どこかの庭で紅葉狩り
「おめでとー!」
ヒデさんの声と共に、目の前が色とりどりに埋め尽くされる。
ひらり、はらり、頭上から降ってくるのは、俺の掃き集めたはずのモミジの葉である。
「ま、ビリでも、受かりゃこっちのもんだって。な?」
竹の上下を間違えるというとんでもない素人ミスをかました上、葉っぱも惨敗で、俺はもうあと2点で落ちてた。合格といっても崖っぷちだ。
千花ちゃんも受かってた。……というか、俺よりかなり点が良かったらしい。葉っぱ当てが満点だったとのこと。ヒデさんがとどめを刺す。
「千花ちゃんに負けたなんて。……ハッズカスィー!」
俺は熊手を持ったまま項垂れる。
「……面目ありません……」
しょげる俺を見てヒデさんは息を抜き、俺の頭をぽんぽんとする。
「資格なんて箔がつくようなもんで、実際仕事で出来なきゃ意味ねーんだ。これからが腕の見せ所だろ?」
「ヒデさん……」
「ふふ……愉しみにしてるぜ、ゆーき?」
「!?」
ヒデさんの不敵な笑みに、悪寒が走ったのは言うまでもない。
モミジは秋に手入れした場合、残った枝についている葉もしごいて落としてしまう。もったいない気もするけど、これはお客さんの要望で、落ち葉掃除が楽になるからだという。
最初は掃除ばかりだったけど、最近は色々な木に登らせてもらえるようになった。今日はひたすらモミジを手入れしていたのだが、そこへ社長が気難しい顔をしてやって来た。
「おい、枝寝かせろ」
「強い」
「んな太いとこで切んなバカヤロウ! 木が弱るだろうが! おいヒデ、代われ!」
「へーい」
ヒデさんが隣の木から降りてきて、代わりに俺のやってた木に登り込む。俺は地上で再びモミジを集め始める。
——モミジって難しいな……
繊細なニュアンスの木となると、まだ戦力外だ。
モミジをあっという間に仕上げて、ヒデさんが降りてくる。
「ゆーき。何でも同じ切り方すりゃいいってもんじゃないぜ。貸してみ」
ヒデさんは俺が拾った大枝を手に取る。たぶん俺がさっき思い切って太いところから落とした枝だ。
「その木ごとの理想形を覚えろ。モミジは枝垂れるのが自然で綺麗なんだ」
チンと鋏が鳴る。切った部分が無くなると枝は一気に透けて……でも柔らかい。
「枝先だけでちまちま詰めてたんじゃ、樹形が固くなる。モミジはこんな風に枝を抜いてくんだ。お前はちょっと思い切りすぎたけど……抜き方の感じとしては悪くない。迷うのも困るけど、抜いちゃえ、てのは無しな。特に大きな枝を抜く時はもう少し慎重になれ」
「……すみません、ヒデさん」
「ま、誰もが通る道だわな」
ヒデさんは手の枝をぽいっと放る。
「口でいくら説明したって、お手本みせてやったって、自分で実際手入れてかなきゃ身に付かねえんだよ、こういうのは。何回も繰り返して、体で覚えるんだ」
ヒデさんは肩をすくめてみせる。
「経験を積んだ人だと、どこで切ればいいのか木が教えてくれるって言うけどな」
「木が語りかけてくるんすか……」
「俺は夢にまで木が語りかけてくるけどな。マツの放射状の葉っぱが今も残像の様に……うぅ……」
ヒデさんは両手で顔を覆う。もう職業病である。
仕事中の一服は体を休めるだけじゃなく、作戦を立てる時間でもある。
一旦木から降りて、遠目で見てみると気づくことがある。絵を見るのと同じように。
「どこに出かけなくてもこんな見事な紅葉が見られるんだからさ。庭を眺めて一服できるなんて……今時贅沢だと思うぜ。あーうめぇな畜生……」
ヒデさんは目を細め、美味しそうに煙草を吸う。煙が冷たい風にさらわれていく。そろそろ外での一服も厳しくなる季節だ。
「やべえ。もう年の瀬が頭をよぎるわ」
ヒデさんが吸い殻を空き缶の中に入れる。
「ゆーき、お前に言わなくちゃいけないことがある」
「ヒデ……さん?」
「社長、いいすか?」
「ああ」
ヒデさんの真剣な目に俺は身構える。もしかして……独立のこととか?
「これから年末までの2ヶ月、日曜も出だ」
「そうですか、日曜も…………はい?」
ヒデさんはニコニコしながら、はち切れんばかりのスーパーの袋を手渡してくる。
「これ、お客さんからもらった柿な。毎日食って風邪ひくなよ」
柿が赤くなると医者が青くなる。俺は血の気を失って白くなる。
俺の家時間はどうなるの?
鬼だ。みんな鬼だ。高島造園は鬼ヶ島だったのだ。