第七十話
「──『絶槍』が示す通り、私の得手は薙刀ではなく、槍なの。『死化粧』も納得のいく槍がなかったから長柄のありもので妥協しただけ。形を変えていたのも手持ちが薙刀だったから合わせていた、そんなしょうもない理由よ。でも、あなたの異能に敬意を表して全力を見せる。これも私の誠意と思ってくれるとうれしいわ。成田──いえ、稲穂さん」
「──誰が下の名前で呼んでいいって言ったよ? 気安いんだよ、てめぇ」
この状況下でも悪態を吐き捨てる成田を微笑ましそうに見据える当真瞳呼。同時にその意思を反映するように『絶槍』の穂先が回転を始める。
「私の能力は瞳子と同じく殺意を刃に変えて生み出す。でも、その力の使い道は生み出した形に準じている以上、似て非なる物となる──こんな風に」
高速に振動するそれはもはや槍というよりドリルと評した方が近い。実体を持たないにもかかわらず物理現象に介入できるのは今さら驚く事ではないが、その回転が生み出す悲鳴に似た駆動音はかすめただけでも全身がちぎれ飛びかねないと否が応でも連想させる。
「ちっ!」
遠くからでもわかる成田の舌打ちと射貫かんとする敵意。当然ながら当真瞳呼の全力に対しても臆した様子はない。むざむざ手をこまねいて見ているだけという事も、ない。『絶槍』に対抗すべく、拳大の雷球を複数作り出し、展開、そして一連の流れを止めず、当真瞳呼に向けて解き放つ。
数えて何度目の攻防だろうか。そのいずれも──今度も成田の先手は揺るがない。だが、当真瞳呼の方も準備は完了している。当真瞳子や先ほどまでの自身がそうしたように、槍に形を変えた架空の刃──『絶槍』を思うがままに操作する。
異能によって加工された雷の塊と殺意が両者の意思によって激突する。『サンダー・ウィップ』と『風車』がそうだった時は薙刀があえなく砕け散るという結果だった。果たして雷球と『絶槍』はどうだろうか? 再び成田の雷が架空の刃を打ち砕くのか──いや、そうはならず、当真瞳呼の『絶槍』がことごとく雷球を下していく。
だが、妙だ。『絶槍』が上回っているのは間違いないが、『絶槍』の先に触れた瞬間、雷球がまるで毛玉が解けていくように霧散していく。単純な力技による結果ではない。間違いなく『絶槍』の持つ何らかの仕掛けが効いている。
「生み出した回転は力の流れを狂わせ、分散させ、やがて無へと還る──絶槍の絶というのはそういう意味だそうだ」
私の疑問にまたも月ケ丘清臣が解説を加える。今思えば、解説は彼なりの性分なのだろう。一目見て戦闘向きではないとわかる針金然とした体躯、慇懃無礼といった態度も、神経質と言い換えられなくもない。黒幕と自ら名乗ったが、私の印象としてはむしろ探究者の"それ"に近い。
存外、月ケ丘での立場もそんな印象と全くの無関係ではないだろう。正直なところ、苦手なタイプだ。私があまり頭の回る方ではないというのもあるが、理詰めで語る口調が生徒会の面々ともいろいろダブって心証があまりよろしくない。
──だからというわけでもないが、月ケ丘清臣が言い放った次の一言は私の不愉快を誘うには充分だった。
「当真瞳呼が本気になった以上、成田稲穂に勝ち目はない──"できそこない"だからな」
「──どういう意味だ?」
身勝手な結論による断定か、例え気に食わない成田だろうと"できそこない"呼ばわりされたがゆえか、私の中の何に触れたか自分でもわからない。だが、そうする事に躊躇いはなかった。揺るがぬ事実とばかりに嘯く月ヶ丘清臣の胸ぐらを掴み、引き寄せる。後ろで控えていた『シャドウエッジ』の貫手が私の首筋を捉えるが構いはしない。紙一重寸前まで突き付けられながらも問いかける私の声はむしろ平静と自覚できるほど抑えが効いていた。
「言葉通り──といってもわからないだろうな」
喉元が締め上げられているのも気にせず、逆に『シャドウエッジ』を片手で制し、なすがままに任せる月ヶ丘清臣。一拍ほど悩んで見せて(私にどう説明するかについてだろう)から口を開く。
「成田の異能は物理現象を超えないからだ」
──どういう意味だ? いくつもの要領を除いたとしか思えない答えに、問うたばかりの言葉が頭をよぎる。しかし、少なくとも冗談や嘘で煙に巻いている感じはない。無防備な喉から伝わる息づかいにはその手の気配は皆無だ。
「君は今まで何人かの異能者を見てたはずだ。篠崎空也に刀山剣太郎、当真瞳子──そして御村優之助。彼らの能力は果たしてこの世の常識に沿ったものか? ──いうまでもなく否だろう」
私の逡巡を見抜いた月ケ丘清臣が補足する。困惑のせいか掴んだ手が知らずの内に緩み、結果として私との問答に差し障りはないようだ。
「たしかに優之助達の異能は現代社会の想像の外だ。しかし、成田の異能もそれに負けず劣らずだと思う。両者の違いはいったい何だ?」
「例えば『空駆ける足』。あれは“力場干渉”の足場を作り、空を走る──という事になっている。既存の科学、既知の現象でどうにか理屈づけたが、一人の自重を支えられる無形の力──サイコキネシスなんてものは本来、空想や都市伝説の類のはずだった。他にも『剣聖』のあらゆるものを切断できる剣技、『殺眼』や『絶槍』の生物・無機物問わず殺意を伝える目、『優しい手』の触れただけで全てを無力化できる手、それぞれテレパシーの派生、運動エネルギーの制御などと無理やり言語化したに過ぎない。『剣聖』に至っては定義付けに参考にしたのはゲームだという──もはや体裁すら投げ出す始末だ」
語り口に熱を帯びていく月ケ丘清臣。その熱の裏には何かに対しての不平不満が読み取れる。
私の知る限り、異能の管理は当真家の仕切りだったはず、必然、調査や定義付けとやらも当真家が担っているだろう。ならば不平不満の対象は当真家であり、そして──もしかすると黒幕としての動機もそのあたりにあるのではないか? 私にとって敵である月ヶ丘清臣の話の本筋から外れた事情への想像が頭をよぎる。
「──だが、成田は違う。たしかに能力そのものは随一のポテンシャルだ。戦闘力も申し分ない。だが、所詮電気ウナギでも──たかが一動物でも出来る事。出力が何倍もあろうと、電位が見えようと、雷をあらゆる形に加工できようと、それが自然の一欠片である以上、能力の本質は雷の属性──その物理による枷から抜け出せない。それでは本物の異能者には勝てない。彼らはその自然の摂理に反する存在、真の意味で異なる理を能とする"怪物"だからだ!」
いよいよ激情とすら変じつつある月ケ丘清臣の声がわずかに灯った推察を遮る。喉へと伸ばした腕はすでに拘束の用を成さず、力なく垂れ下がる。だが、それは声の圧に押されたからではない。気づいてしまったのだ、勝てないと断言するその根拠に。その物理による枷から抜け出せない。それはつまり──
「ここは地下。威力も、発動の為の負担も空の下にはほど遠い。彼女の能力については調査済み──だから本来の力はあんなものではないと知っている。同時に既存の科学の法則から抜け出せていないのも知ってしまった。私が彼女を"できそこない"と評した理由はそれだ。そして、当真瞳呼が初顔合わせに講堂を選んだ理由も同じ。彼女の場合、説得をよりよく捗らせる為の手段としてだがね──どうやら決着が近いらしい」
「成田!」
意外に持ったな、と言わんばかりに呟く月ケ丘清臣を否定せんとばかりに成田の名を叫ぶ。期せずして午後の授業の開始を告げる大時計の鐘が講堂の中に反響し、私が講堂に入ってから30分は経過したのを理解する。そのどちらかに反応したのか成田の頭が揺れるが立っているのが精一杯──それどころか意識があるのかも怪しい。それは無情にも月ケ丘清臣の言葉を肯定する状態だといえた。
 




