オヤジの異世界転移
ある晴れた日曜日。
金曜日に買ったゲームのレベル上げを朝からしていると、オヤジに居間へ来るように言われた。
若い頃に母と結婚し、自称、昔はイケメンだったオヤジ。
今は見る影もなく、腹はたるみ頭もかなり薄い。まだギリギリ三十代だというのに、見た目は四十……下手したら五十代。
母を五年前に亡くして、それからは俺も家事を手伝いながらも男手一つで育ててくれた。
穏やかで、辛いことがあっても決して子供に当たらず、悪いことをした時は本気で怒ってくれる、理想の父親だと思っている。
本人には恥ずかしくて言えないが。
そんな父が珍しく真剣な顔で
「真面目な話がある」
と口にした。
きっと、新しい母親でもできたのだろう。思春期真っ盛りの俺に配慮して、今まで独り身を続けてきたオヤジ。もしそうなら、反対する気は毛頭ない。
ちゃんと笑顔で受け入れるよ。
「反対だ!」
何を言いやがった、この糞親父は! 正気か!?
「お前が戸惑うのはわかる……だがな、父さんは真剣なんだ」
昔は確かにイケメンだったのだろうと思わせる、切れ長の目が俺を見据えている。
冗談が苦手なのは知っている。だが、今回ばかりは冗談だと言って欲しい!
「オヤジ……俺の聞き間違いだとは思うが、もう一度、言ってもらっていいか」
「ああ、かまわんぞ。父さんは――異世界転移することになった」
「正気かオヤジ! そもそも、異世界転移ってなんだよ!」
「それは、現代日本人が異世界へ転移するってこと――」
「わかっているよ、そんなこと! 俺もそういう小説好きだし! 違うだろっ! そんな夢物語が実際にあるわけないだろ……どうしたんだよオヤジ。何か会社で嫌なことでもあったのか……?」
そうだ、急にとんちんかんな事を言いだしたのは、何か嫌なことがあって、現実逃避をしているだけじゃないのか。
いや、そもそも、親父なりの一発芸かもしれない。ちょっと取り乱し過ぎたな。
「まあ、そうくるよな。父さんだって、昨晩、女神さまが現れて説明されるまで、異世界転移なんてあるわけがないと思っていたぞ」
女神様ときたか。とうとう、幻覚まで……。
今まで仕事に子育て、一生懸命に働いてきたつけが……。ああ、うん。俺は子供としてしっかり受け止めないと。
少し精神に異常をきたしていても、オヤジはオヤジだ。
「ということで、女神様お願いします」
「オヤジもういいんだ、ゆっくり休んで――うおっ!」
俺が出来るだけ優しい声を意識して、そう語り掛けるのを邪魔するかのように、突如目の前が光り輝いた。オヤジ、何をしたんだ!?
「何だ、何だ!?」
くそ、眩し過ぎて目が開けられない。
目に光が焼き付き、零れ落ちる涙で視界が滲む。
光は既に消えているのだが、視界がぼやけている。何か、オヤジを挟んだ机の上に物が置かれているような。あれが、光の源なのか。
「どうも、初めまして女神です」
ん? ぼやけたナニかが、もぞもぞと動き、変なことを口走った気がするが。
き、気のせいだよな。まったく、俺まで幻聴が聞こえるなんてシャレにならないぞ。
よっし、目の痛みもなくなってきた、視力も戻ってきたようだ。
さてと、机の上に何を置いたのか確かめてやるか。
「こんにちは、息子さん。この度、お父さんを異世界へ転移させることになりました」
肩紐が片方しかない白のワンピースを着た、特にこれと言って特徴のない顔つきの三十代らしき女性が机の上に正座していた。
「あ、ええと……」
誰だこれ!?
え、あ、何だ、誰だ!?
あ、成程、この人が新しいお母さんで、俺を驚かせる為のサプライズか!
純白のワンピースで清潔感もあるし、美人でもないが決して劣っている顔でもないと思う。それよりも、優しい笑顔を浮かべているのがポイント高い。
何だ、全く驚かせやがって。
「オヤジ、素敵な人見つけたじゃないか。こんなことしなくても、俺は認めるよ。こんなオヤジですが、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。でも、良かったわー。ちゃんと息子さんの了承が貰えて。これで、心置きなく異世界へ旅立てますね。じゃあ、ここに契約の印を」
「はいはい。シャチ〇タでいいですか? ああ、直筆の方がいいのですね。はい、これで契約は完了ですか。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
二人は顔を見合わせて、幸せそうに笑っている。全く、子供に仲睦まじい姿を見せつけて……見せつけて……。
「あ、あの、その、異世界転移ネタはもういいですよ? ちゃんと母親として受け止め」
「母親? いえいえ、私は女神ですよ。何か勘違いされているようですね。取り敢えず、机から降りますね」
この人は、めがみ、目上という名前なのかもしれないな。
机から降りるだけでもちょっと危なっかしい。あ、オヤジの隣に座るのか。ほら、やっぱりお似合いの夫婦にしか見えないじゃないか。
「ええと、何度も言うようですが私は女神です。証拠としては、そうですねこれをご覧ください」
目上さんは、何処に隠していたのかは不明だが小さな棒のようなものを取り出し、机の上で一振りした。
「はあああああああああああああああああああああああああっ!? 何、何これ!?」
何度も目をこすり、瞬きをしたが目の前の光景は消えることが無かった。
食卓のテーブルは表面が木目調だったのだが、今はそこに――巨大な魔物と戦う人々の姿が映し出されていた。
最近観た映画のCGより良くできている……俺を驚かす為に、わざわざ机を巨大なテレビと入れ替えていたなんて。ここまで大掛かりとなれば、これはテレビ番組か。
「ははーん、何処に隠しカメラがあるのかなぁ」
あれか、壁掛け時計の中心に埋め込んであったり、熱帯魚の水槽に防水加工を施した隠しカメラが。
「あらまあ、まだ信じられませんか。でしたら、そーれ!」
隠しカメラを探していた俺の目に映る光景が激変した。
「あっ……」
何処までも広がる草原。
吹き抜ける風。
澄み渡る空に飛ぶのは、翼の生えた巨大なトカゲ。
風に乗って運ばれてくる声は、今まで聞いたこともないような奇声。
よく見ると、美しい花が咲き乱れている一角に、ふよふよと宙を彷徨う、羽の生えた小さな少女が何体もいる。
「ご理解いただけたでしょうか。今は一時的に異世界とこちらを繋いでいるだけです。魔物が我々に手出しはできませんので、ご安心ください」
椅子とテーブルはある。だけど、周囲の壁や天井は無い。
どっからどう見てもファンタジーにしか思えない光景。
「あの、本当に、女神……様?」
「はい。そうです」
マジか。いや、この状況で嘘だと言える程、愚かではない。本当に、女神でオヤジの言っていることは嘘ではなかったのか。いや、まて、まて、まて! だとしたらっ!
「ちょっと、待ってください! 貴方が女神だというのは理解できました。オヤジの言っていたことも本当なのでしょう。でも、何で、どうしてオヤジなんですか!? 普通、俺のような若者を選びますよね!」
「ああ、その事ですか。初めは、貴方に頼む予定でしたのですが、まずは親御さんに話を通しておくべきだと考えまして。お父様にご相談したのですよ」
礼儀正しい女神様だ!
「で、お父さんは悩まれまして、こうおっしゃったのです」
そこで女神様は言葉を区切り、視線をオヤジに向けた。
オヤジは一つ咳払いをすると、大きく頷き後を引き継いだ。
「息子は高校受験で忙しいので、代わりに私が行くというのでどうでしょうか。とな」
おいっ!
待てこらっ!
「いやいやいや! おかしいよねっ! 何でそこでオヤジがでしゃばってくるんだよ!」
「流石、親子ですよね。お父さんにも適性があったので、なら、お父さんでも良いかなと、話がとんとん拍子に進んだのです」
「息子よ。父さんはずっとお前に隠してきたことがあるんだ」
またも真剣な眼差しを俺に向けてくるが、あの目が信用できないのは既に学んでいる。だが、初めに俺へ相談があると口にした時よりも、引き締まった表情に思わず息を呑んだ。
何か本当に、俺には言えない秘密があるのか……まさか、オヤジは実は異世界から来た人、もしくは一度異世界転移を経験し返ってきたという、元勇者だったり、その血を引いた者なのかっ!
「父さんな……ハーレムに憧れがあるんだ」
「そんな告白いらんわっ!」
むしろ、知りたくない!
何でこの歳になってオヤジの秘めた願望聞かされないといけないんだ!
「様々な特徴のある美人に囲まれてちやほやされたいと、常に考えていた」
何凛々しい顔つきで、とんでもないこと口走っちゃっているわけっ!?
「異世界転移したら、ちょろい女が簡単に股を開くんだろ?」
「ゲスいな、おい! オヤジはずっと、死んだ母親一筋だって言っていたじゃないか!」
だから、再婚はしないし、色恋沙汰にはもう興味ないって言うオヤジを尊敬していたのに。
「食べ放題のビュッフェに行ったら、大好物のから揚げは勿論食べるけど、パスタも、魚料理も、スイーツも食べたいだろ?」
「最低な例えだな! もうやだ、オヤジがこんな腐った大人だったなんて……」
「でも、異世界転移を喜んで受け入れる人は、口にはしませんが大概似たようなこと考えていますよ?」
女神様、追い打ちしないで……。
「それに、もう契約は済んでいますので、今更どうしようもないです。お父様は納得されていますし、息子さんも受け止めてあげてください」
そういや、さっき何か書類にサインしていたな。
ああ、もう、一人だけ取り乱しているのが馬鹿みたいだ。ここは、落ち着こう。
「納得はできませんが、わかりました。取り敢えず、この周りの風景を元に戻してもらえませんか。落ち着くために何か飲みたいので」
「はい、わかりました」
女神が再び枝らしき――たぶん、短い杖なのだろう。それを振ると、いつもの我が家の居間が戻ってきた。
オヤジと女神様の飲み物とお茶菓子も用意し、ちょっと苦めのコーヒーを口にする。
うん、不味い。味覚はおかしくなっていないようだ。
ああ、でも、異世界転移か。受け入れないとな、目の前の現実を。
「女神様質問してもいいですか?」
「あら、このクッキー美味しいわ。あ、はい。いいですよー」
食べている姿は、気の良い近所の奥様といった感じなんだがなぁ。
「その、異世界と言うのは危険な場所なのですか?」
「そうですね、こっちの世界に当てはめるなら、文明からして、平安時代後期の日本といった感じでしょうか。様々な妖怪、魑魅魍魎が跋扈していますので、結構危険ですね」
まさかの、和風異世界!
普通こういう時は、都合のいいキーワード、中世ヨーロッパ風だと思ったのに。
「言語は現代日本語なので安心してください」
「古文苦手だったので助かります」
オヤジ、突っ込むポイントはそこじゃないだろ。
「あ、あの、そんな場所に転移するということは、オヤジも何か特典というか、スキルや若返りといったものが与えられるのでしょうか」
「ええ、勿論ですわ。まず、顔は誰もが惚れるような美形へ変化させます。そして、肉体は最も力を発揮しやすく、成長も見込める18歳に若返らせる予定だったのですが、お父様がそれを拒否しましたので、このままということになっています」
「えっ! オヤジ何考えているんだよ。そんな、髪の薄い中年太りしたおっさんが、異世界転移しても苦労するばかりだぞ。認めたくはないが、ハーレム作りたいなら若くてイケメンじゃないと駄目だろ」
オヤジの願望はどうかとも思うが、もうこうなったら開き直って、オヤジの夢を応援してやろう。その為にも、異世界転移ものを読み漁ってきた知識でアドバイスをしないとな。
「息子よ。それは違う。父さんは確かにハーレムが作りたい。でもな、イケメンで若ければ、顔を見ただけで直ぐに惚れられてしまう」
「それの何が駄目なんだ?」
「父さんは、惚れられるまでの過程を楽しみたいんだ……」
遠い目をしながら何を言っているんだ、このオヤジは。
「見た目も悪く、若くもないおっさん。第一印象は最悪だろう。だが、そこから、徐々にいいところを見せていき、外見ではなく内面で最終的に惚れさせる。それが男ってもんだ。お母さんもそうやって落したからな」
そういや、お母さんはかなりの美人で、何でオヤジ何かと結婚したんだと、何度も不思議に思ったもんだ。
あと、やっぱり昔はイケメンだったというのは嘘だったか。頑なに昔の写真を見せようとしないから、見当はついていたが。
ハーレムを作りたいという欲望は最悪だが、女性に対するその考えは少しだけ、見習いたいと思った自分が嫌だ。
「それにな、父さんの自論なのだが……外見やカッコいいところを見て一目惚れした女っていうのは、そこが頂点なのだよ。好きと言う感情の。なので、その後は嫌なところを見る度に、好きという気持ちが落ちていく一方になる。ほら、芸能人やスポーツ選手が結婚すると別れるケースが多いだろ。父さんのようにじっくり自分の事を好きになってもらうと、こっちの嫌な部分も把握して、見た目の悪さも受け入れて好きになってくれた相手は、そう簡単に父さんを見捨てようとしないし、幻滅もしない」
良いこと言っている様に聞こえるが、何だろう納得したら負けな気がする。
「という事で、お父様は見た目がこのままで転移することになりました」
「でしたら、スキルや他の特典はどんなのを貰えたのですか」
「はい、お父様が厳選し、見極め決断した特典は次の三つです。まず、スキルが二つ。一つ目のスキルは『話術』」
攻撃系のスキルじゃないのか。『話術』とは意外だな。
「効果を教えてもらってもいいですか」
「構いませんよ。話術スキルがあれば、あらゆる交渉事を有利に運ぶことができる。いざこざの仲裁や、相手を口で言い任すことも、騙すこともやり易くなります」
ふむふむ、結構いいスキルだな。日本語が通じる世界なら、交渉を有利に運べるのはかなり大きい。揉め事に巻き込まれても口先三寸で切り抜けられるのは大きい。
やるな、オヤジ。
感心して思わずオヤジに目を向ける。俺の視線に気づいたオヤジは嬉しそうに頷き、口を開いた。
「これでナンパもしやすくなる」
前言撤回。
「二つ目のスキルは『土下座』」
「おい……おい。何そのスキル! 斬新だなーってレベルじゃないよね! 今まで、結構な小説読んできたけど、見たことないぞ!」
「効果はですね……土下座を目の前でされると、どんなことも許してしまう。失敗や罪を犯しても、土下座さえしてしまえば、相手は気を削がれ「そこまでされたら、仕方ないな」という気持ちになり、場が治まります」
どんな気持ちでこれを選んだのか気になり、もう一度オヤジに目を向ける。
「営業やっていて鍛え上げられているからな、自信があるぞ。あと、間違って人妻に手を出してもこれで安し――」
「あ、最後の特典、説明お願いします」
俺の理想だったオヤジはもういないんだ……うん。
「三つ目もスキルを得る権利や、肉体強化と言う提案もあったのですが、それを拒否して、一つ頼みごとをしてきました。それは――残してきた息子が健康で、少し人より運よく、平和に暮らせる権利です」
「えっ?」
思いもしない最後の特典に声が漏れた。
「お父様が異世界に渡る際の絶対条件が、それでした。本来なら若返りと身体能力向上を与えるつもりだったのですが、それを拒否する代わりに、この条件を提示されたのです」
「オヤジ……」
「すまんな。父さんの我儘で異世界転移をすることになったんだ。せめて、これぐらいはお前に残しておきたかった。金の事は心配しないでいい。お前が大学を卒業して暫くは過ごせる程度の蓄えはある。何か困ったことがあったら、父さんの友達の横山を頼ってくれ。あ、そうそう、女神様の計らいで、近々大きな事故が起こる現場にお父さんも巻き込まれたということになるから、行方不明者とかにはならない。安心していい。あと、死後の手続きも、横山がやってくれるだろうし、死体は見つからないから火葬場も式もいらないぞ」
ったく、そんなに心配なら異世界に行かなければいいのに。
そう思い、口にしそうになったがやめておいた。
今ならわかる。オヤジは危険な異世界に俺が行くのを心配して身代わりになったのだろう。それを照れ隠しで、あんなことを口にしたのだ。
俺に負担を掛けないように。
「そんな心配しなくていいのに。父さん、最後に一つ言いたいことがある」
「ああ、何でも言ってくれ。殴られても文句は言わん」
途中までは本当に一発殴りたい気持ちだったが、今は違う。
「父さん、今までありがとう。俺の事は心配しないでくれ。父さんの子供だ、大丈夫、安心して」
俺の言葉が意外だったらしく、口をポカーンと開け、暫くその状態が続くと顔に皺が寄った。目も口も閉じ、俯くと肩が微かに揺れている。
「さて、そろそろ時間もないようです。お父様、宜しいでしょうか」
「はい……着替えますので、少し待ってください」
スウェット姿だった親父は、いつものスーツに着替えると、黙って玄関に向かった。ドアノブを握り、小さく息を吐くと女神へ向き直った。
「女神様お願いします」
「はい、ドアを開けて一歩踏み出せば、そこは異世界となります」
オヤジはドアノブを回し、大きくドアを開け放つと最後に、振り返ることなくいつものように大声で
「行ってきます!」
と言った。
「いってらっしゃい!」
俺も大声でオヤジを、いつものように送り出した。
あの忘れられない出来事から二か月が過ぎた。
女神様の話していた通りに事が運び、大きな事故に巻き込まれ遺体は見つからないが、遺品があったのでオヤジの死は確定となる。
遺体が見つからないまま、横山さんの手筈で葬儀を執り行った。
多くの人が訪れ、父さんは意外と人望があったことを初めて知ることになった。
横山さんが何かと気に掛けてくれて、うちの養子になるかとまで言ってくれたのだが、丁重にお断りをして、今も我が家に住んでいる。
今日は大きな鍋でカレーを作り、残ったら冷凍保存をするつもりだ。なので、ジャガイモは入れていない。
「おー、この泥水のような食べ物は何なのですか? 匂いは食欲をそそるのですが、見た目がどうも」
「これは日本人が最も好むと言っても大袈裟ではない、カレーと言う食べ物ですよ。少し辛くて、刺激的かもしれませんが慣れれば病み付きになってしまいますよ」
俺が食卓にカレーを盛った皿を三つ並べると、二人は嬉しそうに喉を鳴らしている。
「また腕を上げたようだな。匂いだけで、美味そうなのが伝わってくる」
「そうですね。お父様も今日はご苦労様でした。魔族側との交渉も上手くいきました。国王も喜んでいたようですよ」
「はっはっは、クレーマーの対応には慣れていますからなっ」
朗らかに笑い合う二人を眺め、俺はため息を吐いた。
「なあ、何しれっと、ちょくちょく当たり前のように帰ってきてんだよ」
あれから、オヤジは三日に一度のペースで我が家へと戻ってきている。何故か、女神も一緒に。
どうやら、一方通行の異世界転移ではなく、自由に行き来できるバージョンだったらしい。
オヤジは向こうの世界で、人と魔族や亜人の交渉を一手に引き受けているらしく、異世界各地を飛び回っているそうだ。実際、魔法の道具で飛んでいるらしい。
女神としても世界を安定に導いてくれればいいらしいので、戦闘能力が皆無のオヤジでも、かなり役立っているとの弁だ。
「まあ、いいじゃないか。こうやって、お前と一緒に飯が食えるんだ。こんなに嬉しいことは無い」
「そうだな……じゃあ、冷える前に食べよう」
「「「いただきます!」」」
食卓にいるのが当たり前になりつつある女神が、美味しそうにカレーを口にしている。
それを横目で確認しながら、オヤジが優しい目で眺めているな。
これじゃ、まるで家族みたいじゃないか。
「しかし、今の状況だと異世界転移と言うよりは――異世界転勤だよな」
「ああそうだな。まあ、一時期働いていたブラック企業に比べれば、今の職場は遣り甲斐があって充実しているぞ」
そう言いながら、おかわりを要求してくるオヤジの皿を受け取った。
オヤジが生き生きしているのなら、それでいいさ。
ギャグが書きたくなるという発作が出てきたので、三時間程度で書き上げた作品です。




