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LAST60  作者: 秋雨冬至
3/20

その手はとても温かく

7月11日 学校にて。


8日以降、僕は早起きを続けている。


彼女と待ち合わせをしていたわけではない。


ただ、公園の前を通ると、きまって後ろから彼女が声を掛けてきてくれた。


公園から学校まで一緒に……というのが日課になりつつあった。


緊張のせいかうまく会話は出来ないが、学校までの2人の時間が夢のようだった。


授業中、彼女とのことをずっと考えていた。


短冊の願いがもし叶うならば、このまま仲良くなれば付き合えるようになるのかな?


仲良くはなれたけど、まだ友達って感じだよな……とか。


良い感じだし思い切って告白してみようか……とか。


告白する勇気はないが……。


わずか数日一緒に学校へ通っているだけで妄想は膨らんでいた。


あらためて言っておくが今まで誰とも付き合ったことがない。


そんな僕にとって『告白』はハードルが高すぎた。


流れに任せるしかないかな……。


僕は考えるのをやめ、小さくため息をついた。


放課後、教室を出る彼女に声を掛け、今日も一緒に帰ることになった。


相変わらず会話は弾まないが、公園の近くに来たとき彼女が言った。


「少し公園の中に行かない?」

「えっ? あっうん。」


驚いて裏返り気味の声で返事した僕を見て、彼女はクスっと笑った。


僕達は公園のベンチに座る。


ベンチからはバスケのコートが見えた。


「中学のとき、わたし良く来てたんだ。」

「この公園?」

「うん。 このベンチで本を読んでたの。」

「そうなんだ。」


バスケを始めた頃、僕も良くここで練習をしていた。


「その頃、少し気になっていた男の子がいたの。」

「えっ?」

「下手だけど、暗くなるまでずっとバスケの練習してた。」

「それって……。」

「憧れだったんだ。」


彼女の言葉に思わずドキっとした。


「それから良く見ていたの。」

「そうだったんだ……。」


僕のことをずっと見ていたなんて思いもよらなかった。


「高校1年のとき、その男の子が同じクラスにいてびっくりした。」


笑顔で彼女はそう言った。


「声掛けてくれたら良かったのに。」


僕がそう言うと、彼女は少し悲しそうな顔をした。


「色々あってタイミングがなかったんだ……。」

「あっ……ごめん。」

「ううん、いいの。」


悪気のない僕の言葉は、あまりに無神経だった。


1年の6月、入学してわずか2か月目のこと。


体育の授業中に倒れた彼女は、そのまま入院することになった。


詳しくは聞いていないが、かなり重い症状だったらしい。


2学期 奇跡的に治った彼女が学校にきた矢先、更なる不幸が彼女を襲う。


同じ学校の1学年上にいた彼女の姉が突然亡くなった。


今もきっと乗り越えられたわけではないだろう。


「ほんと、ごめん。」

「大丈夫、気にしないでね。」


続けて彼女がこう言った。


「それにね、春川くんには沢山元気を貰ってるの。」

「元気を? 僕が?」

「うん。」


10月のバスケの試合、そう……僕にとっての引退試合。


彼女はその試合を見に来ていたそうだ。


「元気が欲しくて見に行ったの。」


彼女は笑顔でそう言った。


試合中に怪我をした僕は、入院し、しばらくの期間リハビリをしていた。


「病院、行ったことあるんだよ。」


思ったより重症だった僕に、どう声を掛けて良いかわからず、病室には入れなかったらしい。


「頑張ってリハビリしている春川くんの姿に元気を貰った。 わたしも元気出さなきゃって。」


こんなにもずっと、彼女が僕を見ていてくれたなんて、全然知らなかった。


「だからね、声を掛けてくれて本当に嬉しかった。」

「えっあっ……その、ははは……。」


変な照れ笑いなってしまった……。


「そうだ、神社へ行かない?」

「えっ? うん、いいよ。」


照れ隠しか、思わず神社へ誘ってしまった。


笹葉神社……そう、あの真っ白な短冊を貰った場所。


神社までは公園からやや林道になった裏道を通る。


その間わずか5分ほどの距離だが、時間が遅かったせいもあり少し薄暗らかった。


突然のカラスの鳴き声や、木の枝を踏んだ音が薄気味悪かった。


「ガサガサガサ」


「きゃっ!」


彼女がビックリして腕にしがみついてきた。


「大丈夫だよ。」


僕はそっと彼女の手を取りこう言った。


「離さないでね……。」


少し震えながら彼女はそう言った。


無事に神社に着いた僕達は、何気なく繋いだ手を見て目が合った。


「あっ!」


恥ずかしさのあまり慌てて手を離した。


「お、お参りしようか。」

「う、うん。」


そんなやりとりがあってお参りする。


「パンパン 彼女とずっと一緒にいられますように。」


僕は心の中でそう願った。


「どんなお願いしたの?」


彼女の問いに僕は笑顔でこう答えた。


「ないしょっ。」


日が沈んだせいか、7月のわりには少し肌寒くなってきた。


「そろそろ帰ろうか。」


彼女を見つめ、僕はそっと手を出した。


「うん。」


僕の手をやさしく握る彼女の手はとても温かかった。



家に帰った僕はベッドに横たわる。


彼女の手の温もりを思い出しながら、窓際の短冊を見つめていた。


「あっ……。」


短冊の裏側の数字は56だった。

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