植木屋の見分け方
「あぢー……」
軽トラックのドアポケットに常備されてる団扇片手に、ヒデさんはご機嫌ナナメだ。
「GW明けだってのによ〜なんだこの暑さは、ゆーき君」
びしっと団扇を運転中の俺に向ける。
「なんか台風の影響っぽいすよ」
「休み明け 体慣れないのに この猛暑(字余り) ……っ、やっぱ俺今日無理……後頼む」
「……頼むから俺を一人にしないで下さい」
ぐったりとヒデさんは死んだ振りをする。今日はヒデさんと俺の二人で個人庭の木の手入れだ。
今年は5月初旬で真夏日を記録してしまった。クーラーをMAXにして、風をもろに顔に向けてるけど効きが悪い。
「ったく、このオンボロ軽が。買い替えろよな」
いつの間にか生き返ったヒデさんがダッシュボードを蹴る。正直ちょっと怖くて、俺は声が震える。
「足長いのは分かったんで…これ以上壊さないで下さいって……」
「お!今隣走ってたの、植木屋だな」
ヒデさんの声が跳ね上がる。俺の心臓は飛び上がる。ヒデさんの声は低音と高音の差が激しい。
「び、びっくりしたぁ……」
車に関する指摘はヒデさんに限らず、社長や他の先輩と乗ってる時でもよく耳にする。
「気になってたんですけど……どうして植木屋って分かるんすか?工事関係の人も梯子積んでますよね」
「んーーーまあ長梯子だけだと紛らわしいけど……三角の脚立積んでたら間違いなく同業だな。ベニア板を荷台に立ててたり……あとなんつぅか、トラック自体うす汚いっつうか、ボロいっつーか」
「……たしかに」
「大きな造園会社はともかく、うちみたいな民間の小会社だと、資金繰りがなかなか厳しいわけだよ。機械一つ買うったって、けっこう高いしな……にしても元取りすぎなんだよ」
ヒデさんは舌打ちをする。
「だから道具の整備も大事な仕事だぞ。お前も早くチェーンソーの刃ぐらい研げるようになってくれよ」
「うす……」
「壊したら天引き」
「勘弁して下さい!」
ハンドルに額を擦り付ける。そんな俺の懇願を無視するヒデさんは、信号待ちの俺らの車の前を横切るOL風美女に目を奪われてる。
「なあ、あの子すげー可愛い! 出勤かな〜」
***
ヒデさんのレーダーが再び働いたのは、10時休み。二人で現場の近所に飲み物を買いに行った時のことだ。
「おい見ろよ。前歩いてんの植木屋だぜ」
小声でそう言うと、俺の飲もうとしていた缶をさっと取り上げた。
「……(泣)」
「歩きながら飲むな。誰に見られてるか分かんねえから」
ほらよ、と缶を返される。
「……すみません」
こういう行儀に厳しいところも植木屋ならでは。
「一般の人からすれば、植木屋も鳶も他の土方のやつだって見分けつかないだろうけど、いちお皆〝職人〟だからさ。そういう目で見られてるって気は遣え」
「はい」
「猫背とかダラダラ歩きとかもダメな……あと、ながらスマホも。もしやったら没収して恥ずかしいブクマチェックしてやる」
「……もう絶対しません」
俺はポッケのスマホをぎゅっと握りしめる。
「……それにしてもさっきの人、ニッカポッカ履いてましたよね。鳶の人かと思いましたよ。植木屋って普通乗馬ズボンじゃないんすか?」
「ああ、たまに毛色の違うのいるな。鳶だって地下足袋履くしなぁ……俺はそういう時、腰を見るね。腰に下げてる道具見りゃ、何屋か察しつくよ」
「あ、なるほど」
思うに、鳶の人の服装は、多少色味もあってどことなくお洒落だが、植木屋はひたすら地味をゆく。基本は紺一色。バリエーションと言ってもほぼモノクロ。……要は土汚れが目立たない色だ。
地下足袋を履いてることもあって、道行く大人達から「祭か?」と聞かれ、子供達から「忍者!」と呼ばれるのは日常茶飯事。外国人には「その足袋どこで売ってるのか」としつこく聞かれる。作業着屋とかホームセンターにあるんだけど、俺の英語力では案内できない。とにかく浅草行ってくれ。