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LAST60  作者: 秋雨冬至
16/20

数字が0になる日

9月1日 始業式の日。


連絡が取れなくなった彼女と、顔を合わすことに若干の気まずさを感じながら僕は教室に入った。


教室に入ったときに彼女の姿はなく、始業時間が始まってからも彼女の姿はなかった。


「休みなのかな……。」


顔を見て話しさえ出来れば、また前みたいに一緒に過ごせる……そんな希望を抱いていた。


しばらくして担任の先生が言った言葉が、そんな僕の希望を無残にも打ち砕いた。


「残念な報告があります。笹浪さんが親御さんの都合で転校することになり、先日引っ越しをされました。」


先生の言葉を聞いた瞬間、どうしようもない絶望感が僕を襲った。


「そんな……。」


目の前にある現実を受け止められない、というのはこんな感じなのだろうか。


そんな僕の頭の中で、彼女と過ごした記憶が、走馬灯のように浮かんでは消えていった。


それと同時に、彼女に対しての疑問が次々と頭の中に浮かび上がった。


どうして、彼女は急に僕を避けるようになったのだろうか?


どうして、彼女は僕に何も言ってくれなかったのだろうか?


どうして、僕達は別れなければならなかったのだろう。


どうして……どうして。


でも、そんなことをいくら考えても、答えなんて出るわけがなかった。


その日の帰り……僕は彼女の家、いや正確には彼女の家だった場所に立ち寄った。


人気のないその家の前で、彼女の部屋だった場所をただ見つめていた……。


そう、ただ立ち尽くして……何もない、彼女の部屋をずっと見つめていた。


その日の夜、ベッドに横たわりこんなことを考えていた。


僕は彼女のことが大好きだった、物凄く……大切な存在だった。


そんな彼女がふいに見せていた寂しげな表情は、離れてしまうことがわかっていたからなのだろうと。


だから、もし彼女が……引越しのことで悩んでいたのだとしたら、と思うと胸が苦しくなった。


その事実を知っていれば、遠距離恋愛になったとしても、僕が彼女を想う気持ちは変わらないはずだと。


でも、彼女の抱えた……いや僕達の抱えた問題はそんな単純なものではなかった。



9月5日 放課後の教室


放課後、家に帰ろうとした僕だったが、クラスメイトの女子2人の会話に思わず立ち止まる。


「ねぇねぇ、知ってる? 呪いの短冊の話。」

「えっ? 何それ?」

「願いがなんでも1つだけ叶うんだって。」

「願いが叶うのにどうして呪いなの?」

「願いが叶うかわりに……60日後に死んじゃうんだって……。」

「嘘だー。」

「1つ上の学年の笹浪さんっていたでしょ? 去年亡くなった。 使ったらしいよ……。」

「まさかー、それ絶対嘘だよ。」


呪いの短冊? 60日後? まさか!!


「その話どこで聞いたの!」


凄い剣幕で聞く僕に対して、怯えながら女子が答える。


「夏休みに……公園で誰かが聞いたって、詳しくは知らないよ。」

「そ、そうなんだ……ごめん。」


慌てて教室を飛び出し、家に帰った僕は、机の引き出しから短冊を取り出した。


最後に見たのはいつだっただろう? 僕は少し震えながら短冊の裏を見た。


「どういうことだ……。」


本当なら短冊の裏にあったはずの数字が……跡形もなく消えていた。


確か……最後に見たときの数字は54だった。


うわさ話が本当なら、短冊の裏の60は死へのカウントダウンで数字がどんどん減るはず。


そして今日がちょうど60日後……なのにどうして数字がないのか?


僕は短冊を持ち帰った日のことを思い返す……短冊に願いを書いて吊るした時間。


「17時! 今何時だ!」


時計の針は16時58分に差し掛かる。


チッチッチ……。


「まさか、本当に死ぬわけない……よな?」


チッチッチッチッチ……。


「やめろ……やめてくれ! うわー!」


無情にも時計の針は17時を指す。


チッチッチッチッチッチ……。


そのあと時計の針が17時1分になっても僕は生きていた。


「えっ? はは……ははは……生きてる?」


僕は全身汗だくになりながら、ベッドに崩れるようにうずくまった。


「そもそも呪いなんて……あるわけないよな……はは。」


そう言って、僕は所詮うわさ話だと自分を無理やり納得させようとした。


でも、僕には1つだけ引っ掛かっていることがあった。


うわさ話に出てきた1つ上の笹浪さん……それは彼女の姉、笹浪朱音のことだ。


僕は疑問だった……そもそも、どうして笹浪朱音は亡くなったのだろう?


このとき僕は、瀧川先輩が彼女に言った言葉を思い出したんだ。


「あんたのせいよ。」


この言葉に違和感を感じた僕は、数日後……瀧川先輩に話を聞きに行った。


「お願いします先輩、知っていること……全部教えて下さい。」


最初は断っていた瀧川先輩も、何度も頭を下げて頼み込む僕の姿を見て、静かに語りだした。


そして……僕は真実を知った。


笹浪朱音は2年生の7月7日七夕の日に、笹葉神社へお参りに行った。


七夕の日に願いが叶うという神社……そんなうわさ話にわずかな希望を抱いていた。


そして……神社で笹浪朱音は願った。


「妹の病気を治して下さい。」


そして……僕と同じように、あの老婆に出会ったんだ……。


僕とは違い、全てを知った上で笹浪朱音は短冊に願いを書いた。


60日後……笹浪朱音は亡くなった。


亡くなる数日前のこと……笹浪朱音は大親友の瀧川先輩にだけ全てを打ち明けていた。


そして……笹浪朱音の話を聞いた瀧川先輩は、彼女を憎むようになった。


姉が妹の身代わりになって死んだという事実。


公園で彼女に言った瀧川先輩の言葉は……本当にそのままの意味だったんだ。



彼女が僕の部屋に来たあの日、机の引き出しから落ちた短冊。


もしかしたらあのとき、彼女は僕が書いた短冊の願いを見てしまったのかもしれない。


そしてもし、同じ短冊を彼女が以前に見ていたとしたら……。


散らばっていたパズルのピースが次々とはまっていった。



彼女はあのあと、瀧川先輩に話を聞いたんだ……この日の僕と同じように。


真実を知った彼女はどんな気持ちだったのだろうか? とても僕には計り知れない。


1つ腑に落ちないのは……短冊に願いを書いた僕が、今こうして生きていること。


「僕は短冊に願いを書いた……それなのにどうして生きてるんですか?」

「それはね……1つだけ呪いを解く方法があったから。」


呪いを解く方法……それは願い事を破棄する、もしくは破棄させる。


簡単に言えば願い事が60日以内に叶わない、正確には60日後に成立していなければ良いということ。


ただし、破棄した願いは2度と叶わない……というものだった。


「ごめんなさい……さよなら。」という彼女からの最後の言葉。


それはきっと、僕を助けるために、彼女が出した結論が……決別だったからだろう。


「なぁ、遥……僕が短冊に願いを書かなかったら。」


もし、僕が短冊に頼ることなく彼女を想っていたら、こんな結果にはならなかっただろうか?


ただそれは……誰にもわからないことだろう。



知らぬ間に始まりを迎えた死へのカウントダウン……60日。


永遠に叶うことのない、そして何も知らずに命を掛けた……僕の初恋は終わった。


彼女の想いとともに……。



月日は流れ……。


7月7日の七夕の日、20歳になった僕は神社に来ていた。


あれから僕は恋をしていない……彼女のことを忘れることが出来なかったから。


神社の木々に吊るされた、沢山の短冊を見て思う。


あのとき、彼女の辛い決断がなかったら……僕はもうここにはいなかっただろうと。


僕は賽銭を投げ込み願った。


「笹浪遥が健康で幸せに暮らしていますように。」


願い事を終え、後ろを振り返ると……老婆が僕を見ていた。




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