あるべき姿
世界を白に塗りつぶした光は次第に弱まっていき、一瞬のうちに元通りの光景に戻っていた。 そこにはクロエの肩に寄り掛かるようにしているマシロがいた。クロエはマシロの身体を優しく包み込むように両手で背中から抱いていた。
「どう? マシロ……私の事分かる?」
クロエはマシロの耳元で囁く。記憶の確認の為だった。
「……うん、お姉ちゃんでしょ? 大丈夫だよ」
クロエの問いにしっかりと答え、にこやかに破顔するマシロ。それを聞いた瞬間クロエは嬉しさのあまりマシロの身体を締め上げた。
「痛い痛い、お姉ちゃん強くし過ぎ!」
「ははは……つい嬉しくて、ごめんね?」
マシロの抗議の声を聞くとマシロの身体から手を離す。クロエのテンションが先程までと全く違っていたのでマシロは驚きを隠せなかった。
「マシロ、身体大丈夫?変な感じとかしない?」
マシロは自身の手元に視線を移動させ、手を動かしてみる。 動作に問題は無かった。
「ん、大丈夫だよ。 それに身体が凄く軽いんだ。呪縛から解放されたって感じ。成功してるよお姉ちゃん」
呪縛からの解放────それは消滅因子の破壊に成功出来た証と言っても過言ではなかった。それを聞いたクロエはやはり満面な笑みでマシロに笑いかける。
「そっか。よかった、良かったよマシロ……。マシロ、これでもう暴走は起こらないはずだよ」
「うん。……改めて言うけど、ありがとうお姉ちゃん。えへへ、やっぱ恥ずかしいね」
顔を赤らめ、後頭部を掻く仕草をするマシロ。マシロはクロエから手を離し、よろめきながらも立った。 するとすぐにクロエから手が差し伸べられる。
「立てる? マシロ……ほら、手」
「ごめんね、お姉ちゃん……」
申し訳無さそうに謝るマシロにクロエは失笑をこぼす。
「ホント、謝ってばっかだよねマシロって。
気を遣い過ぎなんだって。もっと頼ったって良いんだよ?」
クスクスと笑いながらマシロの肩を優しく叩く。日も暮れ、辺りが夕闇の中に溶け込み始めて来た。
「……ありがとうお姉ちゃん。 やっぱお姉ちゃんは優しいね」
「そうかなぁ……? マシロも大概だと思うけど?」
クロエの返しにマシロはきょとんとした表情を見せる。 そして二人同時に笑い出した、
「クスクス……ありがとうマシロ。 やっぱ笑い合えるって良いね。 こんなに笑ったのは久し振りだよ」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら如何にも可笑しそうにクロエが言う。 心なしか声も若干弾んでいた。
「そういやマシロ、廃人化した人々はどうなるの? 消滅因子の破壊に成功したんだから元に戻らなきゃおかしいでしょ?」
「ああ……それならニ〜三日で元に戻ると思う。 感覚で分かるようになったよ。消滅因子が破壊された今、消滅の能力の制御も完璧に出来るようになったからね。徐々に思い出してくるかも……」
クロエの問いにマシロがスラスラとした口調で返す。 クロエとマシロの一番の懸念は廃人化した人々だったがそれも時間が解決してくれそうだった。 不意にマシロがクロエの手を握る。少し驚いたクロエだったが優しく握り返す。
「そろそろギルドに戻ろう。 恐らく皆正気に戻ってる筈だから」
「そうだね。しかし、消滅の能力は便利だねぇ? そんな事まで分かるんだから」
クロエの軽口を聞き流すマシロ。 そんなマシロに眉を寄せながらも小さな笑みをこぼし、二人の足元に魔法陣が展開され、発光する。光が収まった後には、そこには誰も居なかった。
*
マシロの消滅因子が破壊されて二日。マシロとクロエ以外の人はもういつもと変わらないくらいまでに回復していた。 ラスクやライズ、他のギルドの人達は正気に戻った直後は頭を押さえ、何が起こったのか分からず混乱していた様子だった。。しかしそこはマシロとクロエが説明し、その場を鎮めた。
今はライズが率先して一階のカウンターでどんちゃん騒ぎでワイワイやっていた。
飲み比べをやっていたり、既に酔い潰れている者もいたりした。
当然マシロとクロエも参加してはいたが、騒がしいのが苦手なのか、隅の方でジュースをチビチビ飲んでいた。 しかしその表情は楽しげで、皆のどんちゃん騒ぎを楽しそうに見ていた。
「お姉ちゃん、楽しそうだね……」
ジュースを飲み終わったマシロがコップを回しながら楽しそうなクロエに声をかける。
コップの中の氷が回転によって出来た遠心力でクルクルと回っている。その氷の動きを目で追いながらクロエが口を開いた。
「当たり前でしょ……? ずっと憧れてたんだから。 楽しいに決まってるじゃん。それとも
私は楽しんじゃいけないのかな?」
意地悪そうな笑みを浮かべ、目線をマシロの方に移動させる。 それに気付いたマシロは嘆息すると目を瞑る。
「まさか。 当たり前の事が出来なかったのに、それが出来るようになったんだもの。 存分に楽しむと良いよ。ただ、まだ昼間だっていうのにあんなに騒いでていいの?」
マシロがもう一度深く息を吐き、半目で喧騒の元凶であるライズを見やる。完全に回っており、顔が真っ赤になっていた。クロエも釣られて見るがすぐに見なかったことにしてマシロ同様溜息を吐く。
「はぁ……本人が楽しめれば良いんじゃない? お酒は勘弁願いたいね。 嗜む程度なら私も飲むけど、あそこまでへべれけになりたくはない」
憐れむような視線をライズに向けると、そっぽを向いて飲みかけのジュースに手をつける。 一気に飲み干し、コップをやや乱暴に置く。氷が音を立てて跳ね、小気味良い音にマシロが頬を緩ませた。
「ん〜……さて、私はちょっと涼みに行ってくるけどマシロも来る?」
伸びをしている最中のクロエの提案にマシロは少し逡巡を見せるが頷いてそれを受けた。
「はぁ〜……空気が美味しい……」
「空気って味するの?」
「……しない。 でも雰囲気でわかるじゃん?」
外に出て、空気を肺に入れて深呼吸するクロエの発言にマシロの核心を突いた一言はクロエの心を少し抉り、クロエはすっかり元気を失ってしまう。しかしそれも一瞬で、クロエは冗談めいたように笑う。マシロもつい釣られて笑う。
「しっかし、本当にこんな日が来るなんてね……夢みたい。 正直、まだ夢なんじゃないかって思ってるよ」
クロエが空を見上げながら呟く。空に向いてる視線はどこか儚げでもあり、哀愁が見え隠れしていた。マシロは敢えて反応を示さず、横目でクロエを見ていおり、何か言いたそうなのを必死に抑えているようにしていた。
「こんな日常が、何気ない日常が幸せなのかもね。私達の身近にある人や物、想いなんかが幸せを導いてくれるのかも……。ずっと忘れていた感覚だったし、こんな感情になったのも昔以来だよ」
「……これからは私もいるし、ギルドの皆もいるから寂しくないよね?お姉ちゃん……」
絞り出すようにしてマシロが言う。 その表情はどこか寂しげで、不安や心配が見え隠れしていた。クロエは笑みをこぼすと優しくマシロの頭に手をおいて撫で始めた。
「ふふ、心配させちゃったかな? 可愛いなぁマシロは……。そんな心配しなくても大丈夫だよ。 やっと幸せってやつを掴めたんだ。
今度は歩き出さなきゃね……マシロと一緒に」
「お姉ちゃん……うん! ありがとう」
マシロが笑顔で返し、クロエも満足そうに頷く。 空を見上げると、雲ひとつない快晴が広がっていた。 青々とした空はまるで二人の心を表しているようにも見えた。
どうも、作者のゼシルです。
最後まで消滅世界〜シロとクロが交わる時〜を見てくださりありがとうございます。
これにて完結です。




