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雪に寝、花に遊べ

 秋の半ばから年末にかけて、高島造園は一番のかきいれ時。年始に人が集まるからと庭をきれいにしておきたいという人が多い。12月のスケジュールはほとんど固定のお客さんで埋まってる。


 木の手入れだけじゃなく、掃除も念入りにする。屋根の上に登ってブロアーで吹き飛ばし、雨樋に溜まった泥も取り除き、地面に散らばった落ち葉を掃き清める。池があれば網でゴミを掬い上げる。〝掃除は上から下へ、風上から風下へ〟が基本だ。


 マツや果樹など枝折れを防ぐために雪吊りし、寒さに弱い木は藁で覆い冬囲いする。通りすがりの外国人に「you木に包帯するの?」と驚かれた。人だけじゃなく木も冬仕度があるのだ。


「終わった……」

 うんと伸びをする。この2ヶ月出ずっぱりで、曜日感覚がすっかりなくなっていた。年末は天気が安定してるから、からっと晴れて意外と雨が降らない。頼みの雨休みも1日くらいしかなかったし。


 仕事納めの日は皆で会社の大掃除。普段出来ない道具の整理やトラックの掃除をする。軽トラックの中を雑巾でひと撫でしてみたら真っ黒。こんな汚い所に千花ちゃんを乗せていたとは……


 夕方早めに切り上げて、皆で忘年会をして長い長い冬休みに入る。大晦日から翌年の松の内辺りまで。土日も絡むと10日以上になる。1月の給料は減って懐は痛いけど、今まで休み無しで働いたのだから、それで相殺することにしよう。インドアな俺にとって、休みが長いことの方が何より重要なのだ。



***



「もう足先感覚ないっす……」

「じゃあ踏んでも痛くないな」

「ちょっ……もう止めて下さいよっ!!」

 ヒデさんの攻撃からひたすら逃げる俺。

 厚着をしてるけど、地下足袋は底が薄いから、つま先から冷えてくる。


 年明けから春先までの時期は植木屋のオフシーズン。枝も草も伸びないし……となると、そこは庭工事である。

 雪のほの降る中、俺とヒデさんで垣根の結束中だ。シュロ縄を水で湿らせて、素手で結ぶ。

「うあぁぁ……手がかじかんで力入らねー!」

「うっせーぞゆーき!俺までくじけるだろ!……っくしょー!」

 脳が体を温めようとするのか、テンションがやたら高い。そんな俺らの目の前にごっつい手が現れる。俺が結ったばかりの結び目を鋏で切られてしまった。

「あ……!」

「緩い! やり直し!」

 社長が結び目をチェックしてもう一つ切る。

「お前、ほんと2級取ったのか⁉︎」

 どやされる俺を見て、ヒデさんはうししと笑っている。さらにまた切られた。

「うぅ……」 


 切られた箇所をやり直し、やっとOKをもらった頃には手はボロボロで、シュロ縄の黒に染まってしまった。これがまた洗っても取れないんだ……

「見て下さいよヒデさん、この見事なパックリ割れ!これで結ぶって拷問すね……」

「フッ……どうだ世の奥様の苦労が分かったろ?お前も結婚したら皿洗い手伝ってやれよ」


 雪が一度積もると植木屋は身動きが取れなくなってしまう。濡れた木に登れないし、無理にやっても掃除は泥まみれで逆に庭を汚してしまう。ゆえに雪休みもけっこう多くなる。

 かといって雪が溶けるまで休みにしてたんじゃ、職人の働き分も減ってしまう。だから社長は〝会社の周りの雪かき〟という仕事を俺らに作ってくれたのだ。

「ごくろうさん」

「毎年ありがとねぇ」

 雪かきしていると近所の人が声をかけてくれる。わざわざお茶やお菓子をもって出てきてくれる。


 真冬とはいえ、動いていると厚着をしてるせいかじんわり汗をかく。これくらいが有難い。冬は止まると体が冷えるから休憩無しで動いていたいくらいだ。トイレがめちゃ近くてなるのも冬のストレス。


 春なんてすっかり記憶の彼方だけど、気がつけばウメが一足先に咲きだした。まだ冷たい空気の中に仄かに香る。

「もうすぐ春だな」

15時の休憩中、煙草片手にヒデさんはぼそっと呟いた。

「なんか、いつもより早えーな……」

 ウメから始まり、モモ、レンギョウ、ジンチョウゲ……一つ咲き始めたら早い。あっという間に桜の時期だ。



***



 今日は松田苑さんと高島造園で合同の花見。松田苑さんにある枝垂桜が満開になったらしい。

「ゆーき君!」

「千花ちゃん久しぶり〜元気だった?」

「うーん……なんとか生きてた」

「俺も……虫の息」

 ほ……と二人同時に溜息をつく。そんな俺らを目に収め、ヒデさんはにやにやしてる。

「やっと千花ちゃん一年経ったな。ゆーきは一年半か。二人とも技能試験合格したしな。次は二年後に一級か。頑張れよ」


 この春、ヒデさんが独立する。この花見はヒデさんの送別会も兼ねてるらしい。

 無論、仕事で使うべく購入したであろうブルーシートをきっちり敷き詰め、養生完璧。親方の挨拶もそこそこにすぐさま乾杯。さすがは律儀でせっかちな植木屋集団である。

「英明君、独立おめでとう。うちも困った時は呼ぶから力になってくれよ」

「もちろんですよ。こちらこそ今後とも宜しくお願いします!」

 顔を赤くした松田苑の親方とヒデさんが固く握手を交わしてる。その向こうに見えるうちの社長の背中がどこか寂し気だ。

「ゆーき、高島造園を頼むぞ。ああ見えて社長、寂しがり屋だからよ。たまに酒付き合ってやって」

 ヒデさんがビール片手に隣に座る。

「うす……でも俺、ヒデさんの穴埋められないですよ……まだまだ未熟で……この仕事、向いてるかどうかも分からないのに」

 おいおい、何だ?とヒデさんは肩を組んでくる。

「向いてないやつは3日で辞めちまうよ。けっこう大変な仕事なんだから。お前はバランス感覚がいい。才能あるよ。木だって誰もがお前みたいにすいすい登れるわけじゃないんだからな」

「……ヒデさん」

 目が潤む。そういや俺、酒が入ると泣き上戸になるんだった。

「お世辞じゃあないからなっ」

 ぷいっとヒデさんは赤くなった顔を背けた。



***



 植木屋はたしかに楽な仕事じゃない。外仕事だから自然の影響をもろに受けるし、体の疲労も半端無い。

 それでも夏に飲む水は信じられないほど美味く、冬はお客さんから頂くお茶の温かさが体に染みる。デスクワークをしてた時よりも今の方が「生きてる」って実感できてる気がする。


 最初はあんまり考えないでこの仕事を選んだけど……千花ちゃんというライバルができて、ヒデさんという目標が出来て、俺はもう少しこの仕事を続けてみようと思う。木と話せるようになるかはまだ分からないけど……

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