第九話
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会長のお誘いを受けた朝食での出来事から一日経った朝。昨日と同じく食堂で朝食をすませ(今回は何も起こらなかったのでその辺りは割愛する。いくらなんでもそうそうあんな胃の痛くなるような板ばさみなど起きない)、待ち合わせ場所の公園へと向かう。特にやることもないので下手に遅れて文句を言われるのを嫌って30分ほど早めに到着したが、すでに生徒会の面々は全員揃っていた。
「悪い、俺が一番最後のようだな」
「約束の時間に遅れなければあれこれ言うつもりはないわ」
会長がつまらなそうにそう返す。エステの件から何言われるか覚悟していたが、責めるつもりがないのは正直助かる(まぁ、待ち合わせに遅れてもいないのに責められるいわれはないのだが)。そうか、と安堵を込めて呟きつつ、近くにいた飛鳥と真田さんにも軽く挨拶する。「おはよう優之助」と軽い会釈で迎えられた俺は、残る一人、なぜか他の三人と離れた場所で文庫本に目を通していた要芽ちゃん──天乃原学園生徒会副会長、平井要芽──の元へと向かう。
「おはよう要芽ちゃん」
「……おはようございます」
なんだかんだで食堂で久しぶり再会した時以来に会うのだが、特に変わったところもなく元気そうだ。って、当たり前か、あれから一月も経っていないのだ。
喉元まで出かかった「元気そうだね」なんてあたりさわりのなさ過ぎる台詞を飲み込み、改めて出たのはやはりあたりさわりのない会話だった。
「ん、と……三日間よろしくね」
「……はい」
蚊の鳴くよりも細い声をかろうじて俺の耳が拾う。見ると耳のあたりが真っ赤だ。文庫本も目を離さないのではなく、目を文庫本にしかむけられないのだろう。再会した時はあまりに久しぶりでお互い妙なテンションでのやり取りだったが、要芽ちゃんとのコミュニケーションは今のようにこちらが心配になるほど控え目な事が多い。もしかして、怯えさせてないか? と疑問に思うこともあったが、時折こちらがびっくりするほど食い気味で話し掛けてくれるのでそういう訳でもないのはわかっている。
「──食堂の時もそうだけど──」
「──────本当に同一人物────」
「──────別人でも驚かない──────」
妙にこそこそと会長達が身を寄せ合い何事か言い合っている。ところどころしか聞き取れないので中身はさっぱりだが、なんだか引っかかるものはある。とはいえ、いつまでもこんな所で立ち話というわけにもいかないだろう。
「なぁ、そろそろコテージとやらにいかないか?」
時計を見ると、8時50分。予定より少し早いが、人数が揃っているなら問題ないだろうと出発を提案する。
「そうね。少し早いけれど出ましょうか」
「そういえば、荷物はどうしたんだ? 泊まり込みなんだろ?」
三日間の泊まり込みだと聞いていた俺は着替えやら泊りに必要そうな諸々を大き目のスポーツバッグに詰め込んできたのだが、女性陣にそれらしい鞄の類を見かけない。強いてあげるなら、要芽ちゃんの文庫を入れてきたと思われる小さめの手提げ鞄くらいだ。
「私達の分はすでにコテージにあるからいいのよ」
「……なら俺の分も持っていってくれてもよかったんじゃないか?」
「昨日の今日で準備できてないのに?」
「聞かされたのがもう少し前だったら準備できたんだが?」
「無理よ。言ったでしょ? 忙しかったって」
つまり、俺が重たい思いをするのは当たり前だということか。
「私達の荷物を運ばされるよりはマシでしょ?」
感謝しなさい、と言わんばかりに言い捨てるとそのまま公園の中へと歩を進める。どうやら公園を通って目的地に向かうらしく、真田さんと飛鳥も会長に続く。
「……いきましょう、優之助さん」
こうして俺はどこまでも控え目な要芽ちゃんに手を取られ(どういうわけか、このあたりのスキンシップにはあまり躊躇しない子だ)、コテージに向かう為、公園へと入っていった。