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LAST60  作者: 秋雨冬至
2/20

カウントダウン

「ご飯出来たわよー!」


母親の声で目が覚める。


「ふぁぁ……。もうそんな時間か。」


部屋を出る前、ふと短冊の方を見つめる。


「叶うと良いな……。ん?」


僕は、風で揺れる短冊の異変に気付いた。


「なんだこれ? 60?」


短冊の裏になかったはずの60という数字があった。


一瞬寒気がしたが、深く考えず部屋を出た。


7月8日 朝の出来事。


朝が弱い僕は、いつも遅刻ギリギリに起きていた。


昨日のこともあってか、あまり眠れず1時間も早く目が覚める。


「たまには余裕をもって行くか。」


かなり久しぶりに朝食を食べる僕を、珍しそうに母親が見ていた。


「ごちそうさま、いってきます。」

「気を付けてね、いってらっしゃい。」


いつもは慌てて挨拶する余裕もなかったせいか少し新鮮だった。


「良いことありそうだな。」


なんてつぶやきながら、家を出た僕は学校へ向かう。


学校までは歩いて30分くらいの道のり。


以前は自転車で通っていたが、昨年の秋に足を怪我してからはリハビリがてら歩いている。


随分と長いリハビリ期間だと思うかもしれない。


身長173cm 体重62kg 運動神経は人並み 成績は中の下くらい。


それが僕である。


中学のとき、公園でストリートバスケをしている人達を見て、憧れてバスケ部に入った。


レギュラーでは無かったが、試合には出ていた。


高校では補欠だった僕だが、努力の甲斐もあって、1年の秋に初めて試合に出ることになった。


その試合で相手選手と接触した際、足首を複雑骨折し選手生命を絶たれた。


リハビリ次第で日常生活に支障はないものの、一生バスケが出来なくなった。


そんなことがあって、毎日歩いて通っている。


家から15分くらい歩いたところに、僕がバスケを始めるきっかけとなった公園がある。


バスケを辞めてからは、避けるように足早に通り過ぎていたが、今日は足が止まった。


バスケのコートがあるフェンス際に、同じ学校を制服を着た少女が立っていたからだ。


「笹浪さん?」


少し離れていたが、肩まで伸びた綺麗な黒髪 少し寂しげな表情 良く見ていた横顔だった。


教室でほとんど話をしたことはないが、チャンスと思い声を掛けることにした。


「笹浪さん、おはよう。」


ゆっくりと振り返る彼女。


「あっ……春川くん。」


彼女は少し驚いた表情でそう言った。


「おはよう。」

「何してたの?」

「ううん、なんでもないの。」


そう言うと彼女は足早に歩きだした。


「あっ、ちょっとまって! 一緒に行かない?」


短冊の後押しがあってか、思わず言葉が出た。


「う、うん。」


少し赤くなった彼女の表情が、いつも以上に可愛く思えた。


短冊の効果があったのかな? とか思いながら、いつもよりゆっくり歩く僕。


横に並ぶ彼女は、思っていたよりも小柄だった。


緊張のせいか、特に話をしたわけではないが、初めて彼女と歩く時間はとても幸せだった。


教室に着いた僕達はそれぞれの席へ向かう。


窓際の一番後ろが僕の席だ。


彼女の席は通路側の前から3番目。


教室ではほとんど目を合わせることもない。


それほど今朝の通学時間は貴重だったと言える。


授業が終わり放課後、帰り支度をしている彼女に、勇気を出して声を掛けた。


「良かったら、一緒に帰らない?」


少し考えてから、彼女が答える。


「う、うん。」


今朝のことを思い出した僕は、思わず笑ってしまった。


「朝とリアクションが同じだね!」


あまり笑顔を見せない彼女が、少し笑った。


帰り道、公園の近くで立ち止まる彼女。


「春川くん、わたしね……。」

「えっ? どうしたの?」

「昔、ここで春川くんに会っているの覚えているかな?」

「えっ?」


確かに中学でバスケを始めたとき、この場所で良く練習していた。


「道路にボールが飛び出して……。」

「あっ、あのとき。」


そういえば、フェンスを飛び越したボールを少女にぶつけてしまったことがある。


ショートカットが似合う元気な子だった。


「もしかして、あのときのショートカットの?」

「うん、やっぱり気付いてなかったんだね。」


クスっと笑いながら彼女はそう言った。


世間は狭いって良く言うけれど、こんな嬉しい狭さならありがたい。


彼女とこうして一緒にいることに運命を感じた。


「それじゃ、わたしこっちだから。」

「うん、じゃあまた明日ね。」


公園の近くから反対方向に家がある僕達はそこで別れた。


家に帰った僕は、着替えを済ませベッドに横たわった。


「今日は本当に幸せだったな。」

「まさか、彼女が前から僕を知ってくれてたなんて。」


しばらく枕を抱きしめ妄想にふけっていた。


「やっぱり短冊の力なのかな?」


そうつぶやいた僕は、窓際に揺れる短冊を見た。


「えっ?」


短冊の裏側の数字は59だった。



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