造園技能試験って?
植木屋にとって一つの目標になるのが、造園技能士という資格だ。試験の申込期間は非常に短く、4月のおおよそ10日間程度。
受けるのか、受けねえのか? 迷うくらいなら受けちまえ!……という業界的なせっかちさを暗に感じるのは気のせいだろうか。
千花ちゃんと衝撃の出逢いを果たした帰り道のこと。
ヒデさんと夕飯を食べに行くがてら、造園技能試験の話になった。俺はお腹が減っているのもあって、余計に弱気になる。
「まだ経験浅いのに……どうしよっかな」
受けてみるか? と先日社長に聞かれ、返事を保留にしていたものの、気がつけば申込期限が迫っていた。
「受けちまえ。どうにかなるって。2級受ける資格持ってるんだよな、たしか」
「あ、はい。俺失業中に職業訓練校行ってたんで、そこ修了すると自動的にもらえるんすよ。本当なら何年か実務経験要るらしいんですけど。……ヒデさんて1級持ってるんすよね? すげー……」
造園技能試験はちょっと変わってる。まず学科と実技がある。学科は造園に関する知識全般を問うマーク式。実技は屋外で坪庭を時間内に造る作業試験。それともう一つ……要素試験というのがある。ピンと来ないと思うが、要は葉っぱ当てである。
花瓶に挿した枝を見て何の樹種か当てるというもの。しかも1種につき15秒くらいで答えなければならない。
要素試験は学科じゃなく? という俺の疑問にヒデさんも頷いてみせる。
「俺もそう思ったけど……とにかく、この葉っぱ当てで点が取れれば作庭のマイナスをカバー出来るし、逆に、作庭が上手くいっても葉っぱで取れなかったら足を引っ張ることになるんだよ。俺がこの後者のパターン」
ヒデさんは悔しそうに溜息をつく。俺は続けて質問する。
「葉っぱ当てって、一体何種類くらい覚えればいいんすか?」
「2級が115種、1級が150種くらいから20問だったかな。変更なければ」
ひゅうぅぅ……耳に木枯らしの音が聞こえてくる。
「見分けつかない……………………やっぱ無理っす」
ヒデさんに頭をこずかれる。
「お前なぁ。諦め早えーっつの。だからゆとり世代って言われんだぞ?さっき聞いたけど、千花ちゃんも今年受けるんだと。だからお前も——」
「やっぱ受けます!」
……で、結局俺は自分の首を自分で絞めることになる。
***
仕事終わりに残って試験の練習をしていた時だった。
「ゆーきくん!」
千花ちゃんは自転車から降りて息を切らしている。
「……? 千花ちゃんてチャリ通勤だっけ?」
「ううん、ちょっと偵察。……練習どう?」
「あ、そういうことか」
お互いに笑顔になる。
「とりあえず今は練習マシーン作ってるんだよね。四つ目垣の。……社長がまずは垣根の結束をやれって」
「へえ……それいいね、私も作ってみようかな」
そんなこんなで、毎日汗だくの仕事終わり、疲れた体にムチを打ってやってたけど、たまに千花ちゃんが来て一緒に息抜きしたり、お互いの成果を評価しあったりして、俺はなんとか本番まで心がくじけずに済んだ。
今年試験を受けるのは、高島造園と松田苑で二人だけだったので、当日は試験会場まで俺が運転していくことになった。荷台には二人分の道具、助手席には千花ちゃんというウハウハなシチュエーションである。
——千花ちゃんとドライブかぁ……
緩みそうになる顔を俺は必死で引き締める。
——いかん……いかん……! 俺はこれから試験に向かうんだっっ!
ぶんぶん首を振るっていると、千花ちゃんが心配そうに覗き込んだ。
「ゆーきくん、あの……高速だから危ないよ?」
会場に着くや否や、俺は木陰に佇む美女と目が合ってしまった。
「熱中症気をつけてね。具合悪くなったら休むのよ」
スポーティな格好で、足長くてスタイル抜群の……誰だろう。
俺の疑問を察したのか、千花ちゃんがすぐさま答えてくれた。
「あの人看護師さんらしいよ」
「え? そうなの??」
「毎年何人か具合悪くなるから待機してるんだって」
「う……」
その中に俺が入ってしまうこともあり得るかもしれない。クーラーの効いた密室であんな美人に介抱してもらえるとかさ……暑さも相まって、脳内は茹ってもうおかしい。
——うし、棄権もありだな。
元来気の弱い俺は、自分の中でしっかり逃げ道を作っておく。
お盆の一番暑い時に炎天下で2時間半とか……かなりやばい。道具の準備をしてるだけでも、汗がぼたぼたと落ちる。道具の脇に置いてある水は念のため4ℓ。その内の2ℓはかっちかちに凍らせてある。俺の人生において、間違いなく最も過酷な2時間半だ。
「始め!」
検定員の合図と共に、辺りが一気に慌ただしい空気になる。
まずは四つ目垣を作る。垣根は練習の甲斐合ってか比較的スムーズに運んだ。寸法を間違えないように竹を切り出して、竹の裏表を気にしながら地面に打ち込んだ後はひたすら竹と竹をシュロ縄で結んでいく。指が擦れて痛いけど、もうそんなこと言ってられない
次は飛石を据える。
チリといって、地面から均一におおよそ5cmの高さと決まってる。飛石は分厚いからその分地面も深く掘らないといけないし、水平に据えなきゃならない。いちいち石を持ち上げたり、ずらしたりじゃ体力の無駄だ。微調整はするけど、置くのは一発で決めないといけない。
飛び石の他にも様々な形の石を据えた後、小高く盛った築山にツツジを植え込む。
あんまり気にしたこともないと思うが、苗木にも裏表がある。枝は日当りが良い方に伸びるから、そっちが表。木の表を正面に向けて、根っこを出さないように植える。
最後に整地。仕上げってやつ。これが本当に大切なんだとヒデさんは言う。
制限時間内でテキトウに終わるより、規定時間を越えて減点されたとしても、仕上げをきれいにしろ、とのこと。地面の凸凹を均して、石に積もった砂は掃き清め、最後の最後に自分の足跡を消す。5分超えで終了した。
俺は屈んでいた腰を上げ、深く長い息をつくと、手を上げた。
「……終わりました」
検定員の人が採点表片手にやってくる。
「ご苦労さん。採点あるから向こうの木陰で待機して……兄ちゃんどっち行くんだ、あっちだよ。お茶配ってるから」
「うす……」
力なく頭を下げる。ぼたぼたっと汗が落ちる。全身の疲労と汗をたっぷり吸った作業着で体が重い。パンツまでびちょ濡れで気持ち悪い。木陰に行こうと方向を変えた時だった。もうろうとした意識がたちまちに覚める。
「千花ちゃん……」
打ち切りまであと10分。体を引きずるようにして、彼女はせっせと地均ししている。顔色がめちゃくちゃ悪い。
立ち止まっていると、後ろから突然声をかけられた。朝会った美人の看護師さんだ。
「ねえ君、あの子と朝いたよね?」
「あ……はい」
「あの子、途中からだいぶ息が荒くて……熱中症かなって、さっきから休めって言ってるんだけど、続けるって聞かないの。朝から具合悪かった?」
「いや、そんな感じしなかったですけど……」
千花ちゃんは普段見せないような苦渋の表情で……ようやく手を上げた。
「終わりました」
そう言うと千花ちゃんはその場にしゃがみ込む。俺と看護師さんが同時に駆け出した。
***
「腰痛めてたの?!」
思わず声を上げた俺に、千花ちゃんは縮こまる。
「……うん、痛み止め飲んで、サポーターしてたんだけど……痛いものは痛いね」
「まったく……無茶するなぁ」
俺がもし千花ちゃんと同じ状況だったら、どうしてただろう。
「だって、ここまで来て諦め切れないし」
「だけど……腰、大事にした方がいいよ。仕事しばらく休んだら」
千花ちゃんは苦笑いする。
「うん、親方からさっき電話きて、明日休めって。組合の誰かが見に来てて電話したらしいの」
——伝達早っ……
親方連中の情報網に俺は戦慄を覚える。悪いことは出来ない。誰かが木から落ちただの、骨折しただの、悪いことは倍速で伝わるのだ。
千花ちゃんを松田苑に送り届けて、俺も道具の片付けを手伝った。
「じゃ、お大事に……」
車の窓を開けてそう言うと、千花ちゃんはきっちりとお辞儀していた。
「ゆーき君、今日は本当にありがとう。二年後は私が運転するからね」
何気ない言葉だけど、心がほくほくして、この数ヶ月の苦労が全て報われた気がした。
——二年後か……俺、ちゃんと続けてんのかな。
***
「ゆーき、お前竹の上下何本も間違えてたってよ。組合の中で笑われたって社長激オコだぞ」
「ひぃ……っ」
他の先輩も来て腹を抱えている。
「竹をケツからこう、馬鹿力で叩くもんだから、ばっりばりに割れてたってさー……ぶふっ」
息も絶え絶えに荷台の上で転げ回る先輩達。
——落ちた……
俺はその場に膝をつく。目の前が真っ暗になる。
「人生いろいろ、葉っぱもいろいろ♪」
「ヒデさん……それ何も励ましてないっす……」
ヒデさんがこっそり耳打ちする。
「元気出せって。俺がイイトコ連れてってやるから、な?」
「ヒデさん……!」
で、結局連れて行かれたのは焼肉だったんだけど、ヒデさんが店の親父さんと仲良くて、特上タン塩をサービスしてもらった。
肉をたらふく食って、アルコール入れて、その晩はぐっすり寝た。発表は秋。だいぶ先だ。忘れてしまおう。