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クロエの本音

 日も暮れかかった頃、中央都市近郊の荒野にやってきた二人は、座るのにちょうど良い大きさの岩を見つけ、そこで座っていた。

 陽炎のように揺らめく夕陽が二人の思考をひどくゆるやかなものにさせていた。


「綺麗だねお姉ちゃん」


 うっとりとした表情でクロエに話しかけるマシロ。 しかしどこか憂いを帯びており、楽しげではあったが寂しさを隠し切れていなかった。


「……そうだね。 この景色で気分も良いからちょっと私の気持ちをぶつけようと思うんだ」


 夕陽から目を向けたままクロエがマシロにそんな事を言い放つ。 マシロは一瞬だけクロエの方を見たがすぐに夕陽に目線を戻した。

 少しの間を置いてクロエが語り始めた。


「どうして私がマシロ以外の人と関わらないか知ってる? それは、世界が消滅した時に悲しくならないようにする為。 私は敢えて突っぱねてるんだよ。 本当は皆と笑い合ったりふざけ合ったりしたいんだよ……。 今回はまだマシだったのかもなぁ。 ラスクさん達には悪い事しちゃったな」


 そう言って力無く笑う。息を軽く吸い込んで、また話し始めた。


「正直マシロが羨ましかった。ラスクさん達と笑い合ったりふざけ合ったり、出掛ける事も出来たマシロが。 私もいつかああなりたい、私もああしたいって……マシロに嫉妬してたのかもね」


「お姉ちゃん……」


「でもマシロとは笑い合ったりふざけ合ったり出来てるからそれで良いのかな……。

 今度はギルドの皆と一緒に騒げたら良いなって思ってる。いや、一緒に騒ぐ! ねぇマシロ?」


「うん! お姉ちゃんも一緒に皆とワイワイやろう」


 マシロはクロエを心配させまいとつくり笑いで答える。 クロエは今の今まで自分の感情を圧し殺してきて、消滅因子がもたらす世界の消滅を止めようと、それを使命としてきた。

 その分、人と関わる事を拒絶し、自分の本音を心の奥底に閉じ込めていた。 いつも孤独だったのだろう。 想像を絶する程の苦難だった筈だ。


(お姉ちゃん……もう……)


 喉から出掛かった言葉を寸前で吞み込む。これを言ってしまったらクロエに同情する事となる。その言葉は何よりもクロエを侮辱しそうだった。


 二人の間にしばしの沈黙が流れる。 それは一瞬のようにも感じられ、永遠のようにも感じられた。


「さて、私の言いたい事は言えたかな。次はマシロの番──って言いたい所だけどまだやるべき事がある。それが終わってからゆっくり話そう。 あと、肝心な事を忘れてたよ。消滅因子の破壊方法を」


 クロエが立ち上がり、マシロを見ながら言う。クロエに釣られてマシロも立ち上がるとクロエと視線を交わせる。


「消滅因子の破壊方法は条件が二つある。臨界点に達してる事と消滅因子の核を破壊する事。 この二つで消滅因子を破壊出来る筈。

 私の膨大な魔力注入を伴った攻撃で破壊しようと思うんだけど攻撃自体を無力化される場合も捨て切れない……消滅という能力だからね」


「……攻撃を無力化。 むちゃくちゃだね?」


 マシロが言うとクロエが可笑しそうに顔を手で覆う。


「自分で言っちゃう? それ。 まぁいっか。

 あと、私はもちろんだけど、マシロも消滅の能力によって不死に限りなく近くなってるよ。無意識の内に消滅の能力がマシロを守ってるんだ。 防衛本能みたいなものだよ。 この防衛本能が発動するのを一番避けたい……」


 クロエの一番の懸念だった。この桁外れな能力を前にしてクロエは平静を装ってはいるが、焦燥は高まるばかり。だがそうも言ってられない。


(私の長年の想い、これに費やした時間を徒労にしない為にも終わらせる……!マシロ……)


 純粋で切実なクロエの一番の願いは妹、マシロの無事であった。唯一の肉親であり、クロエがここまでやってこれた理由の大半を占めるのがマシロのおかげだった。クロエにとっての生き甲斐であり存在理由でもあるマシロにはどうしても生きて欲しかった。


「マシロ……身体大丈夫?」


「ん、何て言うんだろ……私の身体が私の身体じゃないような感覚に囚われる。私の意識が何かに侵食されてる気がする……恐らく消滅因子に」


「……っ!」


 マシロの発言に過敏に反応するクロエ。もうそろそろ臨界状態に入る所まで来てると悟ったクロエは奥歯を噛み締める。


「マシロ……良く聞いて。そろそろ臨界状態が近い。私が破壊するギリギリの所まで意識を保っていてほしい。辛いけど耐えて」


 クロエも言うのが酷なのか奥歯を噛み締めながら言葉を吐き出す。マシロは静かに微笑んでゆっくりと頷いた。その一連の動作で胸がはち切れる想いになったクロエだったが必死に耐える。 目を瞑り、息をゆっくりと吐いて心を落ち着かせる。指先に魔力を集約させ、高密度に圧縮させる。よほど高密度なのか、指先にスパークが走っていた。


「……」


 意を決したように目を開く。 マシロが笑みを浮かべながらこちらを一瞥していた。額に脂汗をかいており、無理をしてるのは一目瞭然だった。 瞬間、マシロの身体が大きくうねる。その動作に呼応したのか、地震が起こり、小さな小石などが浮かび上がる。


「っ!?」


 突然の地震に足元がグラつき、身体も詰んのめるが耐えるクロエ。地震、というよりこの世界、空間ごと揺れてたが次第に収まっていく。 しかし浮かび上がった小石や岩などは地面に落ちずに滞空している。クロエは固唾を飲む。


(臨界状態……っ!)


 そう確信した時、指先に集約させた魔力を細長く伸ばし、鋭利なものに変化させ、ゆっくりとマシロに近付く。その距離はクロエの腕がマシロの喉元に触れる位の位置だ。


「……お姉ちゃん、待って」


 息をするのも苦しそうなマシロが掠れるような声を発してクロエに制止を掛ける。足を開きかけたクロエが足を閉じてマシロの言葉に耳を傾ける。


「私のせいでお姉ちゃんにも全世界の人にも迷惑がかかってるんだよね……? しかもそれを永遠繰り返してる。 お姉ちゃんは不老不死、他の人は廃人化……。廃人化しちゃった人は嬉しい事や悲しい事も、自分自身が何者かさえも忘れてる……お姉ちゃんにも辛い思いをいっぱいさせた」


 今まで溜め込んでいた想いが爆発したかのようにマシロは喋り出していた。 喋るのも辛そうだったがその表情には笑みがこぼれていた。


「そろそろ思い出す時かも知れない……皆忘れている幸せの気持ちっていうのを……分かち合える喜びや悲しみを……助け合って生きてく日々を……かけがえのないこの瞬間を……お姉ちゃん、辛い思いばかりさせてごめんね」


 大粒の涙を流しながらマシロがクロエに笑顔を見せる。クロエも泣きながら笑みを浮かべており、指先を喉元に狙いを定める。


「私は辛くなんかなかったよマシロ……そろそろ行くよ……」


「うん、お願い」


 マシロの言葉を確認したクロエは高密度に圧縮した魔力を纏った指先をマシロの喉元に当てた。 触れた時間は僅かだったがクロエが触れた瞬間、全世界を真っ白な光が覆い尽くした。

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