あいつは怖ろしい。
ピロロロロロロロロ
午前4時。
朝から電話がうるさい。さっきから何度も聞こえる。
家の電話でもなければ俺の携帯でもない、ここには俺しかいないはずなのに…
「あ、はいご注文ですね?はい、はい、わかりました~」
あ…忘れていた…。
そう、俺は勢いでよくわからない男、九助を引き取った(?)のだった…。
ピッ
「なにやってんだよお前……俺今日朝の仕事ないんだけど…」
「おぅおはよう!あれ、今日なかったっけ?」
「ねぇよ…というか何やってんだって」
「電話グフッ」
軽く一発腹に入れた
「そのくらい見たらわかるわ!」
「ゲホゴホ…んーとね注文受けてたの。」
「注文?」
そういうと九助は自分のパソコンを持ってきて、とあるサイトを見せてくれた。そもそもパソコン持ってたんだな…。
「これさ。」
「お面…?」
「そっ!俺結構手先が器用だったらしい。」
「らしい?」
「察してくれ?」
「あぁ…。」
これもいわゆる「記憶」か…。にしても何をやっていたんだろうな…。
「なぁ、お前の言う記憶ってどういうものなんだ?」
「あぁ…正直わからない…、ただ自分の体験ではない。」
「取りつかれてんじゃないの?」
「えっうそっ…」
え、結構真面目な顔してる、あ、なんか、え、ごめん、
………えっ?
「お前、心霊とか無理な感じ?」
「無理無理無理絶対無理!!」
「うちの神社さ―」
「やめろやめろうわぁぁぁぁぁぁ痛ってぇ!?」
逃げ惑う九助は、机に足指をぶつけたらしい。おバカ。
でも、こんなにぎやかな日常は久しぶりでなんだか嬉しかった。
僕の家は、九助が来るまで1人。
母親は俺が3歳ごろに事故で亡くなったらしい。
だからあまり記憶にはない…。
だから父親は、母親に代わって掃除洗濯などをやり、僕たちを育ててくれていた。
家事をやりながら仕事もしないといけないため、疲労もあったのか病に倒れ、僕が小学校5年生ごろに亡くなった。
ん?「僕たち」ってどういうことかって?
僕には10歳も上の兄がいる。高橋時雨、今25歳。
地方に働きに出ているため家にはまるで帰ってこない。
父親に似たのか、過去にいろいろあったためか仕事熱心、仕事以外頭にないんじゃないかと思う。
家計をどうにかするために、バイトもかなりしていたわけで、あまり遊ぶこともなかったし、あまり友達との絡みも薄かったから感情が僕でも読み取れない。そんな兄。
昔から働いて家に帰るのは僕が寝てからだったから、あまり話すことがなかった。そのせいもあるかな、感情が兄弟でも読み取れないのは。
あ、ちなみにたぶん俺よりは友達いる。飲み友達がいるみたいだし。
「…ろう、おーい、一郎?」
「ふぇっ!?」
「おいおいなんだその声~?ずっとボーっとしてたぞ?」
「え、あ…考え事してただけだ。」
「ふぅん…」
「なんだよ…。」
不思議そうな眼をこちらに向けた。なんなんだ…。
「いろいろあったんだな。」
「えっ…、」
「俺―…わかるんだよねぇなんとなく。」
「なにが…」
「人の感情って言うかさぁ、何考えてんのかな―って。」
「でもどんなことがあったかはわからないだろ…?」
「うーん、へぇ…親いないんだな。」
「っ……」
今度は冷たい視線を向けた。顔は横を向いている、ただ、視線だけ。
「お前に何がわかるんだよ…。」
「どうかな、俺はいくらでも読み取れるけど。」
「わかるはずねぇよ…」
間が空いた。
「きっとわからないね。」
「なら偉そうなこと言うなよ…!」
怒りがこみ上げてくる、何も知らないくせに…
今度は九助が先に口を開いた。
「親父が死んだ。」
「………。」
「俺が産まれる前に死んだんだ。それから母親といたが、したこともない子育てだ。そのうち俺が邪魔になったらしいな、少しの間あずかってくれないかって、おばさんの家に預けて独りでどこかに行っちまったらしい。それから二度と姿をみたことがないっておばさんは言っていたな…。俺が捨てられたのが3歳ごろか、話を聞いたのは最近…と言っても2、3年以内の話だが。」
「なんだよそれ…。」
「それだけ俺の存在は不必要だということさ。」
不必要―――――――――
その言葉が妙に心に刺さった。
「なぁ一郎。」
「………。」
素直に返事ができない。
九助は俺の方に向き直り、不思議な笑みを浮かべて続けた。
「お前にこの俺の気持ちがわかるか?」
「……………」
問答無用、わかるわけがない。
捨てられた……、その悲しさは僕にはわからない。
それより、何故こんな話をしてあいつは笑っていられるのか…。
わからない
わかるわけがない
「いまお前の考えていること―――」
「やめてくれ…」
怖ろしくなった…またこんな話を聞くことになるのかと思ったら怖い。
それどころか、九助が、九助じゃない、いつもとまるで違う…。
「お前…誰だ…?なんなんだよ……。」
「俺は俺さ。」
「……………寝る…。」
その場から逃げたくなって、俺は部屋に戻り、布団にもぐりこんだ。
いつも笑顔で、馬鹿でお調子者で、不思議なやつだと思ってた。
けど、何かスイッチが入ったかのように、いきなり怖ろしくなる。
真面目な、つらい話を淡々といつもの不思議な笑みで話す。
「今日は…具合が悪い。」
ふと涙がこぼれた。痛い…胸が痛い…苦しいよ…。
さびしいよ…。
〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜〇〜
しばらく外を眺めていた。一郎が部屋に戻って、リビングで一人。
一郎は自分のことをしっかり理解してんだろうなぁ。
俺は人の感情を読み取ることができる。
けれど
俺のことがわからない。
俺はなんなんだ
俺は
誰だ?