夏祭り 前編
8月16日 夏祭り前日。
13日からの今日まではお盆だったのもあり、家の用事で忙しく彼女とメールもしていなかった。
明日は大地にとって大事な告白の日なのだが、僕は彼女との夏祭りを楽しみにしていた。
「遥……浴衣で来るのかな。」
彼女の浴衣姿を想像してニヤニヤしている僕を、母親が訝しそうな顔で見ていた。
「ニヤニヤしてないでこっち手伝って!」
「え? あ、わかったー。」
母親に言われて我に返った僕は、用事を済ませて部屋に戻った。
「ふぅ……疲れた、それにしてもそんなにニヤニヤしてたかな?」
あとになって、母親にニヤニヤした表情を見られたことに対して、恥ずかしさで変な汗が出た。
「あはは……忘れよう。」
僕は汗を拭い、ベッドに横たわり携帯を手に取った。
「遥どうしてるかな……。」
僕は彼女にメールを送ることにした。
「久しぶり、用事が終わってやっと落ち着いたよ!」
ブルブルブル。
「久しぶりだね! わたしも今日帰ってきたよ!」
しばらくメール出来なかったのは、彼女が母親の実家に行っていたからだ。
彼女の母親の実家は、かなり山奥の田舎らしく携帯が県外になるような場所だった。
「おかえり! 明日大丈夫?」
ブルブルブル。
「もちろん! 楽しみにしてるよ!」
久しぶりの彼女とのメールは、僕をとても癒してくれた。
「あっそうだ!」
僕はふと、明日の予定について思い立った。
明日の夏祭りのダブルデートは、公園で大地達と17時に待ち合わせ。
思い立ったのは、早めに彼女と待ち合わせて2人の時間を作ることだった。
「明日17時に大地達と待ち合わせなんだけど、少し早めに2人でお店まわらない?」
ブルブルブル。
「うん! 何時にしようか?」
夏祭り自体は今日から2日間だから問題はないが……あまり早いとあとから見るものがなくなる。
「そうだなー、15時30分くらいでどうかな?」
ブルブルブル。
「うん、わかった! 楽しみにしてるね!」
僕は彼女に「また明日ね!」とメールを返したあと、大地にメールを送った。
「明日の服どうすんの? 大地も浴衣?」
ブルブルブル。
「いやー俺は浴衣持ってねーから私服かな。 春秋は?」
僕は浴衣を持っているが、大地が私服なら自分も私服で行こうと思った。
「大地が私服なら俺も私服にしとくわー。」
ブルブルブル。
「りょーかい! じゃ、明日よろしくな!」
大地とメールを終えた僕は、少し残っていた夏休みの課題を進めた。
夜、彼女とのデート前には決まって眠れないことをみこし早めに眠った。
その夜……不思議と早く眠りについた僕は、変な夢を見た。
8月17日 夏祭り当日。
朝、正確には昼前頃に目が覚めた僕は少し夢のことが気になっていた。
小さな少女が僕を指さして何か言っていた。
「もうすぐ……○×△□!」
懸命に何かを伝えようとする、少女の言葉の最後が聞き取れなかった。
「もうすぐ……なんだろう?」
多分沢山の夢を見て、起きたときには忘れていることがほとんどだと思う。
でも、この夢……僕を指さして何かを言っている少女の姿ははっきりと覚えていた。
「まあ……いいか。」
僕はあまり気にしないことにして、待ち合わせの時間までゴロゴロと過ごした。
15時25分 公園に着いた僕はいつものベンチに座って彼女を待っていた。
「待った?」
聞き慣れた声に振り向いた僕の目に映ったのは、浴衣姿の彼女だった。
黒髪の綺麗な彼女は、僕の想像以上に浴衣姿が映えた。
「か、可愛い……。」
「ちょ、ちょっと……恥ずかしいよ。」
またしても……心の声がダダ漏れだった。
「あっ! あははは……。」
恥ずかしそうに笑う僕を、うちわで仰ぎながら笑顔で彼女が言った。
「ねぇ、そろそろいこ!」
「うん!」
僕は彼女の手を取り立ち上がった。
この辺りでは大きなイベントのせいか、神社へ向かう林道から人が溢れていた。
人混みの中ではぐれないようにしよう……と思う彼女の手を握る僕の手には少し力が入っていた。
そんな僕の手を、彼女も少し強めに握り返してくれたことを……今でも覚えている。
林道を越えて神社までの階段を上り、入り口に着いたとき彼女が言った。
「すごーい! お店いっぱいだね!」
「凄いね!」
フランクフルト屋・リンゴ飴屋・金魚すくいに型抜き、お祭りの屋台を見るだけでテンションが上がる。
「何しようか?」
僕が彼女に聞くと、彼女はこう答えた。
「先にお参りしよ!」
「うん、そうだね。」
人混みの中、僕達は拝殿へと向かった。
拝殿に着いた僕達は、鐘を鳴らし賽銭箱に5円玉を入れた。
お参りの作法を済ませた彼女が目を閉じて何かを願う。
その姿を見て僕も作法を済ませ、目を閉じた。
「秋くん! どんなお願いしたの?」
目を開けた僕に、先にお参りを済ませた彼女が聞く。
「あはは、内緒。 遥は?」
「えー、じゃあわたしも内緒!」
そんなやりとりがとても楽して、幸せだったのを覚えている。
「なにする?」
そう聞いた僕に、彼女が指をさして言った。
「あれ!」
彼女が指をさした先にあったのは射的の屋台だった。
屋台の前にで射的の景品を見て彼女が言う。
「あれ可愛いね!」
「えっ? どれ?」
聞き返した僕に彼女が指さす。
「あっあれって。」
「うん!」
それは彼女の部屋にあるぬいぐるみに良く似ていた。
弾が当たったても……おそらく倒れることはないであろう少し大きめのぬいぐるみ。
「頑張ってね! 秋くん!」
「頑張れって……。」
真剣な眼差しで僕を見つめる彼女の熱意に負け……僕は射的をすることにした。
300円で弾は5発、的は大きいので外すことはないだろう。
案の定、1発目、2発目と命中するもビクともしない。
「これ……無理じゃないかな?」
「だね……。」
ビクともしないぬいぐるみを見て、彼女も無理だと思ったようだ。
3発目を撃とうとしたとき、端っこにある景品が目に入った。
「ちょっと待っててね!」
彼女にそう言って僕は残りの弾でその景品を狙い、最後の1発で見事に撃ち落した。
「はい、これ!」
そう言って彼女に渡したのは、同じシリーズであろう小さなマスコットのキーホルダーだった。
「可愛い! 秋くんありがとう!」
「どういたしまして。」
彼女は嬉しそうに、持っていた巾着にマスコットをつけた。
「あっ、そろそろ公園に戻ろうか。」
待ち合わせ時間まではまだ少し余裕があったが、花火があるこの日はとても人が多かった。
「そうだね……。」
僕達は人混みの中、ゆっくりと公園まで戻った。
人混みを抜けるのに予想以上に時間が掛かり、公園に着いたのは10分前のことだった。