僕は彼女で 彼女は僕で
8月8日 自分の部屋。
初めて彼女の部屋へ遊びに行ってから5日経った。
つい2日前にも彼女の家に遊びに行き、楽しい時間を過ごしたばかりだった。
彼女の母親にもすっかり気に入られて、2回目にして母親にも「秋くん」と呼ばれるようになった。
仲良くなって1か月弱、付き合い始めて1週間ほど経つが僕は肝心なことを忘れていた。
「遥の誕生日っていつだろう?」
どちらかというと最初に聞くことなんだろうが、僕はこういうところが少し抜けている。
因みに僕の誕生日は1月11日でもうとっく昔に過ぎている。
気になった僕は彼女にメールで聞いてみる。
「遥って誕生日いつ?」
ブルブルブル。
しばらくして彼女から返事が来た。
「明後日、8月10日だよ! 秋くんは確か1月だよね?」
どうして彼女が僕の誕生月を知っているんだろう? というのは置いといて……明後日!!
「誕生日まであと2日か……。」
僕は財布の中身を眺めて大きくため息をついた。
「おっと、メール返してなかった。」
彼女に返事をしていないことを思い出した僕はメールを送る。
「もうすぐだね! あれ? 誕生日教えてた?」
ブルブルブル。
「ううん、教室で誕生日の話してるの聞いたから(笑 」
確かにそんな話を教室でクラスの連中としたことはあった。
「そうだったんだ(笑 」
僕は彼女にメールを返し、プレゼントについて悩むことになる。
僕の高校ではアルバイトが禁止されていて、毎月の小遣いやお年玉でやりくりしている。
財布の中身は3000円、銀行にはお年玉貯金が多少あるが……大した金額ではない。
そもそも僕は、両親以外にプレゼントをあげたことがなく検討もつかなかった。
「遥の好きなもの……。」
彼女の好きなものを必死で思い浮かべる。
本・ゲーム・ぬいぐるみ・甘いもの? ってどれも誕生日には微妙だった。
背伸びしてオシャレなプレゼントをあげられるほど予算もない。
「難しいな……。」
ぬいぐるみも考えたが、彼女の部屋にある大きなぬいぐるみと比べると……却下だ。
結局この日は散々悩み抜いた揚句、答えは出なかった。
8月9日 誕生日前日。
彼女のプレゼントが決まらない僕は、とりあえず商店街に行くことにした。
商店街の中にはファッション街があり、そこなら何か見つかるかもしれないと思ったからだ。
家を出た僕は自転車に乗り、商店街へと向かった。
商店街に着いた僕は、駐輪所に自転車を止めて商店街を歩く。
食品街を抜け、分かれ道の先にファッション街があった。
服屋や帽子屋に古着屋なんかもあるが、プレゼントに古着とか論外だろう。
めぼしい店が見つからず、ファッション街を抜けるかというとき、小さな雑貨屋を見つけた。
「ここなら何かあるかも!」
そうつぶやいて僕は店内に入った。
時計やクッションや傘やちょっとした小物、どれも可愛らしくて良い感じだ。
「悩むな……。」
大きなものでなければ予算は問題ないが、とにかく数が多くて悩む。
しばらく店内を彷徨っていた僕は、あるコーナーで立ち止まった。
リングやピアスやネックレスにブレスといったアクセサリーコーナーだった。
穴をあけていないピアスは除外して、僕はリングやネックレスを物色する。
メッキやステンレス製で1500円前後、革やビーズ系だと500円から1000円前後だ。
僕は彼女の姿を浮かべながらしばらく悩んだ。
結局……2、3点までは絞れたが決めることが出来ず店を出た。
「どうしよう……。」
タイムリミットは明日まで、こういうときの優柔不断はキツイものがある。
あとから思えば、初めてのプレゼントは何を貰っても嬉しいものだ。
ただ、このときの僕は彼女を喜ばせたい想いで一杯だった。
悩んだ末の結論……それは彼女を雑貨屋へ連れて行き一緒に選んで貰うことだった。
「明日、時間あるかな?」
僕は彼女にメールを送った。
ブルブルブル。
「夜はダメだけど昼間なら大丈夫だよ!」
そのあと明日の待ち合わせ場所と時間を決めて僕は家に帰った。
8月10日 誕生日当日。
公園で待ち合わせた僕達は自転車で商店街へ向かった。
彼女と並んで自転車で走るのは初めてで、これはこれで青春という感じだろうか。
商店街に着いた僕達は、駐輪所に自転車を止めて商店街を歩き雑貨屋へ向かった。
「凄く可愛いね!」
雑貨屋の前に着いたとき彼女が笑顔でそう言った。
少しはしゃいでる彼女の姿がまた一段と可愛かった。
店内を少し見てまわったあと、僕は彼女をアクセサリーコーナーへと連れて行った。
「あのさ、どれが欲しい?」
「えっ?」
「誕生日だから何が良いかなって……。」
彼女は少し驚いた顔をして僕を見ていた。
「そんな……気持ちだけで十分だよ。」
「ほら、付き合って初めての誕生日だからさ。」
遠慮気味の彼女としばらくこんなやりとりが続き、彼女が選んだのは安物の革のブレスだった。
「じゃあ……これ2つ。」
「2つ?」
「うん……ダメかな?」
「全然良いよ!」
彼女が2つ欲しがった理由……鈍い僕は全然ピンとこなかった。
「ちょっと待っててね!」
彼女はそう言って、革のブレスを持って少し離れた店員のもとへ行く。
彼女は店員と2、3やりとりをし、ブレスを渡して戻ってきた。
「楽しみだなー。」
今までで一番の笑顔を見せる彼女を思わず抱きしめたくなった。
しばらくして店員に呼ばれた僕はお会計を済ませた。
2つで1200円……こんな安いプレゼントで良いのだろうか?
そんなことを考えつつ、時間があった僕達はイートインコーナーがあるケーキ屋へ向かった。
席についてケーキとドリンクを頼んだあと、僕はブレスの袋を出して言った。
「遥、誕生日おめでとう。」
「秋くん、ありがとう!」
そう言ってプレゼントを受け取った彼女がブレスを取り出した。
「はい、これ秋くんの分ね!」
そう言って彼女がブレスを1つ僕に差し出した。
「あっこれって。」
「お揃いだよ!」
「H? あっ 遥のH!」
「うん! わたしのはSだよ!」
彼女は店内にあった「無料でイニシャル入れられます」というポップを見つけていたらしい。
「絶対に大事にするね!」
「うん!」
お互いのイニシャルが入ったブレスをつけた僕達はテーブルの上で手を繋いだ。
こうして付き合って初めての誕生日は、彼女の最高の笑顔で終わることが出来た。。
公園まで戻ってきたとき、彼女がふいに言った。
「離れてても……いつも一緒だよ。」
「えっ?」
「ううん、なんでもないよ! 今日はありがとう!」
「どういたしまして。」
彼女の言葉が少し気にはなっていたが、この日はそんなに深くは考えなかった。
家に帰った僕はベッドに横たわり彼女の笑顔を思い浮かべていた。
その間にもカウントダウンは進んでいる。
もちろん、短冊の裏の数字が26だったことを僕は知らない。