第七十三話
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「実際に見てみると、ちょっとしたパーティーみたいね……別に開いたつもりも招待したつもりもないけれど」
「──最近、愚にもつかない独り言が多くなりましたね。誰の影響とは言いませんが」
「そっちこそ、遠慮のなさに拍車がかかってない? ──誰のせいでもなさそうだけれど」
私の軽口を凛華が婉曲にたしなめる。生徒会における上役兼護衛対象にするとは思えない言い様に反射で言い返してみたけれど、そこにどんな感情が込められているのか、寄せられる各々の意識を前に軽口を叩きたくなった性分は否定出来ない──出来ないけれど、だからといってやるべき事をおろそかにする気はない。
その為にはまずおおよその反応を知らなければならない。私は大勢の前で発言する際の前提に従い視線を辿っていく。天乃原学園の制服に身を固め、円周の壁沿いに囲うよう配置された男女の集団。生気を感じない二人の女性を侍らせた長身痩躯の男。そして、刀を振るう女生徒──当真瞳子──の攻撃を片手に携えた薙刀でいなす、これまた生徒に扮した女。
それらを見るに、深く考えず滑らせたパーティーという単語はあながち的外れではなさそうだ。半分以上は部外者の上、見かけ通りの年齢かどうかも怪しいのでパーティーといっても仮装が頭につきそうだが。
ただし、そのパーティーはほんの少しのきっかけで別の方向へと盛り上がっていきそうな気配を漂わせている。このままお開きにするか、鉄火場に変わるかは私次第──そう、ここから先は他の誰でもない私の戦場だ。
「このような体勢で失礼します天乃宮姫子さん、私は──」
「社交辞令は結構よ、当真瞳呼。そこの黒幕とやらから聞かせてもらったわ。あなた、異能者以外は人と認識してないのでしょう? どう見えようが関知しないけれど、外面を取り繕われても不愉快だわ」
「──なるほど、君は“カナリア”というわけか」
黒幕と嘯いた男、月ヶ丘清臣が察しよく桐条さんを見る。それにあわせて証明、もしくは種明かしとばかりに上着の内側を開く(スタイルのよさをひけらかしているようにも見えるけれど、彼女に限ってそんな意図はない……はず)と当真家から支給された武装を収納するホルスターが懐に。距離を考慮すると目を細めればおそらく集音マイクが付いているのが見えると思う。つまり、桐条さんが講堂に入ってから全ての会話は私に筒抜けだったというわけだ。
ちなみに月ヶ丘清臣が桐条さんを“カナリア”と例えたのは、その昔、炭鉱での作業における毒ガス検知に件の鳥類が使われていたからだろう。常に鳴いているから先行させ生きていればガスはなく、反対に鳴き声が聞こえなくなれば死──行き先にガスが発生しているという証となる。
炭鉱を講堂、毒ガス検知を当真瞳呼達の調査と換えるなら、言い得て妙だといえなくもないが、私は桐条さんを使い捨てにするつもりは毛頭ない。けれど実際は、彼女ただ一人で潜伏先向かわせるという危ない橋を渡らせるしかなかった。一方で別行動をとってまでやらなければならなかった事、それは──
「──成田稲穂を天乃原学園に転校させる、私達生徒会が打てる手段の中で最も効果的なものを選ばせてもらった」
集音マイクから聞こえてくるのは、月ヶ丘清臣に手の内を明かす桐条さんの声。その締めくくりに用いた“私達”という単語が私をそう悪くない気分にさせる──ただ、出来れば私にその役を譲ってほしかったというのはこの場合無粋だろうか。
成田稲穂を天乃原学園に転校させて味方に引き込む──その提案自体は比較的早い段階から挙がってはいた。しかし、手続きや事前の根回しといった実現への難度、心情面、共に採用を即決出来るものではなく、仮にこちらが過去のしこりを振り捨てて手を組もうとしても成田が首を縦に振るとは到底思えなかった。
とはいえ、実現するかどうかを除けばこれほど効果的な策はない。実行犯である成田稲穂の取り込みは生徒会室襲撃に関して“確たる証拠”を得たに等しいからだ。背後にいる存在が誰にしろ一刻も早く居場所を突き止め、直接勧誘する必要があった。
その手がかりは個人的な因縁がありありと見える平井さん。彼女なら居場所に心当たりはあるだろうし、海東姉妹が動く今日なら接触する可能性が高い。桐条さんには授業を全て欠席して張り付いてもらい、その間私と凛華は同じく授業を休んで成田稲穂の学籍を今日付けで天乃原学園に移った事にするよう、時宮高校そして当真家への根回しに奔走していた。
成田本人の意思を後回しにして学籍を天乃原へ移すなんて事後承諾の手法がすんなり通るとは思っておらず、当然、反発も覚悟していた──むしろ、成田の気性を考えるとそうなる未来しかないはず──がそこはどうにか交渉で納得してもらうつもりでいた(時宮の出身者なら何人かいるし、なんとなくうまくいく気がする)。
その結果、大方の予想通り平井さん繋がりで成田の遭遇に成功し、大方の危惧通り潜伏先と化した講堂へと桐条さん一人、足を踏み入らせた。まさか、成田も平井さんを狙っていたのは想定外だったものの、なし崩しに共闘に至ったので手間が省けてよかったといえる。
保険にと桐条さんに持たせた集音マイクも功を奏した。状況や居所を逐一把握し、最悪、桐条さんを敵のただ中に放り込んでしまったとしても、マイクの存在を露見させれば、正面切って敵対の意思を見せなかった相手の事だ、桐条さんに手出しするのは控えるだろう──虎の威を借る狐というべきか、そういった駆け引きを桐条さんが望まなかったので、“ネタばらし”は最後になったが。
しかし、そのおかげで敵を知る事が出来たので結果オーライというところだ。本音と建前が蔓延る権力の世界では、例えば相手の本心がわかっていても確証がなければ動けず歯がゆい思いをするのが大半だった。けれど今回はその心配はいらない。
「──人を犬猫扱いする女にそれに与する男、どちらも交渉の余地はないわ。ここは天乃原学園で仕切りは生徒会長である私。そしてあなた達はただの部外者──それも不法侵入。わかったらとっとと彼女を置いて消えなさいな」
「──だそうよ。いつまでも片手で防ぎきれるわけでもなし、その荷物は早めに手放すのを勧めるわ」
当真瞳子と当真瞳呼、それぞれの得物同士が油断なく互いを探る。一見、両手を自由に出来る当真瞳子が有利、しかし、当真瞳呼も薙刀を片手から肘、脇にかけて固定させ(長い柄の利点で触れた部分の体積が大きいほど掛けられる力が強い)拮抗へと持ち込んでいた。
力なく抱き抱えられたままの成田稲穂は目覚める様子はなく、小柄で大人しく寄りかかる寝姿は一種の保護欲をそそられそうではあった。這いつくばらされた挙げ句、頭なり肩なりを足蹴にされた身としては、全く思わないのであくまで客観的にそうなのだろうという話。
「そういうわけにはいかないわ。稲穂には私の事を存分に知ってほしいもの」
「本人が寝ているのをいいことに随分な物言いね。勝手な名前呼びは嫌われるわよ?」
「話せばきっと許してくれるはずよ。だって私は誰よりも異能者の事を案じているもの。その証明としてこうやって刃の前に立っている」
「気に入っているというのは本心でしょうけど、表に出てきた理由の全てではないでしょう? あいつがいるから確実に──なるほど、どうも回りくどいと思ったら、そういうわけか」
「あら、得意の裏工作でも思いついた?」
「──いいえ、残念だけど脚本に割り込む余地がない事に気づいただけ。私もあなたもエキストラの一人でしかないわ。あぁ、でもあなたはちょっと違うかも──ねっ!」
抜けば魂散る氷の刃──刃引きされていない本物の凶器を幾度となく打ち合わせ、その度に魂──命──ではなく軽口と火花を散らせる二人。もはや引き金となった私や成田稲穂の存在など意識の外と言った様子だ。
「私はいいけど、成田の方は大丈夫かしら? 仮にもうちの生徒を死傷されるのは困るわよ」
「──心配する事ないよ。瞳子ちゃんならうまくやるさ」
緩いイントネーションで友人を庇うのは、中性的な容姿が特徴の篠崎空也。その隣にいる刀山剣太郎ともども成田がどうこうされるとは露ほども思っていないらしい。
「あなた達の常識やつきあい方を多少なりに見ていると頷きにくいのだけれど……」
「うーん、つきあいって意味だと、瞳子ちゃんと成ちゃんは相性悪いからね。……たしかに言われてみるとちょっと不安かも」
妥協から生まれた微妙なセンスの呼び名(成田が下の名前で呼ばれるのを嫌うからだろう。馴れ馴れしさではどっちもどっちだと思うが)と、言ったそばから下り坂の信用に頭が痛くなる。とはいえ、いくら悩ましさを抱え込もうとも私には釘を指す代わりに恨めしげな視線を送るしか出来そうにない。
「──心配は無用だ。双方、異能を使うほどには全力ではない。あれでは何十と斬り合えども“間違い”は起こらないだろう。それに俺も空也もいる、成田を取り戻すだけならさほど苦労はない」
珍しく(というより初めて)、刀山が二言三言を超えて言葉を紡ぐ。普段、多弁ではない分、硬質な音の響きは独特の説得力があり、不思議とその気にさせられる。狙ってではないだろうけれど。
「『新世代』とかいう連中は?」
「ものの数にも入らない。質はある程度個人差があったが、それなりにやれるなら成田がとうに排除しているはずだ」
凛華の問いにも刀山の返しは淀みがない。因縁の相手に思うところはあるはずの凛華は刀山と傍観しているだけの『新世代』を交互に見、愚問だったとばかりに抗弁する事はないようだ。
「なんにせよ、おまえ達の敵は『新世代』でも当真瞳呼でもない。天乃宮が学園の責任者として戦う相手は別にいるはずだ」
「それもそうね。交渉するつもりはないけれど、この落とし前をどうするか弁解してもらわないと──この一連の騒動、月ヶ丘としてはどういう腹積もりなのか。聞かせてもらえるかしら? 月ヶ丘清臣さん」
「仰せのままに。天乃宮の姫君よ」




