたを開けた。
「凄い!」
「えっ? そうかな。」
彼女は照れくさそうにそう言った。
おにぎりにから揚げにたまご焼き、うさぎさんのりんごまで。
僕はたまご焼きをひと口食べると、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。
「おいしい! これ凄いおいしいよ!」
「本当に? 良かったー。」
彼女は安心した表情で僕を見ていた。
彼女の作ったお弁当はどれもおいしくて、僕は夢中で食べた。
「ごちそうさま、本当においしかった!」
「おそまつさまでした。」
嬉しそうに空っぽの弁当箱を見て彼女が微笑んだ。
そのあと、様々なアトラクションを巡り僕たちは観覧車の前に。
「ねぇ。」
「あのさ。」
ほぼ同時に切り出した僕達は思わず笑った。
「観覧車……乗ろうか。」
「うん。」
観覧車から見える景色はとても綺麗で、僕達の気持ちを高ぶらせた。
時計回りの観覧車が12時に差し掛かる頃。
「ねぇ……。」
「あっ。」
またもかぶってしまった僕達。
「どうしたの?」
僕が彼女に聞いた。
「う、ううん。 春川くんから言って。」
「あ、うん。」
一呼吸置いて僕は彼女に言った。
「好きです!」
本当は……何気ない会話をするつもりだった。
気持ちが高ぶっていた僕の口から出た言葉は彼女への想いだった。
「わたしも……好き。」
そう言って彼女は少し顔を赤くした。
「僕と……付き合ってくれないかな。」
小さく頷いた彼女の目には少し涙が浮かんでいたように見えた。
こうして僕達は……恋人同士になった。
観覧車を降りた僕達はアイスクリームを食べた。
僕は少し背伸びして食べたことのないチョコミントを食べた。
初めて食べるチョコミントの味は……少し大人の味だった。
食べ終えた僕達は歩き出す。
「手……繋いでいいかな?」
「うん……。」
僕達は照れくさそうに手を繋いだ。
そのあとは帰り道もずっと手を繋いでいた、遊園地を出たあともずっと。
バスを降りて、僕達は駅前で別れた。
家に帰った僕はベッドに横たわり彼女にメールをする。
「今日は楽しかったね!」
ブルブルブル。
「うん、凄く楽しかったよ! 明日学校だから遅刻しちゃダメだよ!」
舞い上がっていた僕は、登校日のことをすっかり忘れていた。
「そうだった……。 ありがとう、すっかり忘れてたよ。」
ブルブルブル。
「やっぱり(笑」
恋人になって初めてのメールは、何気ない会話でも違って見えた。
「じゃぁまた明日ね! 大好きだよ!」
ブルブルブル。
「わたしも。」
こうして彼女と恋人同士になれた僕は、この幸せがずっと続くと思っていた。
彼女とならずっと……ずっと幸せに過ごせると思っていたんだ……。
これから2人に訪れる運命を僕達はまだ知らない。
そして、短冊の裏の数字が36だったことを僕は知るわけもなかった。




