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LAST60  作者: 秋雨冬至
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エピローグ 真実と結末 その3

8月24日の昼、今日こそは話そうという決意を胸に……彼の家へと向かいました。


もし受け入れて貰えずに別れることになったら……わたしは不安で一杯でした。


だけど、そんなわたしの不安を……彼はいつも笑顔でかき消してくれる。


だからきっと大丈夫、彼とならずっと恋人同士でいられる、そう思っていました……あの瞬間までは。


わたしが彼の子供の頃のことを聞くと、彼は机の引き出しを開けた。


その瞬間、ゆらゆらと舞う1枚の小さな白い紙が、わたしの目に飛び込んできました。


気にはなったけれど、彼が慌てて手で覆い隠したから……それが何だったかはわかりませんでした。


だけど、そのときの彼の慌てた姿が凄く気になって……彼が部屋を出たとき、わたしは見てしまいました。


机の引き出しを開けると、1枚の白い短冊がありました。


そこには、わたしと付き合いたいという言葉が書いてあり、彼が想っていてくれたことが嬉しかった。


そんな幸せ気分だったわたしは、そっと短冊を引き出しに戻そうとしたとき……裏側にある数字に気付いたのです。


この瞬間は思い出せなかったけれど、妙な違和感を感じたわたしは、短冊をそっと引き出しに戻しました。


そのあともずっと、短冊のことが頭から離れず……彼と何をして過ごしたかあまり覚えてません。


そして……ずっと考えていたわたしは、違和感の正体に気付いたのです。


前にどこかで、同じ短冊を見た記憶があることを……それを思い出したのは、帰り道の公園でした。


そんなわたしに、ずっと話し掛けていた彼に気付いたとき……初めて彼は少し怒っていました。


そんな初めて見る彼の姿に驚いたわたしは、謝ってその場を走り去りました。


転校することも言えず……彼の秘密を勝手に見て……挙句の果てに大好きな彼を怒らせてしまった。


家に帰ったわたしは、電気もつけず……真っ暗な部屋でずっと泣いていました。


お姉ちゃんが突然亡くなったときと同じくらい……声を出して泣き続けました。


そして、わたしは思い出した……お姉ちゃんの遺品の中に同じ短冊があったことを。


涙を拭い、わたしはお姉ちゃんの部屋へ行き、遺品の中からその短冊を探しました。


遺品の中にあった短冊を見て……わたしは凄く嫌な予感がしました。


それは、願いが書かれた短冊の裏にあった数字が0だったからではなく、翠先輩の言葉が頭に浮かんだからです。


「全部……あんたのせいよ……。」 ずっとわたしを苦しめた……翠先輩の言葉。


この言葉が、わたしを不安にさせ……そして決して知りたくなかった真実のかけらでした。



8月26日の昼、わたしは翠先輩を「大事な話がある」から……と無理やり公園に呼び出しました。


翠先輩が来たのは、待ち合わせの時間から30分後のことでした。


わたしをずっと避けていた翠先輩も、きっと悩んだのだと思います。


わたしは翠先輩に、あの言葉の意味と短冊のことを聞いたのです。


短冊という言葉を聞いた瞬間……翠先輩の表情は険しくなり、そのあとしばらく沈黙が続きました。


黙っている翠先輩に、わたしは彼の部屋で同じ短冊を見たことを話しました。


険しかった翠先輩の表情はとても悲しげな表情に変わり、わたしにこう言いました。


「遥にとって……本当に辛い話になるよ。」


わたしは何も言わず……翠先輩の目を見つめて深く頷きました。


そして……呪いの短冊の真実を知ることになったのです。


お姉ちゃんが死んだ理由、翠先輩の言葉の意味、短冊の呪い、そして……これから起こること。


その全てが……わたしには耐えられない真実であり……現実でした。


震える身体を抑えながら、溢れ出る涙を拭うことも出来ず……わたしはその場に崩れ落ちました。


わたしのせいでお姉ちゃんが死んで、今度は彼が死んでしまうかもしれない。


大好きな彼とずっと一緒にいたいというわたしの願いは……音を立てて崩れ去りました。


そして……わたしは全てから逃げました。


もしかしたら彼は、わたしが決別したことで命を救ったのだと思っているかもしれない。


わたしが彼のそばにいることで、彼を死に追いやってしまうことはわかっていました。


でも本当は……目の前にある全てから逃げたのです……現実から、そして彼からも。


その2日後の8月28日、わたしは彼に何も告げずこの街を去りました。


そして8月31日の夜、わたしは彼に別れを告げたのです。


彼と別れたあと……わたしは何度も彼のことを忘れようとしました。


逃げ出したわたしが、こんなことを言う資格はないかもしれないけれど……仕方がなかったんだって。


何度も何度も自分に言い聞かせて、納得させようとしました。


でも、彼のことを忘れた日は1日もありませんでした。


もう2度と彼と結ばれることはないのに……彼と向き合わずに逃げ出したのに……。


それでも、彼のことが大好きという気持ちは、変えることが出来ませんでした。



月日が経ち、22歳になったわたしは隣町にいました。


高校を卒業したわたしは、大学へは行かず保育士の専門学校へ行きました。


そして、無事に保育士の資格を取り、就職が決まった矢先……お父さんの転勤が決まりました。


両親は以前の家の隣町へ引っ越し、就職が決まっていたわたしは、そのまま1人暮らしをすることになりました。


子供達と過ごす日々はとても楽しくて、彼のことを引きずるわたしの心を少しだけ癒してくれました。


だけど、22歳の5月頃……わたしは仕事中に倒れて病院に運ばれました。


そして、病気が発覚したわたしは実家へ戻り、隣町の病院へ転院することになったのです。


何度も辛い検査を受け……お医者さんが下さした診断結果は、以前患った疾患の再発でした。


このときわたしは聞かされていなかったけれど、恐らく両親は余命の宣告を受けたのだと思います。


それは……高校1年で同じ疾患を患ったときと同じ表情で……お母さんがわたしを見ていたから。


気取られないようにと笑顔を見せるお母さんの表情は、とても痛々しいものでした。


彼と向き合わず、何も説明もせず……一方的に別れを告げたわたしに、天罰が下ったのかもしれません。


入院してからのわたしは、病室の窓から見える景色を眺め……ただ泣くことしか出来ませんでした。


わたしは空を眺めては……「お姉ちゃんごめんね……。」と謝りました。


お姉ちゃんが命を掛けてわたしを助けてくれたのに……大切に出来なくてごめんなさいって。


そんな苦しみの中、わたしが苦しいときにいつも支えてくれた彼の笑顔が目に浮かびました。


彼と別れてからも、肌身離さず身に着けていたブレスを見つめ、彼の姿を思い出す。


その瞬間だけが、夜の病室で1人……孤独なわたしを癒してくれました。


1日が過ぎまた1日……わたしの残り時間が少なくなるにつれて、彼への想いが強くなりました。


「お願い……神様、最後に……最後だから、もう1度彼に会いたい。」と何度も何度も願いました。


そして……呪いの短冊のことを思い出したのです。


7月7日の昼、わたしは外出許可を貰って笹葉神社へ連れて行って貰いました。


わたしはお母さんを入り口で待たせて、1人で拝殿へと向かい……そして1人の老婆と出会いました。


「願い事かい?」

「はい、短冊を貰いに来ました。」

「おやおや、知ってて来たのかい?」

「はい……。」


しばらく話していると、老婆が険しい表情を浮かべわたしに言いました。


「あんたに短冊は渡せないね……。」

「えっ? どうして……。」

「あんた……もう長くないだろ。」


老婆にそう言われたわたしは……黙ってうつむくことしか出来ませんでした。


「わかったら諦めて帰んな。」

「諦められるわけないよ!」


どうしても彼に会いたかった……身勝手だけど、彼に会って言いたいことがあったから。


「ねぇおばあちゃん! お願い、最後だから……お願い。」


そう言って泣き崩れるわたしの姿を、老婆はしばらく黙って見ていました。


「お願い……彼に会いたい……。」

「ふぅ……わかったよ……。」

「えっ、本当に?」

「ただし、条件が1つだけある、それはね……。」


わたしは老婆の出した条件を受け入れて、真っ白な短冊を受け取りました。


そのあとわたしは、自宅の部屋に寄り、短冊に願いを書いて窓際に吊るしました。



8月10日の誕生日を過ぎた頃、わたしは1人で歩けないほど症状が悪化していました。


短冊に願いを書いてから1か月過ぎても……彼に会うことは出来ませんでした。


8月21日……彼が病室の前まで来ていたことを、お母さんから聞きました。


わたしに会わず帰った彼……もう2度と会えないかもしれない。


8月24日の昼頃……諦めかけていたわたしに、彼は会いに来てくれました。


彼の顔を見た瞬間、今までの想いが全部……涙と一緒に溢れだした。


「ごめんなさい。」 わたしが彼にずっとずっと言いたかった言葉。


そして、そんなわたしを彼は変わらず、優しく受け止めてくれました。


それから彼と過ごした時間は……とても幸せでした。


忙しい中、仕事の合間や休みの日に……彼はわたしに会いに来てくれた。


わたしを優しく抱きしめ……「大丈夫だから」 ってずっと言ってくれた。


わたしが逝く前日まで……彼はわたしを優しく包んでくれました。



そしてわたしは……9月5日の13時過ぎ……静かに永遠の眠りについたのでした。



わたしは今、笹葉神社にいます。


きっと説明しなくても、わたしが神社にいる理由に……お気付きだと思います。


この先……わたしはきっと何年、何十年、何百年とこの神社から離れることは出来ないでしょう。


これが呪いの短冊の……本当の呪いなのかもしれません。




「ねぇ……秋くん、わたしはあなたに出会えて本当に幸せだった。 だからもう……ここには来ないでね。」


最後に、わたしは切に願います……彼がこの神社に2度と来ないことを。



「だって……わたしは、あなたの……あなたの命だけは奪いたくないから……。」



(了)



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