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驚天動地!人間様を舐めるなよ!その一

「それじゃあ、日直の仕事があるから」


 肩にかかりそうな長さの黒髪を翻しそう告げる樹下鈴鹿と学校の下駄箱口で別れる。

 話相手もいなくなったところで自らの教室へと向かう、まだ早い時間だったがそこそこ生徒の姿は見えた。当然みなゾンビである。


 少しすれば樹下も教室に戻り、これまたゾンビである担任教師の一声の元、朝のHRが始まった。

 そしてすぐに授業が始まる……ゾンビになり脳が腐ったとはいえどんな原理か意外にも知能は下がっていないらしく、生前と変わらぬ授業内容を受けるゾンビ達。存命の僕は右も左も友人も教師もゾンビという生半可なホラー話では味わえないような体験を半年も続けている。

 勉学はともかく、次は体育だ。僕とゾンビ達は体操服に着替え校庭へと降りて行く。体育教師の前にゾンビが綺麗に整列する異様な光景が作り出された、その腐臭立ち込めるゾンビの群れの中に並ばせられる人間一人……鼻が曲がりそうである。これが女子の臭いならば精神的にもまだ助かったかもしれないが、男子と女子と出は体育の授業内容が違う為この臭いの発生源は全て男子生徒からだ。


 口呼吸をしながらも体育教師の話に耳を傾ければ、本日は200メートルを徒競走をするとの事。それを伝えられれば思わずため息を漏らしてしまう。

 別に運動が苦手だからというワケではない、一応人並みには身体を動かせる。僕は何が不満なのかと言うと――僕以外のクラスメイトは一人残らず人並み以下という事だ。

 ゾンビは歩く事は不都合無く出来るが走るとなると話は別、筋肉に力を入れようものならゾンビの腐った身体ではその力に耐えきれない。つまりゾンビであるクラスメイトたちは身体を壊さないよう早歩きで移動するのが限界なのだ。


 ゾンビになってしまったクラスメイトには申し訳ないが、そんな光景を見せられるのは滑稽極まりない。気怠く自分の走る順番が回って来るのを待っていると。


「おい、間枝人嗣まえだひとし


 突然僕の名前を呼ぶ野太い声が背後から聞こえる、随分なオッサン声だがこの聞きなれた声はクラスメイトの声だ。またもや大きくため息を吐いてから後ろを振り向くと太陽の光に照らされた巨体が目の前に立っていた。


「今日こそは貴様を打ち負かし、本校最高速の座を手にしてみせる」


 腕を組んでそんな事を言い放つのは強面巨漢の男子生徒、僕含めほぼクラス全員がゴリラで呼ぶこの男はゾンビになって以来この僕に対抗意識を燃やしているらしい。勝負を受けてもいないのに毎度毎度小テストの点数で優劣を付けて来たり、このように体育の授業になるといつも絡んで勝負事を挑んでくる。恐らく遊んでほしいのでは、と推測している。

 反論などは無駄だとこれまでの経験から分かっているので、テキトーに返事をしつつゴリラに拉致られるように徒競走の対戦相手に組み込まれてしまう。教師は積極的に授業へ打ち込むゴリラに文句は無く、周りのクラスメイトもいつもの事だと受け流す。同じく慣れてしまった自分も溜息を漏らすことなく位置に付く。


「この俺が貴様のような軟弱者に運動で負けるわけがないのだ……さあ、覚悟するがいい!」


 ふんすと鼻息を鳴らして気合を入れるゴリラ、放っておいたらドラミングでもしかねない。

 僕も同じように深呼吸をして落ち着いてから教師の合図を待つ、そしてホイッスルが鳴った直後、僕とゴリラは勢いよくスタートダッシュを決め――ない。僕はまるでジョギングでもするかのごとく地面を蹴り、グラウンドを走る。

 一方ゴリラはというと……。


「ぐぉぉぉ……」


 唸り声を上げ早歩きで僕を追いかけている。そう……ゾンビは走ったりなんてしたら身体が壊れてしまう儚い存在なのだ。


「さっすが間枝……足はえー……」

「やっぱ人間は違うわぁ、脚上げて走れるとか……オリンピック選手になれるだろ」

「惚れる」


 褒められてるんだろうけど一切嬉しくない男子からの声が聞こえた気がした、これが女子からの声なら一発小躍りでもしてしまう程嬉しいのだが、残念なことに校庭には女子の姿は見えない。


「くっそぉぉぉぉ……おのれ!間枝人嗣!」


 ゴリラが唸りをあげている。諦めろ諦めろ、ゾンビが人間様に勝てるわけないんだ……自分以外が全員ゾンビという絶望的状況下、このくらいの優越感は独り占めさせて……


「こうなったら……最後の――手段!」


 ダン、と地面を蹴る音が聞こえた。何事かと思いもう一度振り向くとなんとゾンビであるゴリラが足を上げ腕を振るい全力疾走をしているではないか。

 その姿に観客であるクラスメイトから喝采が湧く、般若のようなその顔が迫ってくるのを見て僕自身腰が抜けそうになってしまう。思わず逃げる様に同じく全力でゴールへと走る、それでも元々の筋肉の付きが違うゴリラ相手じゃ分が悪い。人間の状態じゃ足元にも及ばないであろう事は前々から思っていた事だ。

 健康体の人間である僕と無茶をしてしまえば四肢が吹っ飛ぶゾンビのゴリラが横に並び走る走る走る、途中から僕の足を動かす物は恐怖から意地になっていたのかもしれない。だが僕のちっぽけな意地じゃあゴリラの脚力には敵わない、追い抜かれる――そう思った次の瞬間。


「ぐああーーーーっ!!!」

「ご、ゴリラーー!」


 僕の隣から突然ゴリラの姿が消える、驚いて足を止め確認すると思わず叫び声が出てしまった。悲しきかなゾンビの身体、無理をし過ぎたゴリラの身体は見るも無残に上半身と下半身が真っ二つになっていた。


「くッ……あと少しと言うところで……もたなかったか我が肉体……!」


 ゴリラの上半身が口惜しそうにグラウンドの土を握り締める。


「……今回の勝負は貴様の勝利だ、とっととゴールするがいい!」


 顔を反らし涙をこらえる様に吐き捨てる、ゴールまではあと十数メートル。数歩走れば僕の勝ち……だが本当にそれで良いのだろうか。

 このままゴールまでゴリラの身体が壊れなければどちらが勝っていたか、ゴリラがあのまま僕を抜き去っていたのかもしれないし、僕の意地が優ったかもしれない。これはもう人間とゾンビではない、漢と漢の勝負へと昇華していたのだ。


「……おい?貴様、何して……」


 気付いた時には僕の身体は動いていた、そしてゴリラの巨大な上半身を腋に抱えるとそのままゴールへ向かって歩き出す。


「くぅっ……間枝!貴様というやつは……」

「良いって事だぜ……ゴリラ」


 先程の悔し涙とは違う暖かな涙を流してゴリラはすすり泣く、そんなゴリラの上半身を持ったままゴールへと足を付ける。感極まったクラスメイトたちは胴上げでもしようと思ったのか僕らの元へと駆け寄り……上半身と下半身を分離させていた。ゴリラは泣いていた。僕は我に返ってなんかちょっと恥ずかしくなっていた。

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