花束荘は今日も平和。
設定だけあったものを勢いで一部だけ書いたものです。
こんな駄文を読んでくれる方々に………敬礼っ!!
“事実は小説よりも奇なり”という言葉があるそうだが、我妻慈音は近年その言葉はもしかしたら真実なのかもしれないと頷かずにはいられない状況にあった。
―――――自律性教育機関密集都市、通称『学園都市』。
小等部から大学部までの様々な教育機関が集められ、それ故に人口の約7割が学生であるこの都市が創られたのは、どうやら各国との問題や政治上の政策というものがあったらしい。
…まぁ、通っている学生達には殆ど関係ないのだが。
そんな大規模な計画が数年で完成される筈もなく、学園都市が出来てから約十年。現在は規律も治安も見直され、学生達が住むための寮やその他の居住区まで整備されている。
そしてそんな静かとは言いがたい、毎日がお祭りイベントであるように賑やかで騒がしい街を見ていて思うのだ。
「ここは何処の小説だ」と。
―――――慈音の一日は、通常より早い時間に始まる。
『AM4:00』
設定した目覚ましの音が鳴り始める数瞬前に目を覚まし、目覚ましの設定を解除する。これが鳴ってしまうと何処か負けたような気になるのだ。いや、何に負けたのかは不確定だが。
のっそりと身体を起こして布団を畳み、洗面台にて顔を洗うなどの準備と、腰の位置よりも下に毛先のある長い髪を櫛で梳かし、首元で緩く一つに束ねる。
寝間着にしている浴衣を脱いで日常着の単着物に着替えれば、これで慈音の朝の支度は終わりである。
支度が終われば朝食の準備。
通常の家庭と比べて量の多い白米を水で研いて洗う。個人的に無洗米は好きではないため、水を入れ替えつつ丁寧に洗う。粒同士でぶつかって潰れても美味しくないため、毎日この作業は慎重だ。
……そういえばこの間体調を崩した時は悲惨だった、と慈音は思い出す。『私達がやるから管理人さんは休んでて』と言われ、『任せろ!』とやる気だったので朝食の準備を任せたのだが――――米を洗うと聞いて洗剤入れたポンコツとか、魚を焼いて炭にした泣き虫ちゃんとか、味噌汁の筈なのに明らかに異臭のする何かへと変貌させたひきこもりとか……安心して任せられない事態に直面したのである。
…ちなみにその日は朝食なしで全員叩き出して学校へ行かせた。
本日の朝食はほかほかの白ご飯に鮭のみりん焼き、ひじきの煮物、のりで巻いたうずまきだし卵にわかめと豆腐の味噌汁の予定である。和食中心なのは毎日食事を共にする住人たちのリクエストが無かったからであって、決して慈音の趣味と独断ではない。ないったらない。わざと前日に聞かなかったわけでもない。……仕方ないじゃないか、作りたかったのだから。
まったく最近の若者は。と17歳になったばかりの若人はぼやく。リクエストをとれば軽食で済まそうとしたり聞いたことがない恐らく海外のものであろうレシピを挙げたり、日本生まれの日本育ち昔ながらの純和風家庭で育った慈音がそんなものを知っているわけもない。毎回毎回扱いの慣れないパソコンを使って調べるのも大変なのだ、察してほしい。
味噌汁を煮立たせないように気をつけながら火を弱めて保温状態にし、炊きあがったご飯を混ぜる。米粒の一つ一つがつやつやと光っていることに満足しながら食器の準備をすれば、花束荘の一階階段よりの端に位置するこの管理人室の扉を控えめにノックする音が聞こえてきた。
この控えめな叩き方はあの子か、と検討をつけながら扉に向かい鍵を外せば、開いた向こうには小等部でもまだ中学年であろう幼い少女。
「おはよう」と慈音が微笑めば「おはよう御座います、管理人さんっ」と彼女も無邪気に笑った。その髪が寝癖ではねているのを手で撫で付けて直してやり、他の住人たちを起こしてくれるようにお願いする。
元気に走って行く少女の寝ぐせがまた復活したのを見て苦笑し、さっき準備した食器におかずを盛り付けて机に並べる。
所詮は一人暮らし用の部屋、八畳程度しかない一室には大きすぎる机であるが、元々が十人程度の人数が一緒に使う事を予定していたため、妥当な大きさだと言えるだろう。
箸までを整然と並べ終え、ひと通り見渡してから満足気に頷く。外からいくつかの足音がこちらに向かってきているのを確認して扉を開け、まだまだ眠そうな、眠りから覚めきっていない様子がある相手も含めて部屋の中に押し込んだ。
数人制服にまで着替えている彼女達もいるが、本当に寝起きのままである人もいるため残念感がある。
各自指定席に座って食事前の挨拶をし、ぼちぼちと食べ始める姿を確認してから慈音も食事に手を付けた。
「ご馳走様でしたっ、今日も美味しかったです」
「お粗末さまです。…毎回そう言ってくれるのは未有だけだよ」
朝一番にこの部屋を訪れた少女が言った言葉に、困ったように慈音は答える。食べ終えるなり部活の朝練が有ると飛び出した不運娘や勝手知ったる自室であるかのようにダラけたひきこもり、再び寝始めたヤマネ、食事速度が遅く未だ食べている天然少女達を見てきた未有はなんとも言いがたい微妙な気持ちを表情に出しつつ、疲れたように乾いた笑い声を上げる若き管理人を慰めた。
住人たちを送り出してから食器類を片付け、箒を片手に庭や道筋に落ちた落ち葉などを掃いて掃除しつつ学び舎へと向かう少年少女達に挨拶をする。爽やかな挨拶を返してくれる学生達であるが、一年ほど前は不思議そうな顔をされたものである。
……高校へ通うのは義務教育ではないのだから自由なんだぞー。
勿論大検を既に取っている慈音だからこそ此処まで平然と教育機関に従属していないのだが。
いくつかの不動産会社と管理会社を経由して帰宅し、ひきこもり外出恐怖症である住人の少年フェリーチェの相手をしてやりながら昼食の準備。慈音が道端で拾ってきた十代前半の子供なのだが、拾うまでの間に何があったのか記憶がどうやら曖昧らしい。それを面白がった住人や元住人達に外の有る事無い事散々吹きこまれた結果、外出恐怖症と相成った。それ以来誰かに引っ付いていないと庭も歩けない立派なひきこもりである。
住人が多いためその分かさむ食料の買い込みは定期的に行う。九人分は流石に一週間ほどで消費されるのだ。色々買い込んではみるが慈音の細腕では全部持ちきることは出来ないため、美人と言われた父の姉によく似ているらしい儚い少女のような容姿を利用してアパートまでの宅配便を頼みつつ、自分はのんびり散歩がてらに帰路につく。
その途中でよく見てはいけない者やあってはいけない物が視界の端でちらちらしているような気がするが、目は合わせない。合わせたら負けである。変態や地球外生物や正体不明な謎現象なんてお呼びじゃない。
…だから今、変な円盤の模様に男子生徒の二人連れが飲み込まれたのもきっと気のせい。
……数日前にテレビに出てくる魔法を扱う少女達のような姿をした女の子が空を駆けて行ったのも気のせい。
………数カ月前に流れ星らしいものが落ちてきたっぽいのはきっと隕石。
…………明らかに人の姿をしていなかった生物に誰も気づかず親しげに話しかけていたのも気のせい。
自分にはどれも関係ないし。というのが慈音の言い分である。
帰宅後、荷物を運んでくれたお兄さんにお礼を言って懐柔しつつ食材を片付ける。
ひきこもりの暇つぶしに付き合ってあげながら、度々訪れる謎の黒服とか変な宗教の勧誘とか実家の回し者とか怪しいことこの上ない発言をする人とかを追い返しつつ住人たちの帰宅を待つ。
「ただいまですっ」
「帰ったぞ」
「ただいま帰りました」
「お母さんただいま~」
「お腹すいた…」
「ただいまだ!」
「うちもお腹すいたぁ」
「ただいま。慈音ちゃん、はい、これお土産。」
「おかえりなさーい」
「……お帰り。微睡と苺梨はせめて只今と言いなさい、って誰がお母さんだ」
相変わらずの住人達に頭痛を感じながらも迎え入れ、夕食の準備を始める。夕食が出来るまで住人たちは思い思いに管理人室で過ごすのだが、こういう形式になったのは何時からだったか、今となっては思い出すことも出来ない。トランプを始めた住人たちを横目に見ながら、夕食にリクエストされたカレーライスを順調に作っていく。
住人の中でも比較的常識的な未有が毎回手伝ってくれるのだが、この子に火を扱わせるのは自殺行為なのでサラダの方を頼んでいる。
ぺりぺりとレタスの葉を剥がして手で千切る作業をする姿が、どうにも母親の手伝いをする小学生の図に見えて少し微妙な気分になった。…子供がいるような歳ではないのだが、何故母親と呼ばれるのか。
―――――慈音がこの花束荘の管理人になったのは、小学3年になった9歳の時である。
その当時は現在のようにまだ大勢の住人は居なくて、慈音を除けばたった3人の少女達がいるだけだった。今の住人だけではなく彼女達も相当な問題児で、大学を卒業した今も住所不定であったりフリーターであったりと、未だに放っておくことが出来ない。―――若干一名は留年して居住しているままであるし。
稀に立ち寄って遠慮無く食事を請求する元住人たちがいて、こうして増えていった騒がしくも賑やかな住人たちがいて、一人で過ごす穏やかな時間もあって。
「…………あぁ、幸せって……こういうことか」
いつのまにかぽつりと零れた言葉を拾って不思議そうに見上げた未有に、何でもないのだと慈音は苦笑した。手が止まっていたカレーをかき混ぜる作業を再開する。
背後ではどうやら大富豪の決着がつき始めたようで、高笑いと悲鳴が入り混じっていた。そんな彼女達にご飯ができることを告げて、盛り付けを開始する。
負けた悔しさに歯噛みするポンコツ魔王さまを奮い立たせて、大富豪になってはしゃいでいる大人げない大学生にチョップを入れた。
準備を手伝おうとして転倒した不幸娘に呆れ、驚いて包丁で指を切った未有が泣き出す前に手当をする。
血を見て動揺した番長もどきを落ち着かせ、我関せずとばかりに読書を続ける天然少女から本を奪う。
着々と準備を進めてくれたフェリーチェを褒め、相変わらず暇さえあれば睡眠に没するヤマネを起こした。
『いただきます』
両手を合わせて、今日も感謝の挨拶をする。
賑やかで騒がしくて、少し心穏やかでないことも混じった日常に感謝した。
―――――――今日も花束荘は平和ですよ、お母さん。
母の愛したこのアパートを引き受けて間違いじゃなかったと、思い出すたびに思う。『花束って読み方を変えると花束だろう?』と楽しげに言った亡き母の微笑みを慈音は脳裏に浮かべた。
………俺は今、幸せだよ。
この場所を残してくれて、ありがとう――――…
(お母さんおかわりー)
(……誰がお母さんだって何度言わせる)
(まぁまぁ落ち着いて、おとーさん)
(嗚呼お父さんだったら別に……って言うわけないだろ!)
連載しようか、でも出来るか不安…というのを繰り返しながら設定だけ組み立てられていたものになります。
慈音は外見少女だけど精神的にはしっかり日本男子。着物もちゃんと男物なのに気づかれない不憫さを兼ね備えた巻き込まれかけ体質です。
住人は慈音も合わせて全員で9人。名前で呼ばれなかった彼女達にもちゃんと名前はあります。
ちなみにおねんね好きのヤマネさんは『居眠り姫。』の子だったりします。フルネームは山音微睡です。