カウントダウン
「何やってんだコラァ!!」
その怒声はマシロを起こすには十分だった。
マシロは何事かと思い自室から飛び出した。
扉を開けるとすぐ目の前にクロエがおり、両者共に目を見開いて硬直する。
「あ……」
「ご、ごめんお姉ちゃん! 下で何が起こって……」
マシロの言葉を遮るようにクロエの手がマシロの唇に添えられた。 そして首を横に振る。
マシロは危ない状況だと察したのか、肩を落とすと自室に戻る。 クロエにも入るように促した。
「さて、私も詳しい事は分からないけど、ちょっと端的に説明するね」
扉を閉め、ちょこんと座ったクロエがおもむろに喋り出した。
「まず、私が起きると既にあんな状態だったよ。皆、他の人達の事を覚えてないみたい。いや、正確に言えば記憶が消えているって言った方が正しいかな。でも記憶が消えてない人もいるみたいだけど意味ないね。暴動……って言った方がいいのか、まぁこのまま放っておいても煩いだけだからちょっと黙らせてくるよ」
座ったかと思えばすぐに立ち上がり、クロエはマシロにウインクをすると部屋を後にする。マシロは何が何だか分からず呆然としているだけだった。すると、一階の煩さが増し、 マシロが耳を塞ぐ程だったのだが、一瞬強い殺気が充満すると今までの煩さが嘘のように静かになった。しばらくすると、階段を登ってくる音が聞こえて来た。恐らくクロエだろう。 足音はマシロの部屋の前で止まり、ドアノブが回されて扉が開かれる。
「いやー、やっぱ話し合いだね。皆良く分かってくれたよ。ははは!」
今までにない程のにこやかな顔でクロエが入ってきた。
「あはは……」
乾いた笑いしか出来ないマシロだった。
「ところで、さっきの話の続きだけど、私達以外の人がああなり始めたらもう世界消滅のカウントダウンは始まったと言っても過言じゃない。マシロの中の"消滅因子"が徐々に暴走を起こしてくる」
クロエが真剣な面持ちでマシロに話しかける。マシロは苦虫を噛み潰すような顔をする。
正直言ってマシロには聞きたくない内容だったがそれを圧し殺してクロエの言葉に耳を傾ける。対するクロエも言いたくなさそうに眉をしかめているがやはり口を開く。
「私達はこれからどうするかだよ。マシロはもちろん、私は影響は受けないんだから。ここから脱出して魔物でも狩って生活するか、ここに留まって人々が廃人化するのを眺めてるか、二つに一つだ」
厳しい口調のクロエと剣幕に気圧され、仰け反るマシロ。 目が泳いでおり、悩んでいるように身体を捩じらせる。
「わ、私……こ、この消滅因子の暴走を止めたい! 止めたら、今までの生活に戻れるんでしょ!? だって、過去の私もそうしたはずだから」
声を震わせながら、上擦りながらも言い切ったマシロ。目は不安が見え隠れしており、クロエの返答を恐る恐る待っているように見えた。クロエは目をきょとんとしていたが噴き出すように笑った。
「あはははは。暴走を止める? そうそう、マシロはこういう性格だった。その根源を止めようとするのがマシロなんだよなぁ。確かにマシロの言う通り、過去のマシロもそう言ってたけど結局は失敗したんだよ。 原因は私以外の人物がそれを壊そうとしたから。血の繋がった私じゃないとどうやらダメみたいなんだ」
「え……?」
クロエの発言に言葉を失うマシロ。問題は想像以上に難しかった。たじろぐマシロにクロエは続ける。
「それと、タイミングが最も重要なんだ。
臨界状態でそれを貫く必要がある。今にも世界が消し飛びそうなくらいの状態が大事なんだよ。 その前のマシロの消滅因子の破壊の失敗原因、場所もタイミングも完璧だったけど消滅の力が漏れ出して一気に暴発。世界が文字通り消し飛んだんだ。 そんな危険も孕んでるけどね」
「……」
マシロは項垂れて完全に黙ってしまった。見かねたクロエはマシロに近付いてマシロの顔を自身の胸に埋める。
「あっ……」
「大丈夫マシロ……。私は世界の消滅を繰り返し見てるし、今も繰り返してる。正直言って死にたくなるくらい繰り返してるよ。
でもマシロはそれを思い出せない。思い出す事が出来ないんだよ。 散々失敗してきたんだ。今回で終わらす。 もう決心がついたよ。もうマシロにそんな悲しそうな顔はさせない。姉妹揃って笑い合いたいから」
若干クロエの声が震えていたがマシロはクロエの胸の中だったのでクロエの表情が見えなかった。
「お姉ちゃん……」
マシロもクロエの身体に手を回して抱き締めた。 しばらく二人はそのままの格好でいた。
そして二人同時に離れ、お互いの顔を見つめる。
「もし、もし失敗したらどうなるの?」
震える声でマシロが問う。
「また最初からだよ。 マシロが逃げ出す所から始まる。そして私が追い掛ける。そこから。世界消滅と同時に人々の身体も消滅し、魂だけの存在となってしばらくは留まってるけど、生前の記憶に基づいて魔物化が進行、人が魔物となって新しい世界に生を受ける。
これが私が散々繰り返してきた世界……」
クロエが寂しそうな声色で言葉を吐く。
マシロも今にも泣きそうな表情でクロエを見る。クロエは憂いを帯びた笑いを見せると優しくマシロの頭に手を置く。
「大丈夫。安心して。辛いのは私だけで充分だから。マシロにそんな顔してほしくないし重荷も背負ってほしくない。それは私の仕事だから」
そのクロエの言葉で、マシロは胸が痛んだ。何か必死に言おうとしたが思考が空回りするだけだった。 歯軋りする事しか出来なかった。悲しみを圧し殺す事しか出来なかった。
「ごめん、ごめんなさいお姉ちゃん……ごめんなさいっ!!」
姉に対して謝る事しか出来ない自分を呪う。が、これしかマシロはできる事がなかった。自分の中に恐ろしい能力があり、それで幾度も世界を消し去ってきたのだ。同時に人々の記憶も。思い出も。それを思うと途端に悲しみが込み上げてき、姉と今までの人々に贖罪する事しか出来なかった。申し訳なかったのだ。
この日、マシロは一層人々の思いや気持ちの大切さを、姉クロエに対する思いを強く胸に刻んだ。 そして覚悟を決めた。 姉と協力してこの悪夢のような世界から脱する事を。




