クロエの強さ
「さて、来なよ……」
肩に担いだ鎌を揺らしながら空中に浮遊しているクロエがそう言った。余裕すら感じさせる笑みを顔に浮かべながら男を一瞥している。対する男は眉間に皺を寄せてクロエを観察していた。
(あの鎌、要注意しないとな。それに実力も未知数だ。油断大敵……だな)
持っている剣に力を入れて静かに目を閉じる。そしてカッと見開くと地面を蹴ってクロエとの距離を詰めようとする。
「いい動きだ。でもこの鎌の射程圏内だよ」
言うが早いかクロエの鎌が男の鼻先を掠めた。
「っ!?」
思わず目を丸くする。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には空中を蹴って身体を回転させると遠心力を利用した回転斬りを放つ。
「っ!!」
クロエにとって予想外の行動だったのかほんの少し回避行動が遅れたクロエの頬と服の胸部分を掠めた。クロエはすぐさま男との距離を取る。
「やるね。今のはかなり驚いたよ。おかげで躱すのが遅れて服が切れちゃったなぁ」
クロエは切れた所をヒラヒラと男に見せるように動かした。クリーム色の下着が見え隠れしていた。男はクリーム色の下着より別の物に目が行っていた。
「貴様、傷が……」
言いかけて言葉に詰まる。クロエが男に受けた頬の傷が塞がり始めたからだ。
「ん……?ああ、これ?どんなに力を抑えていても小さな傷なら数秒で治るよ。それも勝手にね……。"再生能力"さ」
何処か忌々しさを見せながら吐き捨てるようにクロエが言った。
「再生能力持ちか。倒すのに骨が折れそうだ」
未だに浮遊しているクロエを一瞥しながら微笑を含めて言う。再生能力持ちなら生半可な攻撃はすぐに再生してしまう。
「なら魔法で再生が追い付かない程の攻撃をするまでだ!」
「もう少し柔軟な考えが出来ればと期待してたんだけど、この世界の住人は何年経っても変わらないようだね……」
男の言葉にクロエは半ば落胆したかのように嘆息をこぼした。
「何だと?」
逆に男がクロエの言葉に反応を示した。しかしそれが隙を生んだのか、クロエが鎌を振り抜いて斬撃を放った。
「くっ……」
男は剣を横に振り抜いてそれを相殺する。
「そぉらっ!!」
クロエは追撃に鎌で男に斬りかかる。狙いは男の首筋───。リーチが剣より長い分、鎌の方が確実に急所を狙えた。
しかし男に当たる寸前で男の姿がブレるように消えた。次の瞬間にはクロエの後方に姿があった。
「瞬間移動か……。使い所が上手いな」
クロエは振り切った鎌の遠心力を利用して男と向き合い、鎌に視線を落とした。
(鎌はリーチが長い分、急所を狙いやすいけど懐に入られたら終わりだね。ここは武器を変えるかな)
鎌が男と相性が悪いと判断すると鎌を粒子に変換させた。変換させた粒子が霧散した直後にまた別の粒子がクロエの手元に集まり、今度は剣を形作った。クロエはそれを無言で振るうと粒子が剥がれるように消えていき、刀身の少し大きい剣が姿を現した。
「うーん、まぁこんなもんかなぁ」
男と剣を一瞥しながらクロエが呟く。それを一部始終見ていた男が少しの間を置いて口を開いた。
「化け物だな、貴様は……」
「……化け物?この程度の事で化け物扱い?困るなぁ……まだ半分も化け物らしさを見せてないのに」
呆れ口調で首を左右に振りながら答える。
男にとって再生能力があり、武器も状況に応じて変えれるというだけでも化け物扱いするのには充分だった。
「ま、お喋りはここまでにして続きと行こうか」
「っ!?ぐおっ……!?」
男の身体に衝撃が走る。一瞬遅れて剣と剣がぶつかり合って起こったものだと理解する。
これは────
「瞬間移動……か。油断した」
「そもそも使えないなんて言ってないけど?」
鍔迫り合いになりお互いの顔が近づく。しかし、力は互角なのかカタカタと揺れているだけだった。男はクロエの剣を押し返す反動を利用してクロエから離れた。
「"炎竜の羽衣"」
男が静かに口を開くと、男の全身が灼熱の炎に包まれた。男の周囲が熱によって歪んでいおり非常に高温というのが見て取れた。それを見たクロエは男が気付かないような、うっすらとした笑みをこぼした。
「行くぞ……!」
男はそれに気付くはずもなく炎を軌跡を描きながらクロエに高速で接近し、炎が巻き付いた剣でクロエに袈裟斬りを仕掛ける。がクロエもみすみす斬らせる程甘くはない。剣で受け止める。金属が響き、衝撃の余波で炎の熱気が辺りに拡散する。
「くっ……! このっ……」
思ったより攻撃が重かったのかクロエが顔を歪ませながら男を睨む。しかし男は再度攻撃を繰り出した。斬り合いになり金属音が辺りに木霊する。何度目かの応酬でまた鍔迫り合いになった。激しく火花が散り、火の粉が舞う。男はチラッとクロエを一瞥するとガラ空きの腹部に拳をめり込ませた。
「あ……ぐっ!?」
身体をくの字に曲げ、顔を苦悶に歪ませる。炎を纏っているためクロエの腹部の服が腹と一緒に焦げ付いていた。男はほんの少し下がり、上から下へ振り下ろすように蹴りをクロエの顔面に直撃させた。
クロエは流星の如くの勢いでコンクリートの地面に激突し、勢いそのままにビルの壁に背中から突っ込んだ。
「ぐっ……ぅ、いててて……やってくれるね」
壁には人型の窪みが出来ておりその少し下でもたれるようにしてクロエがいた。再生速度は先程よりも速く、既に殆どの傷が治っていた。ゆっくりとした動作で立ち上がり、尻についたホコリをパンパンと手で払った。
「女の子相手に容赦無い腹パンに顔面への蹴り……全く、どんな教育受けてるんだか」
怒気を含んだ口調で言い男を半目で睨む。その目に優しさは無く、純粋な怒りだけがそこにはあった。
「普通の女ならさっきの腹パンで気を失ってるところだ。ほんの数十秒前に攻撃を受けたのにもうその傷が治ってるんだ。身体能力も上がって炎も纏っているこの俺の拳を受けてピンピンしてる女を普通とは言わん……ただの化け物だ」
男のその言葉はクロエを怒らすには充分だった。男が言い切った瞬間、凄まじい殺気が男を襲った。
「っ!?」
全身に寒気がし、身が縮み上がる。殺気だけで本当に人を殺せそうだ、と男が一瞬そう思った。蛇に睨まれた蛙、ではなくライオンとネズミくらいの差があった。
「おい、そのくらいにしとけ……殺すぞテメー」
底冷えするくらいの冷たく、低い声が男の耳元で聞こえた。首筋に剣が当てられており、その元を辿るといつ間にかクロエが男のそばにいた。
「なっ……」
絶句し、瞬間移動を使ってクロエから距離を置いた。
(何なんだ……どうやって移動した!?それにあの殺気……こいつはまだ力を隠してる?)
男はクロエの事を考えるが頭が混乱し整理が付かなかった。
「気が変わった。今お前は私の心に傷を負わせた。ホントはゆっくり力を出して行こうかと思ったけど無しだね。そろそろあの子も着きそうだし、ギルドの連中によろしく伝えといてよ……"クロエという少女は強過ぎる"ってね」
クロエが微笑みながら男に言う。場の空気が重くなり、息もしずらくなっている……たとえ錯覚だとしてもクロエにはそういう力があるとしか思えなかった。
「どうせゴーストタウンだ。少しくらい力を出してもいいでしょ。知ってる?女の子を怒らすと怖いんだよ」
そう言ったクロエの身体に、雷の放電が一瞬だけ見えた気がした。




