違和感
8月19日 僕の部屋にて。
2日前の夏祭りの日、彼女と初めてキスをした僕は、彼女のことばかり考えていた。
「遥のくちびる……柔らかかったな。」
まぁ……思春期には良くあることだと思うが、妄想は膨らむものだ。
重ねたくちびるの柔らかさや抱きしめたときの肌の感触は、2日経った今でも忘れられないでいた。
それと同時に、花火を見ながら泣いていた彼女の姿も気になっていた。
「どうして泣いてたんだろう。」
ふいに見せる彼女の寂しげな表情や涙の理由なんて、このときの僕には想像も出来なかった。
だけど……この日から僕と彼女の歯車は狂い始めたのかもしれない。
この日、彼女との何気ないメールのやりとりからことは始まる。
確か昼前頃だっただろうか、こんなメールを彼女に送った。
「そうそう、夏休みの課題進んでる?」
ブルブルブル。
「うん! あとは読書感想文!」
最近本をあまり読んでなかった僕は読書感想文の存在をすっかり忘れていた。
「読書感想文あるのすっかり忘れてた。」
僕がそうメールを返すと、しばらくして彼女からの返信。
「そうだ、一緒に図書館行こうよ!」
彼女からの誘いにテンションが上がった僕は、もちろん「行きたい!」と返した。
そのあと僕達は、21日の午前中に公園で待ち合わせることにした。
この日の午後は特に何もなく、平穏のまま終わりを迎えることになる。
8月21日 公園にて。
10時に公園で待ち合わせをした僕が、公園に着いたのは9時55分のことだった。
いつものようにベンチに座った僕は、暑さで少しヘロヘロになっていた。
前日雨が降ったせいで、湿度の高い真夏日という感じだった。
僕は持参したペットボトルのお茶を一気に飲み干し、空を見上げながら彼女を待った。
この日は珍しく、10分ほど遅れて彼女がやって来た。
「ごめーん、秋くん! 遅れちゃった。」
「全然大丈夫!」
走って来たのか、少し汗ばんだ彼女が呼吸を整えている。
「大丈夫?」
そう声を掛けた僕に笑顔で彼女が答える。
「うん! 大丈夫だよ!」
暑さのせいか、少し薄着の彼女の姿がとても可愛かったのを覚えている。
彼女の呼吸が落ち着いたのを見計らって、僕達は図書館へと向かう。
隣町の図書館へは、公園から駅へ向かう途中にあるバス亭から行くことにした。
バス停へと向かう僕達の繋いだ手は、暑さのせいか少し汗ばんでいた。
バス停に着いた僕達は、タオルで汗を拭いタイミングよく来たバスに乗り込んだ。
通常15分くらいで着く距離だが、この日は混んでいて20分以上掛かった。
バスの中ではあまり話をしなかった僕達だったが、降りたと同時に話し出す。
「凄い混んでたね。」
「うん、わたしちょっと疲れちゃった。」
20分以上も立ちっぱなしで疲れた僕達は、図書館へ行く前にカフェで休憩することにした。
カフェに着いた僕達は、ドリンクを買って空いている席に並んで座った。
「夏休みもあと10日か。」
席に着いた僕がそうつぶやくと、寂しげな表情をした彼女が言った。
「そうだね……早いね。」
その表情に違和感を覚えた僕は続けて聞いた。
「どうかしたの?」
少し驚いた表情で彼女が答える。
「えっ! あっうん 大丈夫だよ!」
すぐ笑顔になった彼女に安心して気付かなかったが、ここで大丈夫と答えるのは少し変だと思う。
本当に何もなければ……きっと「なんにもないよ」とか「なんでもないよ」とかが相応しいだろう。
鈍感な僕は、それ以上彼女に何も聞かなかった……いや聞けなかったというべきか。
休憩を終えた僕達は改めて図書館へ向かった。
図書館に着いたあと、初めての来た僕は彼女を先に行かせ、受付で図書館カードを作った。
カードを作り終えた僕は、子連れ客で少し混んでいた図書館を見まわした。
「遥どこだろう?」
そうつぶやきながら僕は、館内にいる彼女の姿を探した。
少し奥の方へ歩いて行こうとする僕に、彼女が後ろから声を掛けてきた。
「秋くん!」
「おわっ。」
驚いて少し大きめの声を出してしまった僕に、彼女が笑顔で口の前に指を立てた。
「ご、ごめん。」
「大丈夫だよ!」
そんなやりとりのあと、僕達は読書感想文用に本を探すことにした。
「小説が良いかな?」
そう言って小説コーナーへと向かう彼女のあとについて行く。
ぎっしりと並ぶ本の山に圧倒されながらも、楽しそうに本を探す彼女を見ると笑顔がこぼれた。
「あっこれ2冊あるね!」
そう言って彼女が僕に見せたのは「時空を超えて伝える想い」という小説だった。
通常、図書館に同じ本は2冊ないのだが、延滞や紛失して見つかるなどのときに補填する場合がある。
「同じ本で感想文書こうよ!」
彼女と何かを共有することに喜び以外ない僕は……もちろんOKした。
館内で少し読むことにした僕達は、空いている席に並んで座った。
小説の内容は、異世界に生まれた男女が時空を超えて巡り合い、そして愛を深めるという感じだろうか。
話しの最後には、故郷に帰る女の世界へと、男が故郷を捨ててついて行く。
その間の葛藤を描いた作品で、これが結構泣けるものだった。
ただし、今回の僕達の話には特に関係ないので……小説の詳しい内容は割愛しよう。
ブルル、ブルル、ブルル。
かれこれ1時間くらい本を読んでいたときのこと、突然彼女の携帯が鳴った。
携帯を取り出して見た彼女は、表情を少し曇らせた気がした。
「どうかした?」
「えっ? あ、うん。 お母さんから。」
「何かあったの?」
「ううん、早めに帰っておいでねって。」
メールは彼女の母親からで、早めに帰ってきなさいという感じだったようだ。
バスが混んでいたり、カフェで休憩したりしたせいか、このときには15時をまわっていた。
「そろそろ帰ろうか?」
僕がそう言うと、彼女は無言で頷き席を立ちあがった。
受付で本を借りた僕達は、バス亭へと向かい歩いていた。
「本当に大丈夫?」
「うん! 大丈夫!」
このときもやはり……彼女は笑顔で答えた。
バスを降りたあと、僕達はゆっくりと公園まで歩いていた。
「本返すときも一緒に行こうよ!」
「うん……。」
「カフェで食べたケーキ美味しかったね!」
「うん……。」
公園に近づくにつれ、彼女の反応は素っ気なくなっていた。
公園に着いた僕達は、別れを惜しむかのように少しベンチに座った。
手を握りしめて並んで座っていた僕達、僕は空を見上げて彼女に言った。
「明日家に行ってもいいかな?」
僕の言葉に驚いた彼女が……握っていた手を離して言った。
「えっ? ごめん、今散らかっててダメなの。」
予想外の彼女の答えに僕は驚きを隠せなかった。
「そ、そうなんだ。 じゃあ明後日は?」
そのあとしばらく黙り込んだ彼女は、「ごめんね。」と言って帰ってしまった。
恋人同士になってから、僕は彼女の家に何度も遊びに行っていた。
「急にどうしたんだろう……。」
僕はそうつぶやいて、しばらくベンチで空を見上げていた。
彼女の家に行けないということよりも、彼女の初めての[拒絶]が僕の心を不安にさせた。
本当に部屋が散らかっていただけかもしれない。
ただ、母親のメールを見てから様子がおかしくなったことは、鈍感な僕でもわかっていた。
正直、この日の夜はモヤモヤして眠れなかったのを覚えている。
ベッドに横たわった僕は、真っ暗な部屋の天井をただ見つめていた。
そして、短冊の裏の数字は15、僕の……いや僕達の運命は加速する。