俺らはエコじゃない
〝木を相手にする仕事〟と言ったら、なんとなくエコなイメージを持つかもしれない。自然を守ってるとか地球に優しい人達だとか。
その期待をあっさり裏切るのが、この植木屋という職業である。
現場への移動は常にトラック数台。ガソリンという貴重な化石燃料を消費しまくり、夏冬はエアコンMAXでアイドリングすることに躊躇なし。機具一つ動かすにも燃料を使うために、排ガスと排熱でヒートアイランドに加担しているのはほぼ間違いない。
日に三度の休憩には自販機やコンビニの世話になりっぱなし。空き缶、空の弁当箱などのゴミを毎日相当な量を出している。
俺らはエコどころかエゴに生きている。
道ですれ違えば汗くさいし、煙草臭いし、何となく柄悪くて目合わせられないし。しかも腰に刃物をぶら下げてたりするし(ハサミ・ノコギリ等々)……周辺環境的にもよろしくないと思う。
プライドが高くて頑固で、一癖も二癖もあるのは当たり前。競争心むき出しの獰猛な男達の群れが——つまるところ、俺の今の職場だったりする。
***
「……っ」
汗が目に染みて、目を開けられない。
「ゆーき! 何やってんだ、早く取っちまえよ!!」
「うす! 今やってるんすけど……」
なぜか木の上でカラスと格闘中の俺。役所からの依頼でカラスの巣の撤去しているところだ。攻撃されても厄介なので、親鳥がいないのを見計らって作業してる。
春はカラスの繁殖期。小枝や鋼のハンガー、ビニール紐なんかをうまく組んでけっこう立派な巣を作っている。空き家なら話は早い。けど巣に卵や雛がいる場合、撤去は出来ない。カラスも一応は野鳥。鳥獣保護法の対象になるからだ。
巣を左手で支え、右手のノコギリで枝ごと切り落とす。想定外の重さに思わず巣を落としそうになる。
——重っ……!
登ってる木の真下から先輩が声を張り上げる。
「おい、まんま投げんじゃねーぞ! ロープで括って下ろせ。ほら、親帰ってきちまうぞ!」
「クワァッ! クワァッ!」
親鳥たちが俺を見て威嚇し始めた。
「おわっ!」
一瞬焦った俺は、枝の上で滑ってしたたかに足を打った。胴縄つけてたから落ちなかったものの、危ない危ない。ちなみに胴縄は命綱のこと。
「はー……」
巣をロープで下ろした後、梯子を慎重に下りて、その梯子を畳み幹に立て掛ける。それから木を包囲していたカラーコーンとバーを片付ける。土を踏んでいるのに俺の両足はまだ微妙に震えている。
「カラスって頭いいだろ? お前のこといつまでも覚えてるぜ。憎き敵として」
巣を分解してゴミ袋に入れてるところに、先輩が枝の束を担いでやってきた。
「ヒデさんが俺に登れって言いましたよ」
枝をトラックの荷台に放り込むと、ヒデさんは怯えたように両手で体を抱える。
「ゆーき、俺最初に言ったよな? 高所恐怖症で……」
「何言ってんすか……さっきあの御神木の天辺で俺に手振ってましたよね」
「おお、そういや怖くなかった。ご利益?」
ヒデさんは俺に向かってパチンと手を合わせる。……後輩は神棚じゃないんですが。
ちなみに、その御神木というのはマンションの6階くらいのクスノキの大木だ。なかなか高い。
身長的にひと回り小さい俺の肩に、ヒデさんが手を回してくる。
「ったく。こんなんで萎えてんなよ。俺らはある意味何でも屋。猫が車にひかれりゃ片付けにいくし、台風で木が折れりゃ休日返上で片付けにいくし」
ヒデさんが溜息をついてぼそっと呟く。
「わりにあわねーよなぁ……体力仕事のくせ給料安いし、男ばっかでむさいし」
「ヒデさん、最後の一言余計っす。……それこそ萎えます」
俺もこっそり溜息をつく。
——ま……この職場じゃ出逢いもなさそうだし。
俺はこないだ学生時代から付き合ってた彼女に振られた。理由は俺の休みの少なさ。加え、早出残業の多さ。……たぶん。
『私とあの木と、一体どっちが大事なのよ?!』
近くにあったイチョウの木と俺を交互に指差し、冗談のような台詞を投げかけた彼女は、その後一切の連絡を絶った。
それから俺は前よりいっそう仕事にのめり込み、がむしゃらに木に登る日々が続いた。それはそれで楽しいが、たまに思う。木をハグするより女をハグしたいと。
黙り込んだ俺に、ヒデさんは「ゆーき……」と神妙な面持ちで肩を叩く。——こんな優しさ絶対嘘だけど。
「お前振られたばっかだったよな。わりーわりー……あ、そういや聞いたか? 松田苑、女の子入ったんだって」
松田苑は近隣の同業者で、忙しい時はお互い手を貸し合ってる。
「女かぁ…………………え?」
半信半疑の俺を見て、ヒデさんはニヤリと口の端を上げる。
「……え? まじすか。俺騙されてないですよね? ど、ど、ど、どんな??」
「俺も聞いただけなんだけどさー。今度松田さんとこ3人で手伝いに行くから、お前入れてもらうよう社長に言っとくわ。俺もお前居た方が楽しいし」
「ヒデさん……」
「お前しごくの最近の生き甲斐だし」
「ヒデさん……!?」
ヒデさんは俺の先輩で、植木屋一筋15年。「そろそろ独立か?」と周りからよく聞かれるらしい。俺の10コ上の35歳。会社の近所で彼女と暮らしてる。
俺が入って3ヶ月目とまだ日が浅いために、ヒデさんには付きっきりで教えてもらってる。怒られっぱなし、失敗ばかり。俺こんな出来ないやつだったっけ? と散り逝く桜に今までの人生を振り返ったりする。
怒られるか、けなされるか、いじられるか。褒められるなんてのはゼロに近い。褒められて伸びるタイプの俺には少々キツイ状況である。
——何となく入ったけど、このままでいいのか?
時間があると悶々と考えてしまう。だから考えないように、日々ひたすらに体を動かしている。