不安に駆られながら
「これが俺の体験した全てだ」
そう静かにライズが口を開いた。
ほぼ全員の表情が唖然としていた。それはそうだろう。ライズの口から語られた事はあまりに現実離れし過ぎていた。
「不老……不死」
誰かがポツリと呟く。その声の主に視線が注がれる。何か考えるようにして腕を組んでいるラスクだった。
「なぁライズ。 お前から見てそのクロエっていう少女はどれくらい強かったんだ?」
「そうだな……再生能力や不老不死って事を差し引いても恐らく俺とお前でやっと互角って辺りか、もしくは少し下か」
ライズの言葉にラスクは腕組みしたままだったが表情が少し厳しくなった。ライズの話からするとクロエの狙いはマシロである事が判明した。二人の接触はなるべく避けさせたかった。 今日──しかも今さっき出会ったばかりの少女だったが、これだけの事が起こったのだ。ライズの話を信用して、マシロの安全を確保したかった。
「あんなバケモンと戦って命があるだけマシだな。再生能力に不老不死だ。どうやっても倒す事なんて出来やしねー」
ライズが半ば諦めるような口調で言った。
確かにその通りだ。誰もあの少女を倒せはしないだろう。それは明確に分かっている事だった。ライズはため息を吐くとおもむろに立ち上がってゆっくりと歩き始めた。
「取り敢えず話はここまでだ。俺は一足先に休ませて貰う。怪我してるしな」
そう言ってライズはこの場を後にした。残ったのはラスクとマシロ、そして数人のギルドメンバーだけになった。そのギルドメンバーも顔を見合わすと踵を返した。
ラスクと二人きりになったマシロは少しだけラスクを見上げるように見つめていた。
「ん……? どうかした?」
「いえ、あの、私はこれからどうすれば良いんですか?」
マシロの言葉にラスクは自分の顎に手を乗せると少し間を置いてから口を開いた。
「そうだね、いつ襲われるか分からないし行くアテも無さそうだから好きなだけ泊まっていくと良いよ。あの部屋は自由に使って良いからね? マシロちゃん」
「ありがとうございます……」
マシロはラスクにお礼を言うとラスクに背を向けて歩き出した。
「声に元気が無いね。やっぱクロエって女の子が気になるかい?」
歩き始めていたマシロの足が止まった。
図星の反応だ。マシロは体をラスクに見せるとゆっくりと口を開いた。
「……そうですね。クロエちゃんの言ってた事も気になりますし私以上に私の事を知ってそうな雰囲気でしたから……。それに、ちょっとした違和感って言うか何て言うかクロエちゃんとは初めて会ったのにもう何回も会ってるような感じがしてるような……そんな気がしたんです」
マシロが胸の前で手を組みながら自分の感じた気持ちをラスクに打ち明けた。
「マシロちゃん……」
「って言っても本当に些細な事ですよ。私が勝手に思ってる事だし。クロエちゃんに会ってみないと分からないですよ」
そう言ってマシロは笑って見せた。
「すみません、失礼しますラスクさん」
ペコッとお辞儀をするとマシロは階段を登って部屋へ戻っていった。一人残されたラスクはしばらくその場から動かなかった。
部屋に戻ったマシロはベッドの上で膝を抱えて座っていた。先程からマシロの頭の中でグルグルと渦巻いている疑問がある。
ライズが言っていたクロエの事である。
(あの人が言うにはクロエちゃんは"忘れ去る"って言ってたんだよね……。どういう意味なんだろう? )
必死に意味を考えるが分かるはずもなかった。これはまだ誰にも言ってない事だが、マシロは名前以外で自分の事を思い出した事はない。記憶喪失というやつだ。
(時期が来れば思い出す事も多いってクロエちゃんは言ってたけどこれもクロエちゃんは知ってたって事? 記憶を失くしてるのも……一体何者なの、私は……クロエちゃんは)
グルグルと思考が回転し、少し頭が混乱してきたマシロ。クロエの言う通りその時期というものが来れば思い出すとすれば、その時期はいつなのか───答えの見つからない疑問を一旦振り払い、マシロは少し早いが眠る事にした。
「んっ……ふぁっ……」
目を開けると朝になっており、マシロはベッドの中で軽く伸びをした。背骨がポキポキと小気味よい音を奏でた。 寝ぼけなまこなのか、半目で擦っていた。
「ん〜……そのまま寝ちゃったんだっけ?」
言って気付く。マシロにパジャマや替えの服は無く、ワンピース一着しかなかった。
「……服、どうしよう」
脳が段々と覚醒してきて意識もはっきりするようになってきた。自分の服に視線を持ってく。そのまま寝てしまったため少し皺が出来てしまっている。ワンピースの裾をギュッと握ってベッドに座り込んだ。
「はぁ……せめてもう一着欲しいなぁ。
昨日から突然お邪魔しちゃっててアレだけど……さすがに服一着だとなぁ」
嘆息と共に言葉が吐き出た。十代半ばと言った所のマシロの切実な思いだった。そんな時に部屋にノックの音が木霊した。
「はい、どうぞ」
内側から鍵を掛けれるようになっていたためマシロはベッドから立ち上がり解錠する。
扉が開きノックの主が姿を現した。
「ライズさん……」
「良く寝れたか? お疲れだったなマシロ」
「ありがとうございます。 ぐっすり眠れました」
顔だけ出したライズにお礼とともに笑顔を見せる。それを見たライズは少し頷いてみせた。
「マシロ、今日の昼からラスクが一緒にお前と買い物をしたいと言っててな。見た所それ一着しか無さそうだし、ラスクの好意に甘えて行ってきたらどうだ?」
思いがけない事だった。今しがた考えていた事が早くも解消出来そうだったからだ。
マシロは一瞬目を輝かせたが、フッと目を伏せた。
「でも、お金が……」
「金の事なら心配するな。遠慮せずに買えば良いってラスクからも言ってたからな。こう見えて俺達は結構金持ちなんだぜ?」
申し訳無さそうにしてるマシロにライズがはにかんで親指を立てながら言った。
「何から何までありがとうございます。えへへ」
ライズに釣られてマシロが無邪気そうな笑顔を見せた。年相応らしい笑顔だった。
「それはラスクに言いな。 俺は奴から頼まれただけだしな。早く降りて来いよ? もう朝食が出来るから」
ライズはそう伝えると下へと降りて行った。マシロもそれを確認すると扉をそっと閉めた。閉めると同時に嬉しい気持ちが込み上がってきて自然と笑顔になった。
「えへへ……楽しみだなぁ」
扉にもたれながら買い物で何を買おうかと考えていたマシロだった。




