落ち着かない気持ち
マシロと別れたクロエは辺境の地で魔物を狩っていた。 そうしていなければ気持ちが抑えられなかった。 大鎌で魔物の頭を割り、魔物が地面に崩れ落ちる。
「はぁ……はぁっ、流石にマシロの前であの発言はなかったな。マシロは優しいからああなる事くらい容易く予想出来た筈なのにっ!」
自分に対する怒りが込み上げてくる。それを向かってくる魔物にぶつけ、一時的に発散していたのだ。クロエが首を傾げながら振り返ると魔物の大群がクロエの方に向かってきていた。 クロエは大鎌を粒子に変換させ、丸腰になる。そしてあらかさまに不機嫌になると全身に黒い稲妻を纏わせる。
「今の私は最高に機嫌が悪いから辺り一帯を吹き飛ばすかもよ」
膝の屈伸運動を利用して地面を蹴り、黒い雷神と化したクロエが敵地に突っ込む。移動する際の衝撃が波紋状に広がる。そしてものの数分で魔物を屍とするクロエ。臨戦状態を解き、殺気もしまう。
「はぁ……己の無神経さに腹が立つ。マシロに謝っとかなきゃな。とにかく一旦帰ろう」
無理矢理抑え込み、ギルドに踵を返すクロエ。ギルドに着くとクロエは一階の様子を確認する。中には数人のメンバーとラスク達が居て、メンバーは談笑、ラスクはカウンターでグラスを拭いていた。クロエはカウンターに吸い寄せられるように歩き出す。
「ん? ああ、クロエちゃん。珍しいじゃん。
どうしたの?」
クロエに気付いたのか、ラスクがにこやかにクロエに話し掛けた。クロエはそれに若干の違和感を覚えつつもカウンターの席に腰掛ける。
「いや、さっきは酷い事言っちゃったから謝っておこうと思って……ごめんなさい」
嘘偽りは無かった。ただその一心で頭を下げるクロエ。しかし、ラスクから返ってきた答えは予想外のものだった。
「え? 酷い事? うーん、言われたかなぁ。
ごめん。思い出せないや。頭、上げて?」
「なっ……」
その発言にクロエは言葉を失う。おかしかった。ラスク達に暴言を吐いたのは今からほんの一時間前の事だ。 いくらマシロの記憶が戻りつつあるからと言ってこの記憶の喪失は進行があまりに早かった。クロエは頭を上げるとカウンターから飛び降りるようにしてそこを後にする。ラスクの声すら耳に入ってなかった。クロエの頭の中に最悪の事態がよぎる。
(まずいっ! まさかここまで進行が早いなんて……。考えられるのはマシロの情緒不安定からくる"消滅"の力の暴走!くそっ、今回は異常なペースだ。早く、早くなんとかしないと)
「マシロ!!」
ノックもせずに扉を開ける。クロエの目に飛び込んできたのはベッドの上で体育座りをしたマシロだった。 さっきまで泣いていたのか目と鼻が真っ赤に腫れ上がっていた。
「お姉ちゃん……ごめんね。私、あの時お姉ちゃんを理解してなかった。 それで、ラスクさん達の事を馬鹿にされて腹が立って、お姉ちゃんに……」
充血した目でマシロはクロエを見据えながら言葉を紡ぐ。クロエは涙を溜めながら首を横に振ると、マシロを抱き締める。
「違うっ、違うよマシロ……全ての原因は私。 私の方こそマシロの事を良く考えてなかった。解ってなかった。 ごめんね、ごめんなさいっ」
大粒の涙を流しながらクロエはマシロに対して謝った。
「お姉ちゃん……。 ごめんなさい」
マシロがボソッと呟き、クロエがそれに反応する。
「何でマシロが謝るの。 私が悪いんだから」
「お姉ちゃん、泣かせたから」
マシロが俯いてボソボソと喋る。クロエにしか聞こえない声量だったがそれはクロエの心に深く突き刺さった。
(ああ、この子はどこまでも優しいんだ。他人の為なら自分が傷付いても構わないって思ってる。 でも、優しさ故に心が、内面が弱い。繊細なんだねマシロ)
クロエにとってマシロという存在はなくてはならぬ存在だった。逆も然りである。
いつか世界とこの子を天秤にかける時がくると思う。 それでもクロエはマシロを選んで、マシロは世界の人々を選ぶだろう。
(……これで最後だ。最後にして全て終わらしてやる。 こんな悪夢から……)
マシロの頭を優しく撫でながらクロエは心の中で決意した。




