微かな手がかり
気がつくとマシロは何処か見知らぬ場所にいた。辺り一面何もなく、見渡す限り白かった。
(……? あれ、私どうして……)
ハッとなり、辺りを見回す。しかし見回しても白の景色は変わらなかった。マシロはどうして自分がこんな所にいるのかが不思議でならなかった。しかしそのまま突っ立ってる訳にもいかないので歩く事にした。
「でも、ここは何処なんだろう?」
歩きながら考える。今までの経験からして、こんな景色を見たのはたったの一度、それもほんの刹那の時間だけだった。マシロがそんな事を考えていると、何かがマシロの後ろをすり抜けた。
「きゃっ!?」
驚いて思わず声が出る。その何かはマシロが目を凝らすと人影のようだった。 しかしそれは地面に映っている影がそのまま出てきた感じで全身が黒に包まれていた。頭も顔も手足も全て。 しかし身体つきは女性のようだった。胸に膨らみがあり、くびれもある事から女性のようで間違いはなかった。
「……?」
影はマシロに向かって手を振っていた。ジャンプまでしておりマシロは少し可笑しくて笑いそうだった。マシロがそれに向かって歩き出そうとすると、やはりマシロの後ろを影が通り抜けていき、手を振っていた影に片手をあげていた。
「あ……」
やはりその影も女性だった。しかし、その影は片方の影に比べて色が薄く、顔はほとんど見えていた。その顔を見てマシロは言葉を失った。何故ならそこに居たのは今より少しだけ幼い自分だったのだから。マシロは訳が分からなくなりオロオロするだけだった。
その内、幼いマシロが黒い影と手をつないで楽しそうに話すようになった。
(これは……私の過去?)
そう思った瞬間、マシロの影がボロボロと崩れ落ちていき、幼いマシロの姿がはっきりと見えるようになった。しかし、相変わらず黒い影はそのままだった。それでも幼いマシロはその人物が分かるのか楽しそうに何かを話していた。
(誰と何を話してるんだろう……)
気になって仕方なかった。が、会話は聞こえてこない。しかしやる事もないのでそれをただひたすら見つめていた。
(……何か懐かしい感じがする。前にも、こんな事があったんだろうな)
ふと、そんな思いが胸の奥から込み上げてきた。しかし思い出す事が出来なかった。何か大切な事を忘れている感じがむず痒かった。
「やっほ!」
唐突に声を掛けられると同時に肩を軽く叩かれた。
「ひゃわぁ〜っ!?」
身体をビクつかせ素っ頓狂な声が上がる。
恐る恐る振り向くとそこにいたのは───
「えっ? クロエちゃん!?」
クロエだった。クロエはマシロの反応がよほど可笑しかったのか腹を両手で押さえて大爆笑していた。
「え? え? 」
マシロは何でクロエがこんな所にいるのかが謎だった。腑に落ちなかった。クロエは散々笑って目尻に涙を滲ませながらマシロを見つめて口を開く。
「いやー、ごめんごめん。 あまりに面白かったもんでさ。それより、やっとここに来たんだ。意外と早かったじゃん?」
「え、えーと?」
話について行けないのかマシロが首を傾げる。クロエはマシロの動作を見て思い出したように手を叩いた。
「ああ、説明ね。まずはここの空間。これはマシロの記憶の保管庫みたいなものだよ。今はまだほとんど思い出せてないみたいだけど二〜三週間じゃ当たり前か。で、私がここにいる理由は、マシロの顔が見たかったから。まあ魔力を通してマシロの意識の中にいるんだけどね。すごく少量だからすぐに消えちゃうよ」
口早にそれを説明するとクロエは歯を見せて笑った。マシロはこの機会をチャンスと思いクロエにズイッと近寄る。
「ん? 私とそう言う事がしたいのかな?」
「違うよ!! クロエちゃんに聞きたい事がたくさんあるの! 答えてくれる?」
クロエの冗談をバッサリ切ったマシロ。
「まず、クロエちゃんは私が何も言ってもないのに記憶喪失だって分かったの?」
「おおっと、悪いけどその質問には答えられないね。恐らく、今マシロが考えてるほぼ全ての質問には答えられない。まだ時期が早過ぎるから。今私が言えるのはこれだけ」
「なっ……」
理不尽極まりない、とマシロは思う。微かに期待していた。だがこれはないだろう。
「……」
「ごめん。でも私はマシロの為を思って言ってるんだ。怒る気持ちも早く知りたい気持ちも良く分かる。 私は過去にマシロにそれを教えた事がある」
「え……?」
マシロは耳を疑った。過去に教えた?
もちろん、そんな記憶はマシロにはなかった。
「それで、どうなったの?」
でも気になったのか気付いた時には言葉を発していた。
「……廃人になったよ。過度な脳の負担と記憶の逆流で」
クロエは表情は優れず、が淡々とマシロに説明する。マシロはやはり良く分からなかったのか、首を傾げていた。クロエはマシロの頭に手を置くと、優しく頭を撫でる。今のような暗い表情ではなく、優しさの満ちた表情に変わっていた。
「あ……クロエちゃん?」
何で頭を撫でられてるのか分からなかったが恥ずかしい気持ちともっとやって欲しい気持ちと半々だった。暫く撫でたあと、クロエはマシロから距離を置いた。
「じゃあねマシロ。もう時間だ。今日はこれでお別れだけどまた近い内に会えるよ。何せ私達は繋がっているんだから……」
クロエはマシロにそう言った後、空気に溶けるようにして消えていった。マシロは最後の言葉の意味は何となく分かった気がした。
(私も近い内に会える、そう信じてるから)
消えたクロエに届いているか分からないけど、マシロの気持ちを心の中でつぶやく。そして急に何かに引っ張られる感覚が全身を襲う。
「え……」
抗う間もなく急速にマシロの意識は薄れていってしまった。
マシロは目が覚めると自分の部屋だと気付く。そして今の瞬間まで見てたのは夢、と気付くのには少し時間が必要だった。何せあれ程現実味を帯びた夢はマシロ自身初めてだったからだ。もしかしたら夢じゃないのかも知れない、とマシロは思う。
「……とにかく朝の準備をしないと」
色々考えたいが時間も惜しい為マシロは着替えると扉を開けて一階へと降りて行った。




